第2話 満月の夜 歯車

 突然僕が入ってきた重い扉が再び音を立てて開いた。


「陽菜ちゃん?またここにいるの?」


 扉の向こうに看護師さんが立っている。


「「あっ……」」


 僕と彼女は声を漏らした。


「あなたは?患者さん?じゃないし……お見舞いの方でもないですよね?もしかして不審者?!」


 看護師さんはなにかの構えを取って扉の前に立ちふさがる。


「陽菜ちゃん!早くこっちに来て!」


 看護師さんは彼女の名前を呼び手招きする。


「その子に近づかないで!」


 看護師さんは病院中の人が起きてしまうのではないかという声量で僕を威嚇する。


 僕はただこの病院の屋上から景色を見たかっただけだが、看護師さんから見たら僕はただの不法侵入者だ。


 この対応が正解。


 僕は一瞬、言い訳を考えようとしたがすぐに諦めた。


 この状況はどうにもできない。


 ポツポツと部屋の明かりが灯る気配がする。


 あれだけの大声、聞こえていないほうがおかしい。


「そ、そうだ警察を呼ばないと」


 看護師さんは思い出したかのように携帯を取り出す。


「ま、まって!山川さん!この子私の友達!今日初めて来てくれたの」


 彼女は看護師さんが電話を掛ける寸前で制止した。


「陽菜ちゃんの友達?ほんとに?」


 看護師さんは不審そうな視線を僕に向けた。


 僕は彼女に目を向けると口パクで


「合わせて」


 と言っていたので看護師さんに視線を戻し、うんうんと首を縦に振った。


「なんだ〜。それならそうと早く言ってよ〜。勘違いして陽菜ちゃんの友達を通報しちゃうところだった」


 看護師さんは先程の態度から一変して軽い口調になった。


「ごめんね〜勘違いしちゃって。てっきり怪しい人かと思っちゃった。でも君、受付通ってないよね?どうやって入ってきたの?」


 看護師さんが向ける疑念の目に僕は視線をそらした。


「えっと……それは……」


 僕が口籠っていると彼女が口を開いた。


「山川さん。またあそこの玄関開いてたみたいだよ。そこから入れるかもって私が言ったんだ」


「え?また?!もう……先生不用心すぎよね……」


 また、ということは今日鍵が開いていたのは偶然では無かったみたいだ。


 看護師さんは頭を抱えている。


「こんな田舎の病院に用がある人なんていないと思うけど、勝手に入られちゃうのは困っちゃうのよね」


 彼女はその言葉を聞いてあははと軽く笑っていた。


 僕は看護師さんに軽く頭を下げた。


「まぁいいわ。次来るときはちゃんと受付通ってね。陽菜ちゃんだけはこの時間にお見舞い来ても入れてあげるから。じゃあ私は鍵閉めてくるから」


 看護師さんはそう言って僕たちに背を向け歩いていった。


「あ〜びっくりした。いっつも来てくれるの忘れてた」


 彼女は看護師さんがいなくなってからへたり込んだ。


 僕も安心したのか足の力が抜けた。


「ありがとう……助かったよ」


 僕は彼女にチラリと視線を向けてお礼を言った。


「ううん。いいの、山川さん以外と話したのは久しぶりで楽しかったから」


 首を横に振り笑顔を浮かべる彼女に僕はまた見惚れてしまった。


「そうだ!これで一つ君に貸しが出来たね」


 彼女は無邪気な笑顔をまた僕に向けてきた。


「えっ……貸しって……」


 彼女に見惚れていた僕は反応が少し遅れた。


「そう!貸し。だからさ私のお願いも一つだけ聞いてくれる?」


 彼女にそう言われた僕は少しだけ考えた。だけど断る理由が見つからない。


 何をお願いされるのか僕は恐る恐る彼女のお願いを聞く。


「いいけど犯罪とかは……」


「ふふっそんなことは言わないよ。ただ一ヶ月……一ヶ月だけ私の友だちになって欲しいだけ。毎日お見舞いに来てくれるだけでいいの」


 彼女は立ち上がり髪の毛を掻き上げる。


 髪に触れる指先の間から見える瞳は少しだけ哀しげに見えた。


「お見舞いって……平日に来ようと思ったら夜になっちゃうしになっちゃうよ。それに毎日って……」


「お願い。一ヶ月だけでいいの。それ以降は何もしなくていいの。一ヶ月たてばこの病気も終わるから……お願い」


 彼女は僕の言葉を遮って俯く。


「分かったよ。一ヶ月だけね」


 彼女が放つ言葉に妙な重みを感じ、僕は了承した。


「ありがとう。それと来てくれるのは夜でいいの。むしろ太陽が出てる間は来ないでほしい。ごめんね注文が多くって」


 彼女が見せる表情の全てが僕を引き寄せる。


「いや、いいよ別に。一ヶ月だけって期間が決まってるからそれぐらいは苦にならないし」


 僕は自分の感情を悟られないように視線をそらす。


「ありがとう。じゃあこれからよろしくね。期間限定のわたしのお友だち」


「うん。よろしくね」


 冬の夜風に当てられ、冷めきった右手を彼女に差し出す。


 握り返す彼女の手もまた氷のように冷たかった。


 僕が気まぐれに選んだ選択肢は偶然か必然かわからないまま、僕と彼女の運命の歯車を噛み合わせる。

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