月の夜空に浮かぶ君
神木駿
第1話 満月の夜 輝く瞳
満月の淡い光に照らされて、美しく輝く君の瞳は僕を恋に落とした。
高校二年の冬、僕は進路のことについて親と喧嘩して暗い夜空の元を駆け抜けた。
もうどこか遠くへ行ってしまいたい。
そんな思いで夜の闇を走り抜ける。
どれくらい走ったか分からない僕は息を切らし立ち止まる。
顔を上げあたりを見まわした。
病院が見える。目の前の坂を登ってすぐのところにある月瀬病院。
ここまで来たってことは家からだいぶ走ったみたいだ。
僕はそのまま病院に向かって坂を登る。
さすがに走って登る体力は残ってなかったからゆっくりと歩いていった。
登るに連れて街灯が少なくなっていき、辺りは闇に包まれていく。
僕は満月の光に照らされ、かすかに白く光る病院へと向かう。
このときなんで僕は病院へと向かったのか自分でも分からなかった。
健康的な体で病院とは無縁の生活を送っていた僕の一種の憧れのようなものだったのか。
はたまた自分自身の気まぐれか……
それとも神が決めた運命ってやつだったのか。
僕は明かりのついていない入り口に近づき、中の様子を伺う。
施設自体は大きいが町の過疎化が進み、今では使っていない部屋の方が多いと聞いていた。
僕は罪悪感を抱きながらも屋上へ行くためのルートを探した。
以前ここに入院した友達から景色が最高だと聞いていた。
せっかくここまで来たんだからその景色を見てやろうと、変なテンションになっていた。
鍵の閉まっていない扉を見つけ、静かに病院の中に入る。
非常灯だけが照らす廊下を足音を消しながら歩く。
しばらく歩いていると僕のものとは違う足音が、曲がり角の先から聞こえてくる。
僕は近くにあった屋内消火栓の陰に隠れ、息を潜める。
コツコツと足音が近づいてくる。
その音と比例して、僕の心臓の音も大きくなっていく。
鳴り止まない心臓の音に、若干の高揚感を抱いた。
見つかってはいけないという背徳感が僕の気分を高揚させる。
僕は足音が遠ざかるのを待ち、屋上へと向かった。
屋上の扉は分厚く、重苦しい雰囲気が漂っている。
僕はその扉のノブに手をかけ、ゆっくりと回す。
鍵はかかっていないようだ。
ギィィィと鈍い音を立てながらゆっくりとその重い扉を開く。
開いた先に人影が見えた。その子は目を瞑り、夜空を仰いでいる。
満月の光が降り注ぎ、スポットライトのようにその子を照らす。
まるでその子が主演の舞台を見ているようだ。
僕はあまりの美しさに息をのみ、その子に見とれていた。
時間にしておよそ一分ほどだろうか。
でも僕にとっては一時間、いやもっと時間がたっているように思えた。
僕の視線に気づいたのか彼女はおもむろに目を開く。
月の光が反射したその瞳は僕のすべてを引き寄せる。
彼女は僕に顔を向け優しく微笑んだ。
その柔らかな笑みは、暗い夜空に光る満月のようにまぶしかった。
木の葉がこすれあう音の中に彼女の声が混ざる。
「だれ?」
その声は今にも消えかかりそうな声だったが、どこか強さがあるようにも感じた。
「えっと……」
「こんな時間に屋上にいると看護師さんに怒られちゃうよ」
彼女は僕が質問に答える前に言葉を続けた。
「君こそこんな時間に外に出たら怒られちゃうんじゃないの?」
僕は彼女に同じ言葉を返した。
彼女は屋上のへりまで行き、手すりを掴んだ。
「ん?私はね平気なんだ。むしろこの時間じゃないとだめなんだよ」
言っていることが分からない。
この時間じゃないとダメ?こんな寒い夜に病人が出歩いていいわけがない。
「どういうこと?」
僕は背を向ける彼女に少しだけ近づき、言葉をつないだ。
「聞いたことあるかな?私ね……満月病なの」
彼女は僕の方に向き直り、街の夜景をバックにそう言った。
風が吹き木の葉がこすれる音が大きくなる。
下から吹き上げられた風で、彼女の髪がふわりと揺らぐ。
「満月病?」
月が関わる病気?そんなものはないとは言い切れないが、少なくとも僕は聞いたことが無い。
「ふふっ……聞いたことないよね。お医者さんも特殊な病気って言ってたから」
彼女は視線を逸らし先程とは違う笑みを浮かべる。
「ねぇ、それより君はなんでここにいるの?ここの患者さん?じゃないよねだって見たことないし」
彼女は視線を戻し、僕に聞いてきた。
「えっと僕は……」
なんて言い訳をしようか考えた。
ここの患者じゃないことはばれてるみたいだし、病院の職員だって言っても信じてもらえないだろうし。
「正直に言っても大丈夫だよ。私、秘密は絶対守るから」
彼女は僕に笑顔を向ける。
僕は嘘を言ってもしょうがないと観念した。
「実は親とけんかしてね。プチ家出みたいな感じ。家を飛び出して夢中で走ってたらここにきて、屋上からの景色を見てどうしようかって考えようとしてたんだ。そしたら君がいた」
僕は正直に話した。
いや、少し違うかもしれないがおおむね一緒だから別にいい。
「そっか。家はどのへんなの?そのへん?」
彼女は病院の近くを指さした。
「いや、違うよ。もっと向こうの方」
僕は彼女が指を指したところよりもだいぶ遠くを指さした。
「えぇ?あんなところからここまで走ってきたの?すごいね!」
彼女は尊敬のまなざしで僕を見る。
「そんなことないよ」
僕は顔を逸らして海の方を見る。
月明かりが反射して水面がキラキラと輝いている。
「あ~照れてる~」
彼女はいたずらをする子供のように無邪気な表情を浮かべる。
「照れてなんか……」
僕の言葉は夜の暗闇が作り出す静寂の中に溶けていく。
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