第18話 扉の先
先行きの見えない路からは、生温い風が吹いてくる。それも常ではなく、思い出したように来たり、あるいは来なかったりする。それはまるで誰かが気付かないうちに忍び寄って、首筋に吐息を吹きつけているようだった。
その不快感のなか目線を隣へと向ける。
「アタシらどうなっちゃうのかな・・・」
そこには顔全体に深い影を落とした河上がいた。
「・・・さぁ」
「ねぇ、アンタはなんで平気そうなわけ?怖くないの?」
伏し目がちに河上は、やり場のない感情を声に乗せて睨みつけてくる。
「べつに・・・」
「ふぅん・・・。そんなこと言ってるけど、あの部屋にアンタが入って来たとき真っ先にアタシのとこに飛び込んできたじゃん。やっぱ怖かったんでしょ?」
ちょっと前のことを掘り返して、つまらない揚げ足とり。やはりこの女はカスだ。
「はぁ、もうそれでいい・・・」
「は?なにソレ!馬鹿にしてんのっ!?」
不穏な空気の廊下には、場違いな黄色い声が響いている。このままだと、いずれ怪物どもに目をつけられるだろう。
「そもそも!お礼ぐらい言ったら!?もしあの時アタシが手を引かなかったらアンタ今頃ミイラになってたんだから!」
だからこの興奮状態にある闘牛女を鎮める方法も考えていた。しかし、わたしが黙っているのをいいことに、あれやこれやといわれのない不名誉を被せられるのは許せない。
「・・・だったらそっちこそお礼言うべき。わたしがあの部屋から出ようとしたから二人とも干物にならずに済んだ」
「はっ!?元はと言えばアンタがあの化物を連れてきたせいで、アタシが危い目に遭ったんだからね!」
「わたしが来なかったら、そっちは結局部屋から出ずに蚊に襲われてた!」
「なっ!?コイツゥ・・・!」
互いに熱を帯びていく会話は、埃と照明ばかりの廊下によく響いた。そして木霊する声へ追随するように、硬質な音が暗闇の奥底から鳴りだした。
どうやら徘徊している怪物に気付かれたようだった。音から察するにあの粉砕機だろうか。随分としつこい怪物だ。上手く撒かれたことを根に持っているのかもしれない。
「ちょっ・・・バレたじゃん!どうすんのっ!?」
「バレたのは全部そっちのせい」
河上を尻目に音のしない方へと走る。
「アタシのせいじゃ・・・あぁもう!待ってよ!」
そこからしばし進んでいると、鉛色の扉に突き当たった。
「なんで・・・!?開かない!!」
そこへ真っ先に飛びついた河上が怒涛の勢いでノブを引いたり押したりするもびくともしない。
「クソ!クソッ!」
終いにはノブすら手放して、がむしゃらに扉を蹴ったり殴ったりと荒れていた。切羽詰まった状況ではあるが、それを踏まえてもコイツは暴れすぎだ。
「ねぇ、どうしよう・・・」
そしてやっと観念したのか、声を潤わせて振り向いた河上の顔は見事なまでにくしゃくしゃだった。
「引き返す・・・」
「そんなの無理!ここまでずっと真っ直ぐだったじゃん!今更戻っても意味ない!」
自分の中で結論がほぼ出ているにもかかわらず、なぜわたしに質問してきたのだろう。
そんな疑問を
バン
すると拍子抜けするほど簡単に開いた。というよりも、向こう側から何者かが開けてくれたようだった。
「開いたっ!?」
「えっ?誰!?」
その人物は、中背で後ろ髪を結った特に見張るべき点も無い幼げな女だった。おそらく着ている制服から、わたしの通う高校に附属する中学の生徒なのだろう。
「話は後にして!」
そして飛び掛からんとばかりに、河上はその女生徒を押し込んだ。
「やめて!通してください!」
しかし突然の出来事に戸惑いながらも、女生徒は河上に抵抗して逆に押し通ろうとする。
「ちょ!バカ!どこ行く気!」
が、闘牛のような威勢に負けて女生徒は突き返され、わたしたちは開いた扉をくぐって閉め切った。
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私は闇から逃げるために扉を開いた。けれどそこには不審な先輩方がいて、
「ちょ!バカ!どこ行く気!」
私を止めたこの人は、学校でも美人なことと性根の悪さで有名な河上 美淮。過去にはイジメを行っていたようだが、結局その被害者が遺言も無しに死んでしまい有耶無耶になった曰くがある。風の噂によると、河上がのうのうとしていられるのは学校にコネがあるからだとか。
そして奥にいるのは、オカルト部やら新聞部がやたら忌避している三涙 怜香。関わった人を軒並み不幸にする疫病神と密かに呼ばれている。
なぜそんな札付きの人間が二人して私の前にいるのか疑問でならない。
「何で邪魔するんですか!」
「何って、化物から逃げて来たんだけど!」
「は?」
少しだけ笑ってしまったが、直ぐに取り
「あーもしかして・・・」
私は辺りを軽く見渡した。しかしそれらしい表記は見当たらない。
「いや、何でもないです」
おそらくキチガイ。
まさか、この病院の地下深くに精神異常者を収容する施設があるとは思いもよらなかったが、それでなら二人の悪評も頷ける。
それにしても、やっと消えてくれた
「さっきからなに?おちょくってんの?」
「ごめんなさい、ちょっと驚いちゃって。それより化物ってなんですか?」
話を合わせてやることにした。こういったキチガイには、下手に反発するより同調してやった方が運びが良い。
「説明してる暇ない」
すると、三涙 怜香が私の横を走り抜けた。
「ヤッバ!そうだった!」
それに河上 美淮が続いて行く。そしてあっという間に二人は廊下の暗闇へと消えてしまった。
「バッカみたい・・・」
私は化物やなんだと非科学的な妄想に取り憑かれている、愚かな先輩方を
「・・・え?」
しかしそこには血に濡れた機械仕掛けの化物がいた。
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