第20話 変身

 ここは一体なんのためにある施設なのだろう。


 今更その疑問が生じたのは、あのいけ好かない後輩から走りに走って行き着いた先に、あまりにもおぞましい儀式場があったからだ。


 変な器具を身につけた珍妙な集団が一人の腕を切断しようとうごめき、かたわらに立つ仮面男に至ってはゴム手袋と両肩辺りを軋り合わせてぐねぐねと身悶えしている。


「あの人たち何して・・・うっ!!」


 わたしは口元に人差し指を付けて、驚愕に目を白黒させている河上にささやいた。


「・・・ここから離れたほうがいい」


 そして立ち去ろうとするわたしを何故か河上が引き止めてきた。


「まって・・・アタシ」

「・・・なに?」


 河上はそう言ったきり、手すりの柱をがっしりと掴んで石のように固くなってしまった。そればかりか小型犬のように震えてうずくまる。


「ついてこないなら置いてくけど」


 しかしその軽い脅しにもこたえた様子はなく、ぶつぶつと似たような言葉を反芻はんすうしていた。


「なんで・・・知らない、違う、わからない、違う、アタシ、なんで・・・」


 これ以上コイツに時間をいていると、わたしにまで危険が及ぶかもしれない。


 しかも下で行われている儀式は既に佳境かきょうを終えようとしている。そうなれば、遅かれ早かれあの集団に発見されてしまうだろう。


「・・・」


 しかし、なぜだかわたしには河上を置いて行くことが出来なかった。


 それはまるでアメンボみたいに死と生の狭間はざまで浮かぶか沈むかを迫られている瀬戸際せとぎわのさなか、悪戯な見えざる手に体の自由を奪われたかのようだった。


『おいてっちゃうよ!』


 記憶の中の言葉がうずく。


『ほんとにおいてっちゃうから!』


 そのあまり聞きたくないセリフが、いちいち頭の中で反響する。


「うっ・・・さい」


 わたしは小さく言い返すと眼下の集団に意識を移す。


 すると丁度、集団の中で一際気色の悪い仮面の男が、膝をついて反り返ったことで見下ろしていたわたしと目が合ってしまった。


「あ・・・」


 わたしは跳んだ。


 それは咄嗟にやった行動で後先考えたりはしてしなかったけれど、さくを乗り越え両足のかかとを尖らせる流れは自分でも不思議なほどスムーズだった。


 そしてメキッと軽い音がしたところで、踏んづけた奴から再度跳び、部屋全体を見渡せる隅に着地する。


 すると仮面の男はわたしに踏まれた時の姿勢のまま器用に喋りだした。パッと見た限りではかなり間抜けな絵面えづらだったが、普通らしからぬ状況がかえって不気味に感じられた。


「ドブネズミが・・・どこから紛れたか知らないが・・・」


 仮面に入った亀裂からヘドロが噴き出し、ゴポゴポと止めどなくあふれかえる。それは泡粒あわつぶを伴いながら液体のりのように滴り落ち、灯りの下でも尚黒く僅かな苔色を泡にみせた。


「償ってもらうぞ・・・此処に無断で立ち入った事、崇高な任務を妨害した事そして・・・」


 その全身を覆うヘドロの岸へ、男が被っていた仮面の破片が滑り落ちた。


「俺様の顔を踏みやガッタコトをナァアア!!!」


 そこからかえるかつて奇妙であった男の出立いでたちは、見るも無惨な変貌を遂げ、人だか蚰蜒げじだかの境い目をことごとく侵された異形と化していた。

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