第23話 理想郷=ネビュラスシティ
「相棒っ!相棒っ!相ぼーう!……うぅ、俺のせいで相棒が死んじまった。……魔力消費も最大限抑えられるよう、低燃費で威力のある最効率の魔法を使ったのに、ダメだった。くそー。」
ここはネビュラスのいる精神世界。
ふざけた格好をしたぬいぐるみのような生き物が地面に両手をついて、項垂れている。
「くそー!体が魔力に耐えられないなんて、予想できるかー!相棒の軟弱者ー!……だからもっと体を鍛えておけって言ったのに。……相棒のバカヤロー!おたんこなすー!んーと、ちんちくりーん!」
「誰がちんちくりんだ!」
「えっ!」
ネビュラスが振り向くとそこには、見知らぬ男が立っていた。
「あの〜、どちら様ですか?……勝手に入ってこられると困るんですけど。……警察呼んでいいですか?」
「うぉい!俺だよ!俺!……ハルカだよ!」
見知らぬ男は、自分のことをネビュラスの相棒ことハルカだと名乗った。
「いやいやいやいやいや、うちの相棒は、ちんちくりんガールですぜ。おたくのような、変な格好をした如何わしい男ではない。」
ネビュラスは男に対して指をビシッと向けて言い放った。
その男の格好はピシッとしまっているように見えるが、見慣れない格好のため、ネビュラスから見ると変な格好だった。
「ん?変な格好?男?……うおお!昔着てたスーツ!……ってことは今の俺は男で、里中遥になっているのか?」
新世界で過ごした時間は、まだ一ヵ月しか経っていなかったが、経験する事全てが新しく、濃密な時間を過ごしていたため、前世の事を遥か昔のように感じていた。
そして、久しぶりに男の体に戻った感触を確かめていた。
――おお、やっぱり男の体は筋肉質で硬いんだな~。ほうほう。
「……あの~。お一人で何やら感動されているようですけど、それ済んだら出ていってもらえます?ちょっと今、誰かに構っている余裕無いんで。」
「ああ、これはすみません。出口はこっちですかね?じゃあ、失礼しました。…………じゃねーよ!だから、ハルカだって言ってんだろうが!ネビュラス!お前こそふざけていないで、俺の話を聞けよ!」
ネビュラスにノリツッコミをかますと、ネビュラスがフリーズする。
「……。……。……ええ!相棒!?いや、そんな。いや、まさか。いや、だって今、ネビュラスって呼んだし。いや、でもたまたま名前を当てただけかもしれないし。……ええー。うそー。全然ちんちくりんじゃないじゃん。ええー。」
ぬいぐるみがこちらをチラチラと見ながら、葛藤するかのように、忙しなく動いている。
「……。……相棒、いつの間に性転換したの?……相棒が悩んでいるのは知ってたけど、相談してくれたって良かったんじゃないかな。いや、でも否定している訳じゃないよ。それは個性だし、全然ありだと思うけど、いつも一緒にいた俺には、」
「うるせー!!」
「あべしっ!」
ネビュラスの言葉を遮るように、平手打ちをかます。
ぬいぐるみは放物線を描くように飛んでいった。
――あいつがいつまでもグダグダと御託を並べていたから、ついカッとなって手が出てしまった。後悔をしていないと言ったら嘘になるけど、とてもスッキリした。だって、それまでに散々酷いことを言われてるからね。
「くっ、この一撃は。相棒。お前しかいないな。……お帰り、相棒。」
吹き飛ばされたネビュラスが痛がる素振りを見せながら、演技をするかのように立ち上がった。
「ああ。途中から気付いてたんだろ。明らかにノリがおかしかったからな。」
「ばれてたかー。さすが相棒だな。」
「まったく。お前はどこからそんな知識を手に入れたんだか。」
素朴な疑問をぶつけるとネビュラスの目がキランと光る。
「ふっふっふ。これを見よ。」
ネビュラスが指した方を見ると、そこには大きな本棚が並んでいた。
本棚には漫画やラノベ、ゲームソフトが所狭しと並んでいた。
「お、お前。これをどこで?」
「お客さん。そこから先は、別料金ですぜ。」
ネビュラスがウキウキとした顔で返答してきた。
「いや、これ、俺が持ってたやつ!」
俺が抗議の声をあげると、ネビュラスがさらに畳み掛けてきた。
「ちっちっち。驚くのはまだ早い!これを見よ!」
バーン! 大型液晶テレビ!
バーン! 最新ゲーム機!
バーン! 冷蔵庫、電子レンジ!
バーン! ……!……! バーン! ……!……! …………………………。
「な、なんなんだここは!」
そこには、ありとあらゆる便利家電や生活雑貨があった。
「ふっふっふ。ここは理想郷。またの名をネビュラスシティという。」
ネビュラスが最先端グッズを背景に、街を支配したマフィアのボスのように両手を広げてポーズを決める。
「いや、ふざけんな!ただの自堕落なやつの生活スペースじゃねえか!」
ここにある物は、実際に持っていたものや、広告やテレビで知っているものだった。
――俺の意識が関係しているのか?
「そんな言い方しないでくれよ。ここにあるものを、相棒に見せたかっただけじゃないか。……誰かがここに来てくれることなんて無かったから、つい嬉しくなっちゃったんだよ。」
ネビュラスがふざけるのを止めて、本音を吐露した。
「すまない。お前の気持ちも考えずに、言い過ぎてしまった。」
――最先端グッズに囲まれているからといって、幸せなわけじゃないよな。ずっとここで一人ぼっちは、さすがに寂しいだろうな。
「わかってくれたなら許そう。……。……で、さっきから気になってたんだけど、なんで相棒がここにいるんだい?」
ネビュラスがようやく事の本題について話し始めた。
「いや、俺にもさっぱりわからん。……超巨大隕石を破壊した後、体が動かなくなって、意識が段々と薄れていったら、ここにいた。それで、目の前にいたおかしなぬいぐるみが、俺の悪口を言い始めたから、声を掛けた。って感じか。」
状況を整理しながら、何かおかしなところが無かったか、再度思い返す。
「……相棒。……一つ気になったところがある。」
「なんだ?」
ネビュラスが何かに気付いたようなので、ネビュラスの声に耳を傾ける。
「意識が段々と薄れていった後、ここにいた。……問題はその後だ。……目の前にいたのはおかしなぬいぐるみじゃねぇ、とってもクールで最高にイケてる賢者だ。……それ以外におかしなところは無いな。」
「……。要するにお前もわからないってことか。」
ネビュラスの答えを聞き流しながら、どうしたもんかと途方に暮れる。
――話し相手がいるのは、不幸中の幸いだったな。
「まあ、ゆっくりしていけよ。わかんないものは、わかんないだし。そうだ!ビールでも飲むか?せっかくこうして会えたんだ。乾杯といこうぜ!」
ネビュラスが冷蔵庫からビールを取り出す。
《主様っ!主様っ!主様っ!》
《ギュルア!ギュルア!ギュルアー!》
突然、カナタとガルアの声がどこからともなく聞こえてきた。
「カナタ!ガルア!おーい、ここだ。聞こえるか?」
返事を返すも、どうやら向こうには聞こえていないようで、応答は無かった。
「ん?」
体に違和感を感じ、自分の体を見ると、ほんのり光り始めていた。
――なんだか不思議な感覚だ。ふわふわと自分の体が消えていくようで、温かいような。
「相棒。」
ネビュラスがビールを両手に持ったまま話しかけてきた。
「どうやらお別れの時間が来てしまったようだな。」
「いや、そんな、待ってくれよ!まだ乾杯していないだろ!それに相棒に見せたいものもまだまだ沢山あるんだ!」
ネビュラスが引き留めようと駄々をこねるように言ってくる。
「ネビュラス。……それは外の世界でやろう。いつかお前が自分の体を取り戻した時。その時に乾杯しよう。……そのためにも、俺は行かなくちゃいけないんだ。……じゃあな、ネビュラス。楽しかったよ。」
ネビュラスが俺の言葉を聞くと、心境の変化があったのか、顔つきが変わった。
「……。相棒。……そうだな。こんなちっせーところじゃない、でっかい空が広がるところで盛大にな!……ありがとな、相棒!……いつかまた会う日まで。じゃあな!」
スーツを着た男の姿が光の粒子になって消えていった。
――相棒。……勢いで、そのノリに乗っかったけど、相棒は元の世界に戻っただけだよな。……こんな会話をしたら、次に話しかける時、気まずいんだけど、そこのところ考えてくれてるのかな?……考えてるわけないよな。はぁ、なんて話しかけよう。
置いてきぼりにされたぬいぐるみは、浅はかな行動をとってしまった事を後悔しながら、思考を重ねるのであった。
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