第3話 イギリスの妖精ポコタロー

 僕は小学五年生になって初めて友達ができた。

 友達……といっても夏奈は一応おばけなんだけど……。それでも僕は本当に嬉しかった。

 小さい頃はたくさんの絵本読んで過ごし、小学生になってからも一人で本ばかり読んでいた。

 一年生になった時から給食を食べ終えると、学校の図書室へと通い毎日一人で読書をする日々を過ごしていた。

 そんな僕に初めて友達ができたんだ。

 背が少し低めで、僕と同い年で、ぱっちりお目々のとても可愛い女の子だ。


 給食を食べ終わった後の昼休みに、僕は校舎の裏側から離れた場所にあるお気に入りの場所へと向かった。

 目的地の焼却炉へ到着すると、僕がいつも読書する時に座っている校長先生の椅子に、夏奈が背もたれに体を預けて足をパタパタさせていた。


「あっ! つばさ、いらっしゃい! 遅かったじゃない! 少しは気持ちの整理がついた?」

「お待たせ、夏奈、昨日はすぐお家へ帰っちゃってごめん」

「気にしないで! まぁ、初めのうちは驚くのも無理ないからねぇ。それじゃあさっそく作戦会議でも開くとしよう!」

「ちょ、ちょっと待って!」

「なぁに?」

「そもそもどうして、夏奈は学校のみんなをおどろかしたいの?」

「立派なおばけになる為って言ったじゃん」

「どうして立派なおばけになりたいの?」

「さぁ? 物心がついた時からそうしないといけないって教わったからかな?」

「誰にそんな事を教わったの?」

「んーっとねぇ……」


 夏奈は左手の人差し指をアゴに当てて考えを事をしていた。やがてその人差し指を口で甘噛みし、ふいに視線を僕に向けた。


「なんだかよく覚えてないんだよねっ」


 夏奈は人差し指だけ、スポンっと手から引き抜いてそう言った。


「うわぁっ!」

「おっと失礼」

「びっくりした! 急におどろかさないでよ!」

「ふふっ、そのうち見慣れるよ」


 夏奈はそう言って少し悲しそうな表情を浮かべていた。


「つばさと同じクラスメイトに、春風るるるって女の子が居るでしょ?」

「春風さん? 居るけど、春風さんがどうかしたの?」

「今日の放課後、彼女をおどろかしに行くよ。つばさ、もちろん手伝ってくれるんだよねぇ?」

「春風さんを? どうして春風さんなの?」


 夏奈はイタズラが好きそうに、ニヤッと笑みを浮かべた。


「彼女はここ数日、放課後に一人で学校に居残りをして、なにか探し物をしているの。これは私のおどろかし絶好のチャンス!」

「放課後に一人で探し物? 一体なにを探してるんだろう?」

「さぁねぇ? 彼女の探し物に興味なんてないから分からないよ。私はおばけの化け力の為に彼女をおどろかしたいの」

「おばけの化け力の為? なんだか、ちんぷんかんぷんだねぇ?」


 夏奈が校長先生の椅子から立ち上がり、僕の周りを歩き始めた。


「ちんぷんかんぷん? それってなにかの呪文?」

「呪文じゃないよ、意味が分からないって事だよ」

「そうなんだ? でね、おばけの化け力はね、その言葉の通りなんだよ? おばけ、幻、怪異を作り出す事のできる不思議な力の事なんだよ?」

「おばけや幻や怪異……?」

「そっ、分かった?」

「ごめん……イマイチ分からないや……」


 夏奈が呆れるような表情を浮かべた後、左手で自分の右手首をごそごそと触り始めた。夏奈ってものすごく色白だなぁ。って……あれ? これってもしかして……デジャブ?


「ままま、待って待って! それはもう見せなくて大丈夫だから!」


 夏奈は首をかしげて僕の顔を、星空のようにキラキラと輝く瞳で見つめていた。


「私が昨日、自分の手を取り外したでしょ? それも一つのおばけの化け力なの。私はまだこの程度の事しかできないんだけどさ……」

「そうなんだね。おばけの化け力で春風さんをおどろかして、一体どういう意味があるの?」

「おばけの化け力を使っておどろかしが見事に成功すると、化け力がどんどん強くなってくるの」

「化け力が強くなる……それからそれから?」

「化け力が強くなるとね、それはそれは怖ーいおばけの幻を作り出せたり、すっごく大きなおばけ屋敷を作り出せたりできちゃうの! ねっ♪ 胸がドキドキするでしょ? ワクワクが止まらなくなってきたでしょ?」

「なるほどねぇ……。怖いおばけの幻を作り出して、その次はどうするの?」

「もっともぉ〜っと怖ーいおばけの幻を作るんだよっ! ワクワクッ! ドキドキッ!」

「その先は?」

「その先も!」

「それってさ、ただのイタズラじゃん。ずっと同じ事の繰り返しじゃん。なにが楽しくてそんな事をするの? おどろかしたその先にはどんな意味があるの? 生きてる間は世の中の訳にたつ様な夢を叶える為、時間を有効に使わなくちゃいけないと思う」


 夏奈は表情豊かな笑顔からすっと、氷のように冷たい無表情となった。


「生きてる間……ねぇ……つばさ……あなたは……なぜ生きてるの……?」


 僕は……なぜ生きてる……?


「なぜってそれはその……深く考えた事はないけど……生きてる理由は……自分の夢を叶える為……じゃないのかな……」


 一瞬、夏奈の澄んだ瞳がきらりと輝いたように見えた。


「たくさん笑ったり、美味しいご飯をいっぱい食べたり、難しい勉強を頑張ったりさ、とっても美しい景色を眺めたり、大好きな家族や友達と一緒に過ごしたり、幸せになる為に。生きる理由ってみんなそれぞれ違うんと思うんだよね。生きる理由に正解なんてきっとないんだよ。生きる理由がわからない……生きてる意味がわからない……。でもさ、それでいいんじゃない? なんとなく生きるって、すごく大事な事だと思うんだよね♪」


 気が付けば、夏奈の表情が柔らかくなり温かい感じがした。

 僕がどう返事をすればいいのか考えたけど、言葉はなに一つとして浮かんでこなかった。


「私はおばけになっちゃってね、何だかよく分からないまま生きてるよ。別にそれでいいじゃん? ねっ♪」


 夏奈はニィッと真っ白な八重歯を見せて、とってもチャーミングな笑顔になっていた。

 僕は夏奈の素敵な笑顔を見て、胸が急にドキドキしていた。


「あっ、そうだ! 一つ忘れてたっ! 私の今の化け力だったら、こんな事もできちゃうんだよ?」


 夏奈はそう言って両手を顔の位置まで上げ、手の甲で両目を隠した。


「息吹け!う・ら・め・し・やー!」


 夏奈が呪文のようなその言葉を叫んだ後、一陣の強い風が吹いた。

 僕は腕を使って自分の顔を守るようにしながら目を細めた。

 ぽんっ! っと一度のんきな音が辺りに響いた。

 突如強い風がおさまり、僕は腕をおろして夏奈の方へ視線をやった。

 するとそこには、一匹のたぬきが居た。たぬきはキョロキョロと辺りを見回している。


「なんや! どうゆうこっちゃねん!」


 たぬきが人間の言葉をしゃべっている。どうやら少し戸惑っているようだった……。


「ポコタロー!」

「夏奈! 夏奈が呼んだんか? わてになんのようや?」


 このたぬき……どこかで見覚えがあるような……ないような……。


「ああっ! 昨日、夢の中で見たたぬきだ!」

「ん? たぬき? どこや?」


 たぬきは自分の周りをキョロキョロ見回している。


「君の事だよ!」

「むっ? わてはたぬきとちゃうちゃう! わては妖精や!」

「つばさ、紹介するねっ。妖精のポコタローだよ♪」

「妖精? ポコタロー?」

「見た目はたぬきっぽいんだけどさ、イギリス出身の妖精なんだって」

「イギ、イギリス!?」

「ポコタローや、よろしゅう」

「つ、つばさです……。こちらこそ、よろしく……」


 どこからどう見てもたぬきじゃないか……どこがどう妖精なんだろう……?


「つばさ、妖精は見た事あるんか?」

「本で見た事はあるけど、実際に本物を見た事はないよ」

「そやろな、ほんなら今日初めて妖精を見るんやな? これが妖精の姿や、よぉく覚えときなはれ」

「は、はぁ……」


 妖精のポコタローは夏奈の方へ振り向いた。


「っちゅうわけやけど夏奈、わてに何のようや?」

「つばさにポコタローの事を紹介したかったの♪」

「むっ? むむっ? むむむっ? それだけかいな、ほんならわてはもう帰るで、わてはこう見えてもけっこう忙しいねんから」

「あら、そうだったの? それは失礼」

「つばさ、夏奈はおてんば娘やけど仲よぉしたってな! ほな、わてはドロンや! さいなら!」


 さっきと同じような一陣の強い風が吹いた。次の瞬間、僕は信じられない事を目の当たりにした。

 イギリスの自然豊かなのどかな風景が見えて、イギリスに吹く風と花の香りを体いっぱいに感じた。イギリスには一度も行った事がないんだけどね……。

 ポコタローは一瞬で姿を消してしまった。

 僕はポコタローは本当に妖精なんだと思ってしまった。

 でも、イギリス出身なのに関西弁みたいな喋り方だから……まだちょっぴり、ちょーっぴり疑っちゃうなぁ……。

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