第3話 十六夜月 普通の日
僕はあの後家に戻った。時間は早朝の四時。
まだ夜が明ける様子もなく、辺りを月が照らしていた。
家の鍵を開けて玄関をくぐる。
自分の部屋に戻る途中に両親の部屋もあるのだが、両親は僕のことを心配する様子もなくぐっすりと寝ていた。
放任主義のくせに自分たちの思い通りにならないと口を出してくる。
それが僕は気に食わない。
複雑な感情を胸にいだきながら僕は自分の部屋に戻る。
学校に行くまでの間少し寝ようと七時にスマホのアラームをかける。
僕はベッドに横たわり、そのまま目を閉じて眠りについた。
ガチャ……
玄関の扉が開く音で目を覚ました。母さんが仕事に行ったのだろう。
僕はスマホの画面を付け時間を見る。
六時五十九分、アラームがなる一分前。
僕は重い瞼をこすりながら体を起こした。
冬の朝は寒くてすぐにベッドからは出られない。
掛け布団を頭から被り、目をパチパチさせているとスマホのアラームが鳴った。
僕は覚悟を決めてベッドから足を降ろし、机の上にあるスマホのアラームを止めた。
「うぅ……ねっむ……しかもさっむい」
僕は掛け布団をベッドに戻し、洗面所に向かった。
蛇口をひねり水を出す。
「つめた!またやっちゃったよ」
冬は水からお湯に変わるまで、時間がかかるのをたまに忘れてしまう。
でもそれのおかげで少しだけ眠気が覚めた。
水が温まるのを少し待ち、顔を洗った。
「ふぅ」
顔を洗ったことで眠気が覚めた僕はタオルで拭いてから、リビングに向かった。
両親は共働きで、昔から一緒にご飯を食べることは少なかった。
今日も二人はもう家を出ている。
僕は食パンにチョコを乗せ、そのまま食べた。
昨日の夜のことについて何も言われていない。
後からなにか言われる可能性はあったが今はこれでいい。
僕は制服に着替え、リュックの中に今日使う教科書などを入れた。
「まだ平気か……」
ソファーの上に荷物を投げ、僕も体を沈めた。
口をぽかんと開け、天井を眺める。
「満月病……ちょっと調べてみようかな」
彼女が言った病名は、僕の頭の片隅に鮮明に残っていた。
僕はそのままボーッと座り続けた。
「ヤッベ、もうそろそろ行かなきゃ!」
いつの間にか時間が進んでいた。
僕は玄関の鍵を閉め、自転車に乗って学校に向かった。
冬の風は冷たかったが自転車を漕いでいるせいで体は暑かった。
田舎の山道、夏になると暑い上に虫が多くて大変だ。
でも冬は寒いだけだからまだましだ。
学校の駐輪場はいつもギッチリ詰まっていて、隙間を見つけるのが大変なんだ。
一応定位置のようなものはあるが、いつもどおりの時間に来ないと、その定位置は簡単に取られてしまう。
今日は少し家でゆっくりしすぎた。
いつも置いている場所が空いていない。
仕方なく奥の方に行って隙間を探した。
「おっ……あそこ開いてる」
クラスの駐輪場の端っこに少しだけ隙間があった。
一台ならギリギリ入るかもしれない。
僕は自転車から降りてそこに置いた。
「あー!冬夜!そこ俺の場所なんだよ。なんでお前が置いてんの?いっつも入口の方に置いてんのに」
ロードバイクを押す咲真が後ろに立っていた。
「入口の方は僕が来たときにはもう埋まってたんだ。奥の方まで入ってきたらここが空いてたから入れちゃった」
僕はごめんと手を合わせた。
「いや、まぁ早いもんがちだからしょうがないけど……こっから入れる場所探すのかよ。めんどくせぇなぁ」
咲真は自転車のハンドルを握りながらあたりを見回した。
「この時間だとあいてる場所少ねえんだよな……」
「咲真、ここじゃだめなの?」
僕はコンクリートの舗装が終わり、地面がむき出しになっているところを指さした。
「あぁーそこあんまし置きたくねぇんだよな。この前そこに置いたら帰るとき雨でびしょびしょになって酷い目にあったんだよ」
咲真は露骨に嫌な顔をした。
そういえば自転車が汚れて大変だったって、前に言っていたことがあったような。
「でも今日はずっと晴れの予報っぽいし大丈夫じゃないかな」
僕はスマホのアプリで、今日の天気予報を咲真に見せた。
「あーそれならいっか。信じてるぜ天気予報アプリさん!」
咲真は画面に向かって手を合わせた。
このアプリに願っても仕方ないのだが、それは言わないお約束だ。
「さて、じゃ冬夜行こうぜ」
咲真は僕の前を歩き出した。
咲真はいわゆる幼なじみってやつで、昔から僕の前を歩いていた。
性格は僕と全然違うが、不思議と馬が合った。
「咲真、満月病って知ってるか?」
僕の口からその言葉は唐突に出てきた。
「なにそれ?新種の病気?」
咲真は振り向き首を傾げる。
「新種って……まぁ知らないならいいや」
咲真に聞いても知ってるはずないのに、なんで聞いたんだろう。
「なんだよ、突然聞いてきて……なんかあったんか?」
不服そうな顔をした咲真は僕の顔を覗き込む。
「いや、なんでもないよ」
僕は何かを振り払うように首を横に振る。
「そっか、なんかあったら言えよ」
素っ気ないようだが咲真なりの気遣いだ。
こういう時に変に突っ込んで来ないところは、咲真の良いところだ。
僕と咲真は教室に入る。暖房のついていない教室は凍えるほど寒い。
教室にいるみんなも厚着して寒さをしのいでいる。
自分の席に座ってリュックの中から教科書を取り出す。
「おはよう!冬夜くん。今日は来るの遅かったね」
隣の席の夏菜さんが挨拶してくれた。
夏菜さんはショートカットのきれいな髪をした、クラスのマドンナ的な存在だ。
隣の席になることが多くて結構話しかけてくれる。
「夏菜さんおはよう。昨日夜ふかししちゃってね」
ありきたりな言葉で返す僕に、夏菜さんはそっかと笑顔を向ける。
ガラガラと教室のドアが開き、先生が入ってくる。
「おはよ〜HR始めるぞーってさっむいなこの教室!なんで暖房ついてないの?」
先生は教室に入るなり体を震わせて声を上げた。
「ちょ……マジでなんで?!」
「せんせーこの教室暖房壊れてるんですよ」
クラスの誰かが口を開く。
「えっ!マジで?!こんなクソ寒いのに暖房壊れてるって。みんなそのまま厚着してていいからな。風邪ひかないようにしろよ。俺も上着取ってくる。HRこれで終わりな」
先生は急いで上着を職員室に取りにいった。
「ふふっ、先生ってば慌ただしいね」
夏菜さんは先生の様子を見ておしとやかに笑っている。
クラスのみんなからも笑いが溢れていた。
僕らの担任は若くて歳が近いこともあって生徒から大人気の先生だ。
僕もこの先生は嫌いじゃない。
それからは普通の日と変わらなかった。
普通に授業を受けて普通に昼飯を食べて、普通に部活をやって普通に家に帰った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます