第19話 罪の坩堝

 罪とは雪のように降り積り、化粧のように厚くなっていく性質を持つ。そして永く堆積した罪悪は質を変え、次代の子に受け継がれてしまう。


 人一人の内なるところには器があり、そこから溢れた業は血をにごす。やがて濁りは淀みとなり、ついで生まれ出でたる者は百鬼夜行ひゃっきやぎょうに名を連ねるだろう。


 故に少しでも削らねばならんのだ。罪を含んだ骨肉を、行き場を失くした人の因果を。



 会長はそうおっしゃった。


 自分がここに来た当初の記憶だか、今でも鮮明に思い出せる。生きる意味を見出せなかった日々の中に差し込んだ一筋の光。当時の自分にはそう見えた。


「変態野郎がっ!さっさと放せや!ブチ殺すぞ!」


 会長、いや神様。あの時の無価値で矮小わいしょうなる自分に至高の宿命をお与えくださり、心から感謝致します。


「解放して!お願いだから!」


 おかげさまで、自分はこんなにも素晴らしい


「何だそれ!?やめろ!くんじゃねぇ!」


 断罪者として芽吹きました。


「ガッ!?アアァァァァ!??」

「キャアァァァ!」


 さぁ削らせましょう。そして罪のみさおを捧げましょう。これを以って手向けとし、かの百鬼を鎮めましょう。


 総ては神の御心のままに。


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 阿鼻叫喚の部屋の中、8人の男女が悶えている。男も女も数はまちまちで、4人がそれぞれ向かい合っていた。そして皆の腰と胸と頭には鉄製のかせが嵌められており、それを固定するいくつかのネジ釘は骨にまで達している。


「もう・・許して」


 枷から伸びた鎖は部屋の中央を占領する作業台に繋がっており、そこが青く光るたびに紙を破るような音と悲鳴が上がる。


 そんな汗と肉の焦げた臭いでむせ返る部屋に一際ひときわ異質な者がいた。のっぺらぼうのような仮面で顔を伏せ、厚手のゴム手袋をつけたエプロン姿の男。苦痛に喘ぐ裸の面々の間をうようして歩き語る。


「悪いが、君らをゆるす権限も義理も自分には無い。なんせ君らは極悪で、思慮が浅く罪深い人間だ。それを身勝手な一存で放したらどうなる?そんな事をしたら、こちらまで加担した罪で汚れてしまうじゃないか」


 再び台に光が灯り、8人全てが苦痛に晒され痙攣けいれんする。


「まぁ神様や自分も鬼じゃないし、そろそろ飽きたから通電するのもやめてあげよう」


 そこで電流が治まったが、拘束された人々は度重なる電撃に傷つき疲弊しきっていた。


「だけど勿論もちろんタダとはいかない。なぜって君らはつぐない人だからね。その身に宿ってる邪念と罪を落とさなきゃならない」


 仮面の男は痛みですっかり体を縮こまらせた女を覗き込む。


「それに・・・どうせ死んだりしないんだ。だからこれくらいは平気だろう?」

「ヒギッ!!!?」


 縮こまった女が反り返ったかと思うと、細い注射器がその背中に刺さっていた。中身は緑に濃く染まり、ヘドロのような質感をしている。


「こういうのは言い出しっぺがやるべきなんだ。そう、初めにゆるしをうた君自身がね」

「やっ・・・アァッ!」


 ヘドロのような物質を注ぎ終わると、仮面は女の腕を作業台に押し付けて、見るからに太い五寸釘を突き刺した。


「これよりみそぎを開始する!!そしてこの機会をお与えになった神様に感謝しろ!」


 刺された女の絶叫は喉が枯れるまで長く続いたが、数分もすれば静かになった。


「では、お前。この女の腕を切り落とせ」


 仮面は呆然とする一人の男に作業台から取り出した弓ノコギリを手渡した。


「・・・は?ふざゲェッ!!?」


 その男の返答を聞き終える間もなく三度みたび、電流が7人を襲う。


「このまま通電されるか・・・たった一人の腕を切るかだ。・・・選べ」


 作業台に打ち付けられた女は、絶望的な表情を浮かべたまま痙攣する人々を見渡している。


「やる・・じか・・」

「う・・うでを」


 7人の意思は固まったらしく、痺れながらでも充血する目で女を見定めている。


「い・・・いや・・いや!いや!いや!」


 痺れから解放された者から順に、頭を振る女へつどいだす。そして各々おのおのが自然と役割を理解した。


 身じろぎ一つ許さぬ構えで、女の頭や足にのしかかる者共は、それが一種の群体であるかのようだった。そしてかたまりから分離した男がノコギリの刃を女の上腕に当てる。


 するとノコギリはバイオリンの弓のように前後激しく荒れ狂った。そこに飛び交う不規則な叫びと怒号は、どこか狂想曲を思わせる。


「神様・・・今宵こよいの狂いあがなう彼等の旋律を、崇高なる貴方様に捧げます・・・どうかお聴きください」


 そうしてうやうやしく天を仰いだ仮面の前には、一人の少女が侮蔑ぶべつと嫌悪感を滲ませながら事の次第を見下していた。


「あっ」

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