第22話 墓標

「コココろろスススゥ・・・!」


 本体部を遥かにしのぐ長さを誇り、病的な細さを兼ね備えた無数のてあしを波のようにざわめかせる。それを一見すればゲジゲジといった虫に見え、顔や脚先を凝らして見れば人にも見える、なんとも面妖でおぞましい形をしていた。


 そして作業台に群がっていた、ほとんど全裸の集団は何事かと手を止めて呆気に取られている。わたしはそんな呆けている連中に向けて、有らん限りの声量で支援を求めた。


「手伝って!」


 彼らが敵につくか此方こちらにつくか、いささか不安ではあったが、今しがた自分たちを拷問していた者に味方する馬鹿はおそらくいないだろう。


「え・・・は・・・?」

「な、なにが・・・起きて・・・」


 だがどうやら敵味方以前の問題だったようで、事の次第を全く理解してないあの集団に戦力としての期待はあまりできそうにない。そこで内心、舌打ちをしつつ虫とわたしで連中を挟める位置に移動した。手伝う気がないなら嫌でも手伝うように仕向けてやる。


 しかし当の虫は居たはずの場所から姿を消していた。目を離したのは呆けた集団の影に奴を入れた僅か数秒にも満たない瞬間。けれどもわたしは、あんなに目を引く不気味な図体を見失ってしまったのだ。


 一体どこへと見渡す為に素早く首を振った時、わたしの肩口あたりに何かが映った。目だけで確認すると、それは鉄の棒だった。


 まるでわたしの肩に乗るようにして在る、その長い棒の先はノコギリを持った男の喉元に繋がっている。男は自身の喉元の違和感に気づく様子はなく、開いた口から血をダラダラと吐くばかり。


 そしてブンッと、低い風切り音が聞こえたとほぼ同時に、すかさずわたしは頭を下げる。それによって作業台に突っ伏すような態勢となり、釘で台に張り付けられた女と目が合った。


 すると、その両者の間に作り物とは到底思い難い驚愕の表情を浮かべた胸像がボトリと降ってきた。断面は非常に粗く、雑に骨張っており、その所々にはかつて拘束具と繋がっていた鎖の金属片が刺さっている。


「キャアアアアア!」


 そして誰が鳴いたのか、この甲高い悲鳴が引き金となり次々と竦然しょうぜんの声が湧き起こる。


「コロロォススス・・・!」


 その中に紛れる不穏なセリフ。耳元で繰り返し呟かれる平坦で抑揚の無い、ただの雑音と聞き違えそうな声が背筋を震わせた。しかし、このまま消沈している場合ではない。


 わたしは作業台を飛び越して、恐慌した集団の中へ飛び込もうと体を浮かせた。ところが、ふと足に違和感を感じた途端、想像以上にわたしは浮いて、天地がクルリと回るや否や、気付けば台の上に仰向けになっていた。


「シネ」


 するとわたしの目前に、さきの鉄棒が正中目掛けて振り下ろされるところであった。


「くそッ!」


 わたしは、すぐさま寝返るような動作を繰り出して目下の死線を掻い潜る。伊達に十数年間、布団と生をともにしてきた訳ではないのだ。


 しかし、立て続けに降りかかる必殺の一撃は作業台を太鼓のように打ち鳴らし、わたしの体や耳の感覚を削っていく。


「ウウウゴクナァァッ!!!」


 すると、苛烈を極めていた猛攻がパタリと止んだ。けれどもわたしは依然として禍中に身を置いたままでいるらしく、長ったらしい棒に見えていた杭は尖った先端を此方に見せつけ、虫は数多あまたの腕でそれを大上段に構えている。


 そして、今度こそ死を覚悟した。なぜならここまで散々、虫を翻弄ほんろうしていた寝返りが今もなお有り余る虫のてあしにがっしりと上体が封じられ、回避一つままならなくなってしまったからだ。


 そのうえ、唯一虫側にないわたしの足を必死にバタつかせたところで、この凶悪な怪物の前には塵に等しく、歯牙にも掛けない様子であった。


「グルアアアァ!!」


 そして高く掲げられた凶器が落ちてくる。不思議とその動きは緩慢で、わたしの胸元に達するまでに恐怖、混乱、怒り、悲しみ、諦め、といった色とりどりの感情が全速力で走り抜けていく。


 しかしそれも凄まじい音による衝撃が全身を駆け巡ったあたりでブツリと途切れ、わたしは己の胸元で墓標さながらそびえ立つ杭を他人事のように静観していた。

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