第32話 軌跡
弟の死体の上に今がある。しかし私だけでなく誰れもが死、金、想いの上で成り立っている。死は種を問わず、金は出所を問わない。想いや所業も、積んでしまえば他に埋もれて見えなくなる。
人生はそれらを積んでいく積み木のゲームで、私は弟を自らの山に加えたのだ。そして私はまた一人、そこに人を加えてしまったようだった。
けれども弟と一緒で、直接私が手を下した訳じゃない。結果的にそうなっただけ。鈍臭くて勝手に馬鹿なことをして、ちょっとした不運が重なったのが原因だ。私には全く関係ない。
それにあんな状況なら、ほとんどの人が私と同じような行動をするだろう。だから妥当な判断だったのだ。しかも死んだのは、あの弟と三涙 怜香の二人。いなくなった方が世の為になるような奴らなのだから、私の行いはむしろ褒められるべきだと思う。
そして私の前にいるこの河上 美淮。コイツもいなくなって構わない部類の人間だ。
「あの三涙がアタシを探してる?」
「はい!ついさっきまで一緒にいたんですけど、私はぐれちゃって・・・すみません」
「へぇ、なんだかんだ心配してくれてたんだ・・・アイツ・・・」
「えぇ、すごい心配してましたよ!だから今度は私たちが三涙先輩を探しましょう」
気落ちした河上 美淮を鼓舞するように精一杯励ました。
「・・・よし!さっさとあのバカを見つけよっか!」
残機獲得。
「はい!行きましょう!」
励ましの笑みが崩れてしまいそうになったのを我慢して、河上 美淮を連れて歩き出す。
「っ!?」
しかし、まるで進めない。踏み出すつもりの利き足が、突然別の意思を宿したかのように反発している。なのに河上 美淮だけは浮かれた足取りで進んでいた。
「せっ・・ッ!かはっ!」
残機を呼び終える前に利き足が後ろへ引かれて腹這いになった。そしてそのまま引き摺られ、河上 美淮との距離がぐんぐん離されていく。その勢いは、急速に巻き取られる掃除機の電源コードを彷彿とさせた。
「ほんとアイツってば、アタシがいないと駄目なんだから。頼りたいくせに、変に恥ずかってさ・・・。猪兎もそうおも・・・う?」
コンクリート製の床は経年劣化が激しく、全体的にささくれ立っている。そこを滑らされている私の節々から刺すような熱さが走った。肘や膝が擦れる度に、鼓動が一段と速くなり、痛みが混乱を助長する。
そして河上 美淮は緩みきった顔を青ざめさせて、私の後ろに目をやってから明らかに絶望的な表情をした。おもむろに届くはずのない手を伸ばして、立ちすくむ様子には諦めの感情がありありと出ている。
だが、そんな最悪すぎるネタばらしを信じるつもりなどない。
この猪兎 叶が築いた念願の山を、得体の知れない馬の骨に崩されてなるものか。儚い砂上の
「クッッソがあァァァァ!!」
指先すべてを床につけて速度を殺す。そこに伸びる10本のキレイな直線が私を奮う。
(やった!このままなら止められるかも・・・!)
功を記すように引きずる速度が確実に緩んでいる。その事実が血の直線を出口へのレッドカーペットにみせた。
「お前が噂ノクソ餓鬼カ?」
しかし機械的な声、もしくは調子の外れた音といってもいい雑音が後ろからした。
「顔ヲみせろ。・・・おい、聞こえてんだろ?」
奥歯が鳴り、指が震える。
「怖クテ動けないのか・・・?ソウダヨナァ。まだ、子供ダモンナァ・・・。怖イヨナァ・・・」
どうやら痛みを対価に引いた線は、私の結末の延長線でしかなかった。
ギッイィィィィィィィィ!!
「いま楽ニシテヤル。コレ以上怖がらなくてイイようにな」
不快な高音が腰に触れる。すると一瞬の冷たさのあとから、激烈な灼熱感と痺れるような痛みが駆け巡った。
(・・・まだ・・まだ、私の人生はこれからなのに・・・!やっと面白くなってきたのに・・・!!)
視界が眩めき、弾けるように明滅する。そして乱反射する廊下の奥には、管まみれの弟がぼんやり手を伸ばして立ってた。
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