第13話沖田さんと二人きりの作戦

  元治元年。6月の空には晴れ渡る空が見えていた。今日は非番の事もあって私は京の街を1人で歩いていた。この頃梅雨で雨続きであったため、ジメジメした空気が広がっている。思えばあれから半年間が過ぎていた。平和な日常が続いていた。この腰についた時空の刀を使う日も全くないほどだ。しかし、ただ平和だったわけではない。


「貴様、新選組 1番隊の武田観柳斎とお見受けする」


 最近では私も敵に名を覚えられてしまうほどになった。あの改名案の時以来、沖田さんから私は気に入ってもらえたようで、たまに非番の日が合えば、外の茶屋に2人で行ったり、隊内での仕事も2人でやったりと、よく共に行動をしていた。その様子を見ていた攘夷志士にも私の存在が目に入ったようで、名前まで覚えられた始末である。


「こんな人気の多いところで血を流すのは気が引ける。場所を変えないか?」


 私もここ数ヶ月で男性っぽい立ち振る舞いを覚え、攘夷志士との乱闘にもなれた。私は長屋の辺りに攘夷志士を誘い込むと、浪士達は各々刀を抜いた。


「私達は尊皇攘夷を上げた同士たちとともに、そなたを生け捕りし、1番隊隊長、沖田総司を誘き寄せさせてもらう」


攘夷志士達には私と沖田さんが親密な関係に見えるのだろう……だが残念ながら私達はそんな仲でもない。ただのお気に入りの存在であり、それ以上でもそれ以下でもないのだ。私そんな虚しい関係に溜息をつきながら、腰の刀に手をかけた。


「言っておくが俺と沖田さんはそんな親密な関係ではない。お前らの思うようなことにはならないと思うぞ」


私がありったけの低い声で淡々とそれを伝えると、攘夷志士のひとりが声を上げた。


「嘘をつけ!おまえのような女子と男が二人で街を歩いていたら、そーゆー関係以外説明がつかんだろ!」


私が女ということはバレた。こんなにもあっさりバレるなんて思わなかった。現にポニーテールをし、袴を着て、男もののピンクの着物を羽織っているのに……なんでバレちゃうんだろう。私はよろけながら刀を抜いた。


「貴様、俺を女だと見抜くとは……余程の強者とみた……!」


私がフラフラな足取りで言葉を伝えると、別の浪士が控えめに言葉を放った。


「いや、あんたどこからどー見ても女の子にしか見えないけど……」


私は震える剣先を浪士達に向けた。



「俺が女と見抜くとは……お前達のような強者を殺さなければならないのは惜しい事だとかんじるが……ここで生きて返す訳にはいかん……!」


浪士がまた1人声を慌てて叫ぶ。


「あんたが女って見抜いただけで切られるなら、そこらの商人も切り殺すことになるぞ!!」


私は震える手で刀を振り下ろした。


「殺生をお許しおぉおおおおおおおお!!!!」


私が刀を浪士の目の前まで下ろすが、そこで刀が動かなくなった。私は体を押されたような感覚のまま、その場に崩れ落ちた。ふと目の前を見上げると、そこには新選組の羽織を身にまとった沖田さんが立っていた。私の振り下ろした刀をまさかの素手で取り、私の代わりに浪士達の前に立っていた。


「君たち、女の子相手に随分不気味なもの持ってるじゃない。逢い引きにしては、物騒だね」


沖田さんは刀を浪士に構えるの、左足を引いた。浪士の中でも声のでかい物が叫んだ。


「貴様……!新選組 1番隊隊長。沖田総司……!!」


沖田さんは私を見ては小さな声で「頑張ったね」と囁いてはいつもの優しい顔を向けた。


「よそ見をするな!!!」


浪士の1人が沖田さんに切り込みにかかると、沖田さんは左足を力強く蹴り上げ、浪士達の間を切り抜けた。その場にいた浪士は次々と倒れ込んだ。


「安心して、峰打ちだから」


やっぱり沖田さんはかっこいいなぁ…… 私は沖田さんの元まで走っていった。


「沖田さん!ありがとうございます」


沖田さんは私を見るなり刀を手に持たせた。


「君は剣才はあるけど、真剣で戦ったことないんだから、一人でこんな物騒なところ歩いちゃダメだよ。もし今日みたいな不逞な輩に捕まっちゃったらどーするの?」


確かにそうだ。私はさっきまで刀を震わせていた。多分あのまま切りあっても、まともに相手できなかっただろう。私は沖田さんに一言謝るしかなかった。


「すみません」


沖田さんはいつものように優しく私に笑いかけては、街に向かう道へと体を向けた。


「君みたいな危なっかしい子、1人で返す訳には行かないから、送ってあげる。おいで?」



私は沖田さんに指し伸ばされた手を見ては、その手に引かれるよう手を取ろうとした。しかし、浪士の1人が静かに歩いて逃げる音が聞こえた。私はそちらに目を向けると、長屋の間に彼は逃げ込んでいく。私はすぐさま彼を追いかけた。何か嫌な予感がする……長屋の角を曲がり、裏通りを抜けると、新京極の当たりを出た。私は新京極から真っ直ぐ歩く浪士に、息を殺して追いかけようと曲がり角から足を踏み出した時。沖田さんが私の手を取った。


「どこに行くつもり?」


私は沖田さんの方をみて自分の口元に人差し指を当てた。


「あの浪士……間違いない。池田屋に向かってます」


元治元年……池田屋事件のことを思うと、ここで見過ごすわけに行かない。沖田さんは私の目を見て何かを察したのか、私の肩を持ち、家の間から逃げる浪士の方を見た。私は沖田さんの胸元が近くて、胸がときめいた。まるで抱きしめられているような体制に、思わず顔を赤くした。沖田さんの吐息がすぐ近くに感じる。沖田さんは私の方を見るなり、私の顔色を伺った。私があまりに顔が赤くて驚いたのか、額に手を置いた。


「沖田さん!?何を……!」


私は情けない声をあげると、沖田さんは私に真剣な眼差しを向けた。


「顔赤いくせに、そんなんで敵に一人で突っ込んで何するつもり?」


「大丈夫です。ここで奴らを見逃す方がリスクがあります。ここは私が一人で行きますから」



私がそう言って前に出ようとすると、強く肩を引かれた。


「体調が悪いなら引っ込んでろって言ってるの。殺されたいの?」


体調を心配……?以前の沖田さんではありえない反応に嬉しさが込み上げた。私は顔を赤い理由を誤解する沖田さんに伝えた。


「これは体調が悪いんじゃないです。沖田さんが近くて、その、顔が熱くなったんです」



茹でダコのように熱くなる頬を隠すように腕で顔を覆うと、沖田さんは微笑して、手を離した。


「こんな時にそんな呑気なこと考えられるなんて。君って変な子だね」


沖田さんは私に手を離すと、池田屋に入る浪士を見た。


「真剣で切るのが怖いなら、峰打ちなら死なないから。僕の後ろで援護して?」


私は沖田さんの言葉に頷くと、沖田さんは池田屋まで駆けだした。沖田さんの足は早く、追いつくのがやっとだった。

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