第9話 鏡
04684番
扉に刻まれた数字はひどく
私はゆっくりと丸いドアノブを掴み、剥がれかけた薄い錆びを握りつぶして右へ回す。すると金切り音と何かが剥がれる音の二重奏が、開閉に伴って孤独な廊下に鳴り響いた。
そして重厚な扉をくぐった先には
そして地べたからはズリズリと白い砂をかき分ける音だけが絶え間なく続き、延々とその跡を残している。それも
そこを私は息をひそめて進む。一つ・・・二つ・・・と飛び石に足をかけ、見えないモノに引かれ続ける砂紋をまたいで行く。そして
それはただの敷物でありながら、私が靴を脱いで正面の
「失礼します」
私はそこから逃げ出すように素早く部屋へ入り込み、向けられていた不気味さを薄い障子で締め出した。だが部屋の中の存在は、それらを良く思わなかったらしく不機嫌そうな声がする。
「なんだい急にやってきて・・・最近の若い奴は礼儀作法もおざなりなのかい・・・」
座敷の部屋中央には一面鏡の鏡台だけがポツリと一つ
「すみません。会長に言われて回収に来ました」
女の視線は相も変わらず髪に注がれ、こちらに
「女の身支度を邪魔した挙句、モノをよこせだなんて厚かましいにも程があるだろ?少しくらいは
「はい、すみません・・・」
「・・・・・」
ズリズリと
「・・・ちっ、いつまでもそこに居られると気が散るんだよ。ほんと気が利かないね、お前」
強まる語尾と舌打ちが女の機嫌をより
「申し訳ありません。ですが、会長からの命令なので早急にお願いします」
私はその意志を訴えるように、少し踏み込んで正座する。
そして、ザクリと刺さる音がした。
「・・・あぁ・・そうかい。ならそこで待ってるがいいさ」
女の顔面に赤い
「すぐに終わらせてやるから・・・」
「・・・ありがとうございます」
髪をとき続ける女の頭からは刺さる音を皮切りに、今ではブチブチと千切れる音が流れている。次第に赤は
そんな塗り絵が完成するかと思われた・・・そのとき。
「ぁあっ!ぁあああ!」
鏡の中の台に
人と断定しないのは、それの眼球が限界まで張り出して
しかしそれが人であるかどうかは、続く声で明らかとなった。
「いぃ、痛いぃ・・だれ・・かぁ」
人語。確かな発音で発せられた言葉。それは、かの存在がミミズや出目金などではないことを決定づけるには十分だった。
途端、女の持っていた
「お前らホントなんなんだいっ!?人が
女は怒号とともに、そのミミズを鏡面の外へ連れ出し見えなくなる。
「次からっ次へとっ!うっとおしいんだよっ!」
べちっ・・・べちっ・・・
肉をぶつ音の合いの手が、横殴りの血の
「ぃ・・・ぉかぁさん・・おとぉさん・・」
「はあ!?なんだって!?あんたらがそれを口にする資格なんて無いんだよ!!この恥知らずがあッ!」
ふと後ろで声がした。
いまだ止まぬ水の声
忙しい兎、月つつき
三つ
浮き身削りて罪そそぐ
ここに描くは痴の軌跡
濡れに血に濡れ
下を
薄い背後の障子を抜けて、そんな
「でぇ?アンタはいつまでここに居るんだ?」
左の耳に生暖かい息がかかる。正面の鏡には、変わらず座った私が映るのみ。しかし、シャツの肩口からは赤い染みがジクジクと誕生していた。
「またふざけたこと言ってみな。アンタを鏡に突き飛ばして、アイツらとおんなじ目に
肩口を中心に這いまわる生温い液体が痛みを残し広がっていく。
「やめましょうオカミさん。正当な理由もなしに仲間を傷つけた場合、別の要件で私たちが来ることになりますよ」
右肩に食い込む五本の痛みの元凶を、そっと手で包み込む。
「・・・・」
冷えたそれは、細くしなやかで心なしか
「ちっ!いい子ぶりやがって・・・それ持ってとっとと失せな。さっきの新しいのが二つ入ってる」
身を包む圧迫感がほどけるように
「ありがとうございます。それではこれで失礼します」
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