第7話 骨肉粉砕鬼

 まぶたの向こうで点滅する明かりが寝ているわたしを揺り動かす。目覚めて体を起こしてみると、辺りは暗い廊下だった。


 暗闇から吊られた電球同士が、密を避けるように互いに間隔をあけ、頼りなく道を照らしている。


(なに・・ここ・・・?)


 自分の記憶が確かなら、河上に嫌味いやみを言われるすんでのところで床の崩落に巻き込まれたはずだ。しかし、崩れた床の瓦礫がれきなどは見当たらないし、学校の地下にこんな通路があるとは考えにくい。もしや、わたしはあの崩落で重傷を負い、ここで生死のさかいをさまよっているのだろうか。


 けれどコンクリート床の感触や、照明の下で泳ぐほこりたち、鼻をつく酸っぱいような何とも言えない鉄臭さが妙に現実的で生々しい。ここは一体なんなのか、その好奇心がわたしの手足に力を入れて立ち上がったとき、遠くの暗がりからペチペチと裸足の男が走って来た。


 その男はわたしの近くまでやってくると、息を切らして、汗なのかよだれなのか判別できない汁を分泌ぶんぴしている。


「ハァ・・ハァ・・んくっ!・・ハァ・・ハァ」


 両手をひざにつけ空気と生唾を飲み込む男は、薄毛の頭や痩せこけた頬をうなだれさせて、灰色の生地に色とりどりの汚れが目立つ服といった実にみすぼらしい姿をしていた。


「・・・あの」

「ハァ・・・ハァ・・ひひっ」


 おそらく男は笑ったのだろう。汚い顔をわたしに向け、口を上弦じょうげんに開いたのだから。


 しかし血走った目だけは見開かれたままピクリともせず、吊り上がった口角を押し返しているようにも見えた。


「っ!」


 男は地面をり、わたしとの距離を肉薄にくはくさせる。細身の身体から繰り出される素早い手捌てさばきが、手首と肩をがっしり掴んで離さない。


「暴れんじゃねぇ!」


 急な出来事に気が動転してしまい、なすすべもなく男の細腕によって首を完全に固定されてしまった。男はその成果を見せびらかすように、羽交い締めにしたわたしの身体を暗闇へと向ける。


 これからこの男に何をされるのか、考えたくもない思考を巡らせる。しかしその劣情的妄想は男の来た方向から響く連続的でつ、硬質な音の前に霧散むさんした。


「なぁ!お嬢ちゃん!よぉーく見てろ!」


 うながされるまま、遠くの暗闇に浮かぶ照明を凝視する。五つほど先の明かりだと思われる、スポットライトの及ぶ範囲内。そこへ一番乗りに登場したのは人間の足先だった。


 もっと正確に言うのなら、通常滑らかである足の甲から爪先の部分にかけて、みぞの浅い歯車状の車輪が埋まっている気味の悪いローラースケートのような足だった。


 人差し指と中指の間から突き出た車輪は緩やかに回転を止めると、足先がそこを支点に慣性に流され、前の方へと倒れようとする。


 それも明かりの下へと。


 すると底知れぬ危機感がわたしの身体を襲った。しかし、興味と理性が敵を知れと目を反らすことを許さない。


そしてついにそいつは倒れた。


 ズガンと金属の衝突音が奇怪なモノの絶叫さながらに鳴り響き、廊下に全貌ぜんぼうをあらわにした。照らし出されたのは機械というには肉感的で、四つん這いの人というには異質すぎる存在。


 背中と頭部に、幾重いくえにも重なった厚さ数cmの粉砕刃ふんさいじんたたえ、そこが烈火のごとく火花を伴い回転している様は・・・まさに人型の粉砕機と例えるほかになかった。

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