第25話 処分対象

「もしかして、からかってます?」

「いえいえいえいえ!ホントにホントなんです!つい先ほどの伝達で間違いないことがわかりました。しかも、そこから逃げ出した者もいるようですし・・・ああ!!もうどうしたらいいのかッ?!」


 巨大な肉鈴蘭すずらんのような眼球・・・イサキさんは、ひどく狼狽ろうばいしている。彼と出会った時のその様子は軽く恐怖を覚えるくらい縦横無尽に頭部もとい、眼球を振っていた。


 そして話を聞くと、どうにも一部のエリアで非常にマズイ事態が起こっているらしく、それを近くにいた私に持ち込んできたのだ。


「とにかく、現場に向かいましょう」

「は、はいぃ」


 素早く移動出来ない彼の歩調に合わせながらも、早足で暗い廊下を進んでいく。


「いつからですか?」

「そう長くはっていないと思います、はい」

「人数は」

「今はハッキリ分かりません。しかしあそこは担当者を合わせて9名の筈。そこから逃げ出したのが2名・・・でしょうか」

「現状は」

「うーん・・・」


 彼はしばらくの間、遥か遠くの闇を見通すように目を開いたり細めたりしていたが・・・


「あっ!」

「どうしました?」

「い、いえ、ちょっと目の調子が・・・ついにドライアイ?それとも老眼ですかね?ハハハ・・・」

「あの、やっぱりからかってます?」

「いやいやいや!!」


 そして着いた件の部屋には、蒸し暑さと焦げ臭さが充満していた。部屋中央には、もはや原形すらとどめていない黒ずんだ残骸がある。そこから時おり散る電光が、事態の収束を告げるように静かな空間に響いていた。


「あぁ・・遅かったみたいですね・・・」

「イサキさん・・・もう一度、確認してもいいですか?」

「え?あ、はい」

「ここに居たのは担当者合わせて9名ですね?」

「はい、おそらく」

「そして担当者が獄囚と争い、窮地に陥っていると」

「はい」 

「するとなぜ、それらの結果が残っていないのでしょうか。私が見るに争った形跡はあれど、それらしい死体や一部が全く無いように思えます」

「ん?」


 頭部を傾げ、メトロノームのようにイサキさんは揺れた。


「・・・獄囚の死体が無いのは単に逃げだしたからでは?」

「ここから逃げ出したのは2人ですよね。仮に、隙をみて他の獄囚全員が逃げていたとしても、担当者の亡骸なり多少残っているはずです」

「えっと・・・担当は、あの中央の焼け焦げてるアレでは・・・?」


 焦げた残骸の中央には人ならざる形のてあしが見える。だから彼の言い分は尤もだった。しかし・・・


「あれはただのからですよ」

「か、から?」

「抜け殻です。せみの抜け殻とか言うじゃないですか」

「・・・つ、つまり彼は実のところ無事で、逃げた者たちを追って行った、ということですか?」


 イサキさんは、このややけむたい中で大きい目をしばたたかせ怪訝そうにしている。そこで私は、ゆっくりと彼から距離を取りながら促す様に天井を仰いだ。


「そうだとしたら・・・なぜ、その人物が今ここに居るのでしょうかね」

「・・・なっ!?」


 同様に見上げた所に居た者は、ゲジに似せた人であろうか、それとも洒落て虫を模した針さしであろうか。無数のてあしを携えて無数の杭に穿うがたれた姿。その口と思しき部位からは、赤く煌々こうこうとする雫が唾液のように垂れていた。


「それと最後もう一つ。・・・彼は処分対象になりますか?」

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