第4話 春風るるるの探し物
放課後、僕は夏奈と校舎の中で待ち合わせする事になっていた。
校舎の中には、だんだんとオレンジ色の夕日が差し込んできている。
「夏奈、遅いなぁ。もしかして校長先生の椅子に座って気持ち良くなっちゃって、そのまま寝ちゃってるんじゃないのかなぁ……」
「ここに居るよ?」
突然の声に驚いて振り返ると、僕の真後ろに夏奈が立って居た。
「うわっ! びっくりした!」
「なによ? そんなにおどろく事ないじゃん?」
「だって足音もなにも聞こえなかったんだよ! 振り返ってすぐ後ろに誰か居たらビックリするよ!」
「だって私の足音しないんだもん……」
夏奈はホイップクリームの様な柔らかそうなほっぺたを少し膨らませて、ムッとした表情を浮かべた。
「あっ、いや、その、夏奈はおどろかしの才能があるな〜……なんて思ってさ」
「ほんとにっ!?」
「うん! ほんとだよ! 僕には絶対真似できないからね!」
「でしょでしょ!? 私も自分におどろかしの才能あると薄々思ってたんだよねっ!」
夏奈はすっかりごきげんな感じになっている様だった。
「つばさ、ほら、あそこの中庭を見てごらん」
「中庭?」
夏奈に促されて、三階の教室の窓から中庭を見下ろした。
そこには、背が高くて艶々ロングヘアーの春風さんが花壇の周りをしきりに歩き回って、何か探し物をしている様だった。
どこか困った表情を浮かべる春風さんは、高い身長のせいもあって僕と夏奈よりも随分と大人びて見える。
「春風さん、なにか探し物をしてるみたいだね」
「彼女の探し物になんて興味ないよ。それよりつばさ、作戦通りに頼んだからねぇ?」
「わ、分かってるよ……」
夕日が差し込む教室の中に夏奈を一人残して、僕は教室を後にして中庭へと向かって歩いて行った。
困った表情を浮かべている春風さんをこれからおどろかしに行くと思うと、気持ちが沈んで足取りがどんどん重たくなった。
少しずつ、後ろ姿の春風さんとの距離が近くなる。僕は春風さんと喋った事が一度もないから、だんだんと緊張が募る。
ふぅ、と深呼吸を一つして、勇気をふりしぼり春風さんに声を掛けた。
「春風さん、ここで何をしてるの?」
花壇の側に屈んでいた春風さんが、ゆっくりと僕の方へ振り向いた。やっぱりどこか儚げな表情を浮かべている。
「京乃……くん……?」
「何か探し物でもしてるの?」
春風さんは僕に話しかけられて、少し驚いているようだった。
僕は初めて春風さんの顔を真正面から見た。伏し目がちでまつ毛は長く、唇はつややかでぷるるんとしていて、僕よりずっと年上のお姉さんのように思える。
「ブローチをどこかに落としちゃったみたいで探してるんだけど……」
「ブローチ? どの辺りで落としたとか心当たりはないの?」
「学校のどこかで落とした事は間違いないの……」
「僕も一緒に探すよ」
「手伝ってくれるの?」
「うん、困った時はお互い様だよ」
「ありがとう、京乃くんって優しいんだね?」
春風さんは柔らかな笑顔で僕の目を見つめた。僕はなぜだかドキドキしてしまった。
「と、ところでそのブローチは春風さんの大事な物だったりするの?」
「私の去年の誕生日に、パパからプレゼントしてもらったとても大切な物なの」
「誕生日プレゼントだったんだね」
「もう……パパに会えないから……」
「えっ?」
僕は聞いてはいけない事をなんとなしに、春風さんから聞いてしまったみたいだ。
「あのっ、ごめんね。全然気にしないで大丈夫だからね」
「僕の方こそ、ごめん。そんなつもりじゃなかったんだ……」
「ううん、京乃くんが一緒に探してくれるから心強いよ」
僕と春風さんは花壇に沿ってブローチを探した。春風さんが探しているブローチは、花柄の可愛い物らしい。
しばらくの間、二人で一緒に花壇の周りを探していたけれど、ブローチは見つからなかった。
ふと三階の自分クラスの方へ視線をうつすと、窓際で夏奈がジトっとした目でこちらを見下ろしていた。
「げげっ、やばい」
「京乃くん? どうしたの?」
「あいや、なんでもないよ。あは、あはははは……」
「そう……? ならいいけど……?」
春風さんの探し物に夢中ですっかり夏奈の事を忘れてた!
でも、春風さんが大切なブローチを一生懸命探している時におどろかしをするなんて……考えただけでも胸が痛くなるよ……。
うっ……うわ〜夏奈が三階の教室の窓際からじっと僕の事を見てるよ……弱ったなぁ……。
「春風さん、この辺りにブローチはなさそうだから違う場所も探してみない?」
「うん、そうだね。ずっと同じ場所を探していても仕方がないもんね」
「教室の中にはなかったの?」
「教室の中は、一番初めに何度も探したんだけど、見つからなかったの」
「それじゃあ、特別教室は? 特別教室の中はもう探したのかな?」
「特別教室……」
「うん……? どうしたの……?」
春風さんは少し困った表情を浮かべ、もじもじと恥ずかしそうにしていて、中々喋ろうとしなかった。
「実は……」
「実は……?」
はっ! 春風さんがこんなにも恥ずかしそうにしているなんて、まさか愛の告白じゃないよね? ってそんな訳あるはずないか……僕はこんな時に一体何を考えているんだ……。
「誰にも言わないでね……」
「うん……」
「私と京乃くん……二人だけの秘密だよ……」
「ふ、二人だけの……」
ゴクリ……と僕は息を飲みこみ、喉から大きな音が鳴った。
ま、ま、ま、まさかっ! 本当に愛の告白!? そんなそんな! 春風さん、僕には心の準備ってものがまだ……!
春風さんのほっぺたがじょじょに赤くなってきているのが見て分かった。
僕の心もドックンドックンと早鐘をうっている。
「私……怖かったの!」
「へっ……? 怖かった……?」
「うん、一人でね、特別教室へ行く事が怖かったの。だってね、理科室には大きなガイコツの模型があって独りでに動き出しそうだし、音楽室には昔の海外の作曲家たちの肖像画がたくさん飾られてるでしょ? いつもはビシッとしたキメ顔なのに、その肖像画が放課後になると笑いだしたり歌を歌ったりするって噂話を聞いた事があるの。他にもね……」
春風さんは、矢継ぎ早に特別教室が怖いという理由をたくさん説明してくれた。
「な、なるほどねぇ……たしかに特別教室はふだんの僕たちが居る教室とは雰囲気が全然違うもんね、わかる、わかるよ」
僕はとんだ早とちりをしていた……そんな急に愛の告白なんてある訳ないじゃん……。
まぁ、でも、現実はこんなものだよね! うんうん、きっとそうだよ! 明日は明日のなんとやらだよ! そう自分に言い聞かせてみる……ちょっぴり期待しちゃったけどね……ちょほほのほ……。
「それじゃあ、作戦通り二階の理科室から探しに行ってみようか」
「作戦通り?」
「あっ、その、春風さんのブローチ探し物作戦! ねっ!?」
やばい……! さすがのさすがに無理の有るごまかし方か……? ついうっかり口がすべっちゃった……! 春風さんに怪しまれていないかなぁ……?
「私のブローチ探し物作戦ね? うん、たしかにそうだね! なんだか少し楽しくなってきちゃったよ♪」
よ、良かったぁ〜! 春風さんは、特に何も気にしていない様子だ。
夏奈のおどろかし大作戦は、僕が春風さんを校舎の二階にある理科室へと連れて行き、理科室で夏奈がおどろかしを決行するといった内容だった。
僕と春風さんは上履きに履き替えてから、二階にある理科室へと向かった。
理科室へと近づくにつれて、春風さんは僕のすぐ後ろ側へ移動した。
どうやら本当に理科室を怖がっているみたいだった。
放課後のちょっぴり薄暗くなった校舎内は、春風さんの言った通りどことなく寂しくて……怖い感じがする……。
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