第26話 体現

 ラジオの電源をつけた。すると、しゃがれた男の声がした。周波数を変えてみる。そしたらしゃがれた女の声がした。

 ダイヤルを勢いよく回すと、千差万別の音がする。それがピタリと止まったら、常世とこよならざる声がした。


コンコンコン


「入れ」

「失礼します」


 入室が許された部屋の床から、粘膜調の触手が生えてくる。それが一定の高さにまで成長すると、先端から拳大の眼球が芽吹いた。


「ボス、大変です。また、暴走する者が現れました」

「そうか、見せてみろ」


 眼球から伸びた触手がシュルシュルと机上に差し出される。


「処分はいかがいたしましょうか」

「速やかに実行に移せ」

「・・・お言葉ですがボス。ここ最近、暴走する者が多すぎる気がします。このままでは運営に差し支えるのでは・・・」

「かまわん」

「しかし・・・」

「しかし、何だ?さてはイサキ。暴走した連中に感化されたのか?だとすれば残念だよ。非常にな・・・」

「いえ、出過ぎた真似を致しました。申し訳ございません」


 目玉は即座にぐにゃりと項垂うなだれ、平身低頭の意を示した。


「まぁそう怯えるな。私とてお前と思う所は同じ、かつての仲間やここの将来。それらが心配なのは良くわかるとも。私あっての諸君と、諸君らあっての私だ。そんな君たちの事を想っているからこその判断なのだよ」

「はい・・・ご心配いただき誠にありがとうございます」

「ふむ。では、それを知った上で訊こう・・・諸君らはどうするべきかね?」


====================================


 背中から伸びる幾本もの杭が、数に物を言わせたてあしに引き抜かれる。その先端は熱を帯びて煌々と仄暗い部屋の中で揺らぎ、当の虫に至っては眼孔を鬼火の如く燃えたぎらせている。


 それに対するは一人の男。頼りなさげな抜き身のナイフを正面構えて静止している。さて、コイツの名前は何だったか・・・。


 そして一触即発の中、先に火蓋を切ったのは虫の放った一本の杭。命中したならそれで終わりだが、男はいとも容易くかわしている。更には追撃で振われた杭すらいなし、即死の猛攻すべて掻い潜っているではないか。


 しかし男の唯一の欠点は、正しく手数の少なさであろう。一本のチンケな刃物で、それらの猛攻を凌ぎつつ反撃するなぞ、針に糸を通すようなものだ。


 すると男は一旦、距離を取って相手の投擲を誘った。なるほどそうか。相手の手数が多いのなら、自らにそれを捨てさせてしまえということだ。


 しかし男は、意外や意外の反撃をしてみせた。高速で投げられた杭を掴んでひるがえり、遠心力を味方につけて投げ返したのだ。それが与えた影響は凄まじく、虫の片側すべてを貫いて、串焼きにでも出来てしまえそうなオブジェを壁に飾った。


 そして片側の脚を全損した虫は、無様に這いつくばって恨めしげな声をあげている。男の方は息つく暇すら与えまいと、ナイフを振り上げトドメの一撃を虫に見舞う。


 なんだ、もう終わってしまうのか。


 激闘の末の味気ない決着に、少しだけもどかしさを感じていた。だかしかし盛り上がりに欠ける結末は、虫の死中に活を求めんとする奮起によって再度、佳境を迎えることになる。


 その往生際の悪さ、醜さ、意地汚さ・・・。


 まさにそれらは今、あの虫のためにある言葉と言えよう。男との距離が肉迫した際、虫は大口を開けて醜悪な言葉の体現を成したのだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る