第2話「大爆裂」

 馬車に揺られて、俺たちはサーリャさんの村を目指していた。運良くたまたま村へ行く馬車があったので、これ幸いと乗り込んだのはいいものの……。

 普段馬車を使わない俺にとっては、お尻が痛くて仕方がなかった。サーリャさんは準備がいいのか、クッションみたいなものを持ってきている。羨ましい。

 そんな、羨望の眼差しを向けられていることに気がついたのかサーリャさんは、ふと、口を開いた。


「大きな盾ですね。騎士さんですか?」

「あ、いえ。ボクは魔法使いです」

「魔法使いなのに盾を……?」


 少しばかり疑念の眼差しを向けられてしまった。そりゃあそうだ。基本的に魔法使いというのは、杖や本を持って戦うものだし、多くの冒険者が実際にそうしている。

 もちろん、俺が杖や本を持たないのは伊達や酔狂ではない。持つ意味がないのだ。


「ええ、ボクは少し他の魔法使いとは違うので」

「な、なるほど……?」

「そういえば初めて冒険者ギルドに依頼を出してたみたいですけど、普段はどうされているんですか?」


 ちょっと苦しいので、俺は話題を逸らすことにした。薬草の採取依頼なんて、正直言って冒険者じゃなくてもできる。だからこそ、彼女も初めて大ギルドに依頼を出すんだろうし……。


「いつもは腕の立つ兄が、村の為に色々と働いていたのですが昨日……酷い怪我を負ってしまいまして、怪我自体はもう手当てを済ませたのですが高熱でうなされてしまっていて……」

「それで、薬草を採りに行くには村の人たちでは些か物足りないと」

「はい。それに村お付きの冒険者さんもいるんですが……数週間前から行方不明で、兄がギルドに捜索依頼を出したみたいなんですけれど」

「まだ見つかっていない、というわけですね」

「はい」


 村お付きの冒険者、話を聞いている限りソロ冒険者なのだろう。ソロで活動できるほどの実力者だと思われるが――そんな冒険者が行方不明。これはちょっときな臭い。

 何か不測の事態が巻き起こっているのかもしれない。気を引き締めないと。


 そう腹を括った所で、馬車が止まった。


「到着だよ」

「ありがとうございます!」


 馬車を降り、揃ってぺこりと頭を下げる。

 少しばかり荷解きを手伝って俺は村には立ち入らず早速薬草の採取に向かった。

 当然のように横に着いてくるサーリャさん。


「えーっと、サーリャさんも一緒に?」

「はい! もちろんです!」

「な、なるほど……」


 まぁ、薬草採取くらい一緒に行っても良いだろう。

 これが魔物討伐であれば、危険なので話は別だ。今回採る薬草は、そう珍しいものでもない。


「この辺りで、川はありますか?」

「ありますよ、向こうです!」


 サーリャさんが先導して、俺は彼女の後を追った。あの薬草は水辺に自生している。まずは川を見つけることが近道だ。

 ともすれば、土地勘のある彼女の同行は俺にとっても幸運なことだったのかも。


「ここです。ただ、ここは村のみんなも足を運んでいるので……もう少し奥にいかないと薬草はないかもしれません」

「なるほど」


 俺は周囲を見回してみるが、確かに薬草の姿は見えない。なら、川を遡って上流を目指すか。川沿いを歩いていれば、いつかは出会えるだろうし。


「そういえば、この辺りは底なし谷が走ってましたよね?」

「ええ、とは言っても上流の方で私たちは近づかないのですが……」

「行方不明の冒険者さんはもしかしてそこに落ちてしまったのか?」

「それはあんまり考えたくないですね……」


 なんて、一人ごちる。

 底なし谷というのは文字通り、底なしとも言われるぐらいに深い谷で、俺たちが暮らす国からその隣国の隣国にかけてまでジグザグに広がる(はた迷惑な)地形のことである。

 神話では過去に起きた神と大魔王の大戦争の傷跡とされているらしい。まぁ、俺は聖職者でも信者でもないので詳しくはないのだが。

 まぁ、そんなものなので、いくら腕利き冒険者といえでも落ちてしまえば一溜まりもない。


 とはいえ、村専属の冒険者ならば一帯の地形を熟知していて然るべきなので、何か重大なアクシデントがあったことに変わりはない。


 なんて思案しながら、川を上っていくこと十数分。ようやくお目当ての薬草を見つけることができた。


「あ! 薬草です! これって普通に採ってもいいんですか?」

「はい。この薬草は採取難度も低いので、簡単に採ることができますよ」


 ぷちっと、丁寧な手つきで根ごと引き抜いて見せる。それを見たサーリャさんも真似をしてみるが、茎が折れてしまった。


「……ちょっと難しいです」

「ははは。少し慣れが必要かもしれませんね」


 折れた茎も引っこ抜いてあげて、もう一本薬草を採取。

 これで三つ。指定数量を満たすことができた。


「そういえば、ガートさんは言葉を呟きながら薬草を採取していたような気がします。ピュロン、みたいな発音で」

「ああ、それはスキルですね」

「スキル?」

「はい。えーっと、これです」


 俺は懐から冒険者カードを見せた。これは特殊な金属で作られた冒険者が冒険者である証左となるものなのだが、スキルというのはこのカードと大変深い関係がある。


「冒険者カードですね。あ、Cランクなんですね」

「はい。スキルというのは、冒険者ギルドだけが独占している技術で扱うには本人の技量と冒険者カードへの登録が必要なんです」

「ふむ、ふむ?」

「ガートさんは、採取スキルピュロンを覚えていたのでスキル名を呟くだけで身体が自動的に薬草を採取してくれた、ということですね」


 冒険者カードが本人の声に合わせて、式を作動させて事前に本人が仕込んでいた動きを強制的に行わせる。というのがスキルだ。

 便利で、手間や修練を重ねれば誰でも技術や技を身につけられる反面――柔軟性に欠ける。まぁ、つまりその動きしかできないので、応用がほとんどできないのだ。

 

「凄いですね! じゃあ、クレイさんはどんなスキルを持っているんでしょうか!」

「あー……それは」


 俺はばつが悪くなって視線を逸らした。当然だ。実のところ俺はスキルを覚えていない。いや、覚えることが許されなかった。

 まぁ、これには色々と深い家庭の事情が――。

 と、言い訳を心の中で立て並べていると丁度、川の向こう岸その奥に谷が見えた。


「あれは底なし谷ですか?」

「え、あ、そうですね」

「なるほど――」


 と、上手いこと話題を逸らした刹那。

 谷から、何かが空へと舞い上がった。凄まじい速度で上空に姿を露わにしたのは、巨大な両翼を持つ異形。

 蝙蝠の羽を何倍もデカくしたそれに、獣の身体。山羊のような立派な角。様々な生物の特徴を混ぜこぜにしたような悍ましい獣。それが、青空に異物として存在していた。


「ひっ!」


 俺は急いで背負っていた大盾を構える。

 これは害獣ではない――魔物だ!

 ギロリと、魔物の目が俺たちを見下した。この威圧感……相当に強い。


「俺が時間を稼ぎます。サーリャさんはその間に逃げて!」


 俺はサーリャさんの前に立って大盾を地面につけるが……。


「ご、ごめんなさい。こ、腰が抜けて……動けません……!」


 完全に判断ミスだ。サーリャさんには村にいて貰った方がよかった。だが、ここで嘆いても仕方がない。

 敵の戦い方をまずは見るしかないか。

 あのナリで遠距離攻撃主体ではないだろう。なら、勝機はあるか?


「グギャアア!」


 羽を目一杯広げて、魔物は吼えた。

 そのまま、滑空。凄まじい速度で俺たちの元へ迫る。俺は盾を地面から離して、深呼吸。魔物が真っ直ぐ落ちてくるなら、先を読んで――攻撃を置く。

 俺は思いっきり盾を横振り。狙い通り魔物の頭部を捕らえ、盾が突き刺さったわけだが……!


 真っ黒な血が噴き出したかと思えば、裂かれた肉は凄まじい速度で回復していき盾を絡め取る。これが魔物の厄介なところだ。魔物は凄まじい生命力を有しており、ちょっとやそっとの外傷はすぐに回復してしまう。

 盾を叩きつけることで魔物の突撃を相殺することはできた。しかし魔物は強靱な足腰で地面を踏み締めている。つまり、吹き飛ばすことはできなかった。


 俺たちを包み込むように、丸太のように太い二つの腕が左右に広がった。


「し、死んじゃう!」

 

 後一手で俺たちはまとめて捻り潰されてしまうが――。それで十分!


 俺は盾から手を離して、両の掌を魔物の上半身へと向ける。


大爆裂テルモーン!」


 正真正銘、ありったけの魔力を込めて発動するのは俺が唯一使える魔法。

 凄まじい熱量を放出する炎系の中でも最上位クラス。俺の手から放たれた火炎は、魔物の身体を包み、そのまま灼き切った。


「え――」


 跡形もなくなった魔物を見て、サーリャさんはぽつんと、困惑の声をあげた。

 ふぅ。

 強烈な魔力放出によって立ち眩みをしてしまう俺、盾を地面につけて支えにする。


「大丈夫ですか? サーリャさん」

「今のが、Cランクの冒険者さんの……魔法、なんですか?」

「ま、まぁ、ボクはちょっと特殊なので……」


 なんて返事をして、俺は取り敢えず座り込んだ。



「で、魔物がバーンって降りてきたと思ったらクレイさんが盾を薙いだんです! それでも魔物は倒れず、もう死んだと思ったら……クレイさんが凄い魔法を使って、その魔物を倒しちゃったんです!」

「おぉ……」


 その日の夜。興奮気味に話すサーリャさんと、それを真剣な表情をして聞く村人たち。村にサーリャさんを送り返した時、サーリャさんが今日はぜひ泊っていって欲しいと言われたので、そのお言葉に甘えたのだが。


 まさか、村をあげての宴会に巻き込まれるとは。


「お若いのに凄いですなぁ」


 髭を生やした村長さんがしきりに頷いていた。

 まぁ、こうして褒められるのは悪い気がしない。凄く恥ずかしいけど……。


 それと、俺がこの村に留まったのはもう一つ気になることがあったから。

 あの魔物は明らかに異物だった。


「済みません、村の皆さんも村の近辺で凶悪な魔物を見たことはないですよね?」

「はい。儂も長く村におりますが……そのような魔物は」

「ですよね……」


 明らかにあの魔物は谷を根城にしていたように見えた。

 だとすれば、どうして今まで姿を見せなかったのだろうか。分からないけど、嫌な胸騒ぎを感じる。少しだけ、あの底なし谷について明日調べてみよう。



◆クレイ、本日の残り魔法発動回数 二回◆

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