第28話 息づく因果

「あ”・・ぁ」


 吐き出されたヘドロと死骸の中に唯一動く者がいる。臀部でんぶから下は灰になり、それより上は黒焦げで、背中に開いたいくつもの風穴からは焦げた肉が弱々しい律動を見せている。


「さて、血抜きも済んだので調査に移りましょう」

「え、えぇ」


 そして吐き出されたヘドロを円卓でも囲むかのように、死骸を他所よそにして、一人の男と一つ目の怪物が手や触手でつつき回す。


「それにしても、これはかなりの濃度ですね」

「はい。彼も長いこと、ここを担当されて、多少無理なノルマでもキチンとこなす優秀な方でしたから・・・。あぁ!でもだからと言って落ち込まないでくださいね?暴走してしまった以上はこうするしかないんですから」

「大丈夫です。わかってます」


 男はつついたヘドロをすくい、べっとりと濡れた手で何の飾り気もない無個性極まる自らの仮面を鷲掴む。無地の仮面には黒い手形がくっきりついたが、急速に元の白いのっぺりとした状態に戻った。


「これは・・・」

「む、見たことない子ですね。察するに別のエリアからやって来たのでしょうか。それにしても、人の身でここまで逃げおおせるとは・・・」


 触手でヘドロを時計回りに混ぜながら、一つ目は興味深そうにかしいでいる。


「イサキさん」

「え?あ、はい!?なんでしょう?」



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「この娘が元いた場所はどこなのかね?」

「見ない顔なので、おそらく上の廊下でしょう」


 イサキの視覚から映し出されるのは、虚ろな目をした子供。しかも新参者ときた。それに熟練が遅れをとるなどと由々ゆゆしきことだ。


「イサキ。この処分係の番号はわかるか?」


 しかし責任を取らせようにも、既に張本人が処分されているのでは打つ手がない。残るは任務にあたった者の労をねぎらうくらいだろう。


「053497です。以前にも何度か、ご命令通りの処分を行った経歴のある者です」

「ふぅむ」


 後ろの棚に手をかけ、該当のファイルを抜き取る。気になる例の番号を引いて、ラミネート加工された情報に目を通す。


 ほぅ、この顔は・・・。


「彼の実績は?」

「今月は3名。トータルでは40強です」

「それはまた、大層なことだ」


 いやはや本当に・・・大層なことだ。


 血は因果を生き写し、二つは同じくして水車の如く廻るのだから。



===============



「え?あ、はい!?なんでしょう?ミナミダさん」


「この件は私が片付けます。ですので、他の方の助力は要らないお伝えください」

「あ、ちょっと!?」


 そう言う男は、一つ目玉の答えを待たずに部屋から出て行ってしまった。


「・・・べつに・・心配する必要なんかないと思いますけどね。ちゃんと今回のケースを想定したマニュアルが既にあるんですから・・」


 そして一人ポツンと佇む目玉は、照明の暗転に乗じて、廊下の影へと姿を溶かす。


 そんな照明や人影も消え失せた完全な闇の中では、灰を引き摺り、光無き部屋をさまよう一個の燃え殻だけがしゃがれた声で笑っていた。

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