第8話 死ぬ

 ヒト一人をその顔面で容易く飲み込めそうな粉砕機は、てのひらと爪先に付いた歯車もとい車輪を高速で回転させ迫ってくる。


 そして接地した四点からも火花が飛び散り、光の届かない闇の中からでも殺人的閃光を放つ。


「アレの顔面はなぁっ!粉砕機っつって何だって粉々にしちまうのよ!もちろん俺ら人間だっていっしょさっ!」


 こんな状況でありながら男は早口で、かの存在についてまくし立てる。


 そして粉砕機がわたしたちから見て、五つ目から四つ目の照明下を通り過ぎた。


「もし、足にパクつかれたらよっ!自分の足だったもんがグチャグチャの肉になってアイツの背中んとこから噴き出すんだぜっ!」


 まるでついさっき見てきたかのような血なまぐさい説明が男の口から成される。


 そして粉砕機が三つ目から二つ目の照明下を通り過ぎた。


「なぁ!嬢ちゃんは、そんなの見たくないだろ?」


 残る照明あと一つ。


「うん」

「だったらよ・・・!」


 人智じんちことわりという常識の外に追いやられてしかるべき存在が、なんのへだたりもない数メートル先にいる。けれども、落ち着いた男の声は無策でないことの証明なのか底冷えするほど冷静だった。


 そしてその策の答えとばかりに首の拘束が緩和した。


「・・頭から突っ込めやッ!!!したらなんも見えねぇぜ!」


 男は少女を突き飛ばす。人型粉砕機を背景にして、投げ出された少女が男に向き直る。その揺れる前髪に見え隠れするうつろな瞳が、まるで少女の絶望を象徴しているようだった。


 あぁ。やはり、どこにいっても変われないものだ。この衝動に倫理観はまさに俺、そのものなのだから・・・。男は少女のこれからを想像して、尿意にも似た快感を催しえつに浸っていた。


・・・ゴキリと骨のきしむ音が、自身の左手から聞こえる瞬間までは。


「は?」


 手元に意識が集中すると、少女の右手の中で赤紫に変色した自分の手が健気けなげに悲鳴を上げている・・・。そしてそこに割り込むは虚ろな瞳、大きく開いて狙う対象を見逃さない。


 男がそれを認識したとき少女の姿はすでに無く、動く視界は地から天へと急転直下。驚愕きょうがくが衝撃となって背中を打ち、続く痛みが男に現実を叩きつける。


「ぐがッ!」


 いったい何が起こったのか。それを把握しようとすれば、今まさに自分の足が粉砕機によって咀嚼そしゃくされているところだった。


「うっ・・うぁああ“あ“あ“あ!!!」


 すり潰れる足先に加わっていた圧力が膝に伝わり、限界を迎えた膝の骨がズボンを貫いて鮮血を伴いブチッと飛び出てくる。


「あ“あ“あ“あ“あ“あ“っ!!」


 人型粉砕機の背部から、クジラがしおでも噴くかのように赤々とした雨粒が舞い、かつて自身の一部だったモノが細かい欠片かけらとなって男の顔に降り積もる。


「・・ガフッ・・・オエッ・・」


 行き場を失った体液が肺の空気と混ざり合い、喉を埋め尽くしていく。そんな呼吸すらままならぬわらにもすがりたい状況で男は電球を見た。


 噴き上がる血に濡れた照明がブラブラと、男をあざ笑うかのように見下ろしている。そして光が一層明るく点滅したかと思うと、泣き叫んだり苦痛で顔を歪ませた女共が、黄ばんだ光の中でジタバタともだえ狂う光景が目に入った。


 その既視感のある映像が津波のように押し寄せて引いていくと、表情や姿勢のいたるところが仰々ぎょうぎょうしい如何いかにも偉そうな黒い羽織を着た男だけが居残り口を開く。


 その先は聞かなくても覚えている。


 数年前に告げられた言葉が、明確な殺意をって眠りへといざなう。これは呪いか、はたまた罰か。男は過去を思い出し、自らを憎み非難した。そして血と汚物で濡れるなか、遅すぎる自省を胸に抱く。


 もしこのひとときだけを切り取れば、その心は高潔であったかもしれない。けれどそれをむ者は一人もおらず、悔恨かいこん嗚咽おえつだけが血に乗って冷たい床に吸われていくのだった。

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