第12話 フクロの鼠

「ねぇちょっと・・・んっ!」


 サッと河上の口を手でふさぐ。他人の汚い口に触れるなんて、出来ることならしたくはないが、四の五の言っている余裕はない。一つのミスが死に直結するのだ。


「死にたくないなら静かにして・・・ヤバい奴が来るから・・・」


 死という単語を口にしたところで、河上はビクリと体を跳ねさせて借りて来た猫のように大人しくなった。


 すると外開きの扉が勢いよく開け放たれ、異形の薄い影が差し込まれる。這うような体勢のそれは、わたしをここまで追い詰めた張本人、粉砕機とヒトの融合体だ。


 それは手足の車輪をゆっくりと部屋に進ませている。だが幸いにも怪物は暗いこの部屋を見通せていないらしく、腕立て伏せのように上体を持ち上げて室内を見渡している。


 もし見つかれば殺される。それもただ殺されるよりもっと残酷な事に、あの男と同じ末路をたどることになるだろう。細切れ肉に加工されながら地獄の苦しみを味わうのだ。


 自分がそうなるなんて考えたくもない。けれど目の前の状況から目を背けてしまえば、二度と光を拝むことは叶わないのは明白だった。だからわたしは擦り切れそうな、なけなしの勇気を振り絞って敵を見据える。


 そもそも奴のどこに目がついているのだろうか。顔となる部分はほぼ金属で構成されているのだし、あの動作が見ようとしているのかすら疑わしく思う。もしかしたら目ではなく耳によって外界の情報を得ている可能性もある。しかし怪物自身が駆動している間は、手足と顔からその駆動音が出続けることを踏まえると聴覚は当てにならないはず。


 ・・・だったら直接いてみたい、という降って湧いた衝動がうずきだす。平常ならば、まずあり得ない血迷った考えだが、わたしの思考を容易に侵略しようとしているところをみるに、この起伏きふくの激しい展開にうんざりしていたのだろう。


 そんな疲労によって倒錯とうさくした探求心が、目的を見誤っていることを気にも留めず、わたしは限界を向かえている理性を休ませようと怪物に対して愚かにも口を開こうとした。


コオオォォォォォオオオ


 だが喉まで出掛かった問いは、高く持ち上げられた怪物のうなる片手に遮られ、さらにそれが床に振り落とされることで体の奥へと引っ込んだ。


 そしてとばりを降ろした室内の一角に橙色だいだいいろの花が咲き、金切り音が炸裂する。てのひらについた車輪と床の間から怒涛どとうにほとばしる火花がわたしたちの居る部屋を僅かに照らし、これ見よがしに扉付近の様相をさらした。


 怪物の側であんぐりと口を開け横たわっているモノ共は、先ほどわたしがつまずいた原因なのだろうか。その眼や頬は落ちくぼみ、干し柿のようにしぼんでいた。怪物の居る入り口だけでも、それが5体以上は転がっており、多種多様な服装のなか、顔だけは一様にムンクの叫びをあげている。


 試しにわたしはいている方の手を雑に伸ばしてみた。すると、特にさまようことなくカサついた球体状のモノ、サラサラとばらけた細い糸へと触感が移っていく。


 そして糸を束ねて軽く引く。するとやや弱々しい抵抗感を覚えた・・・が、すぐにそれは無くなって毛の生えた達磨だるまはだらしなくわたしのすねまで転がって来た。

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