第3話「Sランク冒険者」

 翌朝、しっかりと眠った俺は昨日失った魔力を取り戻すことができた。

 今日は依頼に含まれていないものの……胸騒ぎがしたのでちょっとだけ村について調査をしてみることに。


◆クレイ、本日の残り魔法発動回数、三回◆


 宿のおばさんに礼を述べつつ、表に出てみれば何やら外が騒がしい。人だかりができているようだ。

 丁度、その人だかりの近くにサーリャさんがいたので声をかけてみる。


「サーリャさん。おはようございます」

「あっ! クレイさんよく眠れましたか?」


 ぺこりと頭を下げてサーリャさんは俺の顔を覗き込んだ。俺は頷いて、本題を切り出した。


「それで、この人だかりは?」

「あ、今丁度ギルドから冒険者さんが来たみたいなんです! しかも――Sランク!」

「Sランク!?」


 Sランクというのは、冒険者の格付けにおいて最上位に位置するものたちのことを言う。各国でも限られた人数しか存在せず、この国には現状六人。そんな限られた冒険者が、なんでここに?


「あ、そういえばクレイさんは今日帰ってしまうんでしたっけ?」

「いえ。少しだけ……観光したくなったのでもう少しいようかと」

「観光……? 見るものがあるかは分かりませんが、楽しんでくださいね!」

「はい、ありがとうございます。ボクもSランク冒険者が気になるので、少し見てきますね」

「じゃあ私も一緒に!」


 というわけで、人混みをかき分けてSランク冒険者の顔を覗きに行く。

 そこに立っていたのは黒のスーツを身につけた美しい男性。長い金の髪に、自信に満ちた顔つきが今までの成功に満ちた人生を想起させた。

 確か、彼は……最近Sランク入りしたという個人冒険者、名は。


「私はエリミエール。君たちも知っての通り……この国に六人しかいないSランク冒険者だ。本日は、行方不明になった冒険者の捜索を私が担うことになった」

「ガートのことですね。分かりました。では、我々の知っていることをお話ししますので、こちらへ」

「ああ」


 かつん、かつんと革靴をいやに響かせて、エリミエールは村長と共に村で一番大きな家の中に入っていった。

 村人たちは、その様子を眺めて満足したのかめいめいに引き上げていく。

 俺は腕を組んで、思案した。


 どうしてわざわざSランク冒険者が……?

 確かに、この村にずっといた冒険者が行方不明になるというのは異常事態で、舐めてかかると死ぬ可能性があるとは思う。

 けど、栄えあるSランク冒険者がわざわざ仕事として選ぶのはおかしいんじゃないだろうか……? だって、彼らは俺みたいな出来損ないと違って仕事を選べるんだから。


 それとも、ギルドが直々に命じたのか?


 色々と考えを巡らせる俺。

 昨日の魔物といい、どうにも嫌な胸騒ぎが大きくなっていく。


「クレイさん、どうしたんですか? 観光なら私が案内しますよ!」

「あ、いえ。ボクも冒険者なので、エリミーエルさんのお手伝いをするべきか考えていたんです」

「なるほど! 確かに!」


 力強く首を縦に振って、サーリャさんは俺に同意した。正直、エリミエールが俺を必要とするか、と言われると全くそんなことはないと断言できるが。

 断られたら断られたで、個人で調査をすればいい話だ。いや、まぁ、本当は帰るべきなんだろうけれど、なぜだかその選択肢は選べなかった。


「あ、出てきたみたいですよ。声をかけてきますね!」

「サーリャさんちょっとま――」

「エリミエールさーん! 昨日からこちらに来ている冒険者さんがいらっしゃるので、ご紹介しますね!」


 引き留めようとしたが、時既に遅し。

 エリミエールと村長の前に立ったサーリャさんはその後ろにいる俺を指さした。


「昨日、とっても強い魔物から私を守ってくれたクレイさんです! とっても強いですよ!」

「……」


 俺は顔を覆いたくなった。

 Sランク冒険者相手に、こともあろうか強い……なんて。恥ずかしいにも程がある。ただ、彼女に悪気はないので責めることはできない。

 会釈と共に、エリミエールに挨拶。


「はい、Cランク冒険者のクレイです。エリミエールさんのご活躍の噂はボクの耳にも届いております。魔王攻城戦の武勇を実際に聞いて見たいですね」

「ああ、手があけばぜひお話ししよう。ともかく、クレイ君は昨日、魔物を撃退したのかね?」

「はい。魔物のランクは不明ですが……相当に凶悪だったかと」

「ふむ。ガート君は確かBランクの冒険者だったはずだ。つまり、彼はその魔物に敗れてしまったのかな?」

「可能性は、あるかもしれません。魔物は底なし谷を根城にしていたようですから、見に行かれますか?」

「ああ、そうしよう。君、案内は頼めるかな」

「はい。もちろんです」

「それはよかった。土地勘がないものでね。それと、そちらのお嬢さんも一緒に来て頂けますか? 魔物のことを覚えている人は多い方がいい」

「はい! 私はサーリャです。よろしくお願いしますね、エリミエールさん!」


 ぺこりと頭を下げるサーリャさん。

 なんだか拍子抜けするくらい簡単に同行を許可された。まぁ、この余裕もSランク冒険者の証というものなのだろうか?


「では、クレイ君。サーリャ君。案内を頼むよ」


 にっこりと笑って、エリミエールは歩き始めた。俺とサーリャさんはあの魔物と出会った場所へとエリミエールを案内する。


 ◆


 川の上流までやって来て、俺たちは底なし谷の方へ歩み寄っていた。

 のぞき込めば、本当に底が見えないほどに深い。


「ここが、君たちが昨日襲われた地点かね?」

「はい」

「では、もう少し踏み込んで中を見てくれるかな? 私は明かりとなる魔法を詠唱するとしよう」


 足を揃えて佇んだエリミエールは、地面をとんと一度叩き。魔力を高めて行く。

 俺とサーリャさんは言われた通り、谷の縁に立ってのぞき込むが。


「素直で助かるよ。さようなら」

「え」


 どん、と。

 背中を押された。

 何が起きたか理解するよりも速く、風が背を撫ぜた。


「きゃああ!」


 隣を見れば、同じように落ちるサーリャさんの姿が。


「目撃者が残るのは困ってしまう。最後の空中旅行を楽しんでくれたまえ」


 理解が追いつかない。

 エリミエールに突き落とされたのか!?

 口封じのために? 魔物を見たから?


 つまり、この騒動にエリミエールが関与しているということか。Sランク冒険者が……!?

 にわかには信じがたい事実だが、事実として俺は突き落とされているわけで。

 ともかく、今はどうにかして上へ戻らないと。


 どんどんと狭まっていく青空。

 血の気がどんどんと引いていくが、諦めるわけにはいかない。


「サーリャさん。手を俺の方に!」

「は、はい!」


 空中で俺は彼女に手を伸ばした。急ぎ、サーリャさんの手を掴んで、俺は彼女を抱き寄せる。

 俺は魔法を一種類しか扱えない。

 炎系のAランク。不定形の炎を操るテルモーンという呪文だ。

 不定形だからこそ、色々と応用が利く。


 俺は姿勢を変えて、両足を地面へ向けた。


 普段は中々使わない技だけど……今なら!


天上墜星テルモーン!」


 そう叫んだ瞬間。

 両足から、炎が放たれた。凄まじい勢いで放たれるそれは、その勢いのまま俺たちの身体を垂直に飛び上がらせる。

 凄まじい重力が身体にかかるが、それでも、落下死するよりは何倍もマシ!

 そのまま、谷底から飛び上がった俺はサーリャさんを庇うために背中から着地。


「い、生きてる……?」

「な、なんとかなりましたね」


 目をぱちくりさせるサーリャさん。

 俺は彼女から離れて姿勢を正した。というのも、目の前には――。


「Cランクの冒険者にしては、随分と面白い魔法を扱うようだ。面倒だが、少しばかり遊んでやろう。あのまま黙って落ちていた方が幸せだったろうに」

「それはどうだか」


 相対するのはSランク冒険者。

 彼は俺たちを逃がすつもりはないらしい。Sランク冒険者とタイマン。絶望的すぎる。でもまぁ、最初から諦めて死ぬわけにもいかない。

 不幸中の幸いというべきか、俺の魔法は多分当たればSランクにも通用する。

 つまり、勝機がないってわけじゃない。


 背負った盾を構えて、俺は腹を括った。

 生きて帰ってやる。


◆クレイ、本日の残り魔法発動回数、二回◆

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