第3話 期待

 学びに響く鐘の音は、いつでもわたしの気持ちを不快にさせる。まぶたを押しつぶす授業の開始を知らせるときも、退屈で憂鬱な休み時間の到来を知らせるときも、孤独な家路いえじにつくことを強いられる放課後のときも。 


 それらすべてが耳から脳へと届いて、毒性の強さを発揮する。しかも性質たちの悪いことに、この精神神経毒は、700人の中からわたし1人を狙い撃ちするように設計されているらしかった。


キーンコーンカーンコーン


 そしてまたもや、一日で使える体力の5割を捧げてまで登校した幼気いたいけなわたしを苦しめようと、音状の毒が散布された。更には、いち早く食堂に向かうべく動き出した餓鬼がき共の巻き起こす大気の激流が、不安にさらされている心持ちを逆なでする。


(頼むから静かにしてよ。たかが高校生の2~3分に大した価値なんて無いんだからさ・・・)


 すると、出口へうごめきだす群れの中から流れに逆らう川魚みたいにわたしの席へ進んでくる者がいた。スラっと伸びた2本の黒い生地の棒。それらの真ん中にはくっきりと美しい折り目がついている。


 わたしは机に首をえたまま、目線だけを上へと送る。するとそこには脳が熱に浮かされている連中の作った、男子格付けランキングで1位の優男やさおがいた。


 ネクタイとシャツはちょっとだけ崩れている、というのに意外と髪や爪などの要所は整っているのがかんさわる・・・そんな奴。


三涙みなみださん。ちょっといいかな?」

「・・・・はい」


 食堂中毒者のいなくなった教室は閑散かんさんとしていて、残った人間は相対的に際立きわだっている。孤島みたく各席に位置する弁当組と、わたしの前にいる優男やさお、そして黒板付近で睨みをきかせている女ども。普段は気恥ずかしいのか、ろく優男やさおと話せてない引っ込み思案な女まで、黒板組と並んでこちらの出方でかたを気にしている。


 普段から目立たないわたしに、容姿ランキング1位の男が声をかけてくるなんてそうそうない。なので。


 だから。どうした?わたしが羨ましいか?とでも言いたげに横目でソイツらを流し見てやった。


「実はさ・・・前からずっと、三涙みなみださんに言いたいことがあって・・・・」


 いつもはハキハキと言いよどむことのない優男やさおだったが、今だけは珍しく口ごもっている。このわたしを前にして、緊張しているようだ。もしや、これが俗に言う告白というヤツか・・・。なんなら、着崩した服装も今なら許してやれるような気がする。


 ならばとここで背筋を伸ばし、これからわたしを至高の優越感に導いてくれる言葉を受けるに相応しい姿勢をとってみた。


「・・・なに・・・かな?」


 左手でバサついた髪を耳にかける。普段ならこんな事は絶対にしないが、勇気を振り絞ってわたしの前に歩み出た彼に対するファンサービスだ。


「えーっと・・・」


 優男やさおは少し迷った素振りをしたかと思うと、髪を上げたわたしの耳元に顔を近づけてそっとささやく。


「お風呂くらいは入った方がいいよ?ちょっと臭うから・・・それじゃ」


 そう言うや否や颯爽さっそうと、優男は鎌鼬かまいたちのように去っていった。

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