第22話 魔王の思惑
『きゅるあぁぁぁぁぁ!』
「む!……こっちか。」
ダマ魔王は負傷者が大勢いる宮殿の地下空間から出て、目的地へと足を向ける。
「陛下。どちらへ?」
「ハイカインか。……ちょうど良い。カナタだったか、あの娘を中庭に連れてきてくれ。」
ダマ魔王は用件を手短に伝えると足早にその場を後にして、中庭へと向かった。
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宮殿にある中庭は、ダマブアに存在する水源、サルターヌ湖に面している。
サルターヌ湖は魔人族領三大絶景スポットとして有名なのだが、ダマブア宮殿の中庭は魔人族随一の庭師アンナカンナマンナが、その手腕を奮っているため、湖の絶景も相まって世界三大庭園と呼ばれていた。
しかし、大昔から世界にその名を轟かす程の庭園も、魔物被害が深刻になってからは手入れが行き届かなくなり、今では、かつての面影が僅かに残っているのみである。
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「ああ、これは陛下。こんな時にどうされましたかな?」
豊かな髭を蓄え、腰の曲がった魔人族の男が、しゃがれた声で話しかけてきた。
「アンナカンナマンナ、少し邪魔するぞ。」
ダマ魔王は、アンナカンナマンナの横を通り、中庭へと足を踏み入れる。
「陛下、中庭は危険です。空から岩や石が降ってきております。……まったくどこの馬の骨だ!わしの管理する中庭にあんなもん降らせているのは!見つけたらぶち殺してやるわ!」
アンナカンナマンナの言う通り、空から大量の岩や石礫が降ってきていた。
ダマ魔王は怒るアンナカンナマンナを無視し、空を見上げ、目を凝らす。
「ふむ、あそこか。」
ダマ魔王は何かを見つけると、中庭から跳躍し、落下してきている岩を足場にしながら、空を駆け上がっていく。
「へ、陛下。」
アンナカンナマンナはダマ魔王の突然の行動に驚き、ダマ魔王が岩から岩へと飛び移っていくのを呆然と見ていた。
スタンッ
少しして、ダマ魔王が空から戻ってきた。
「くっ、暴れるな。」
きゅるあ! きゅるあ! きゅるあ!
ダマ魔王は腕に子竜を抱えていた。
「陛下、何ですかな?その小さな生き物は?」
「確か、ガルオだったか。今、ダマブアの上空で戦っている者が連れている竜だ。」
「なんと!この岩を降らせている張本人ですか!犯人自ら現れるとはいい度胸だ!このアンナカンナマンナが懲らしめてやるわ!」
アンナカンナマンナが怒りを顕にして、ガルアに詰め寄る。
「いや、待て!アンナカンナマンナ!」
ダマ魔王が誤解を解こうと、アンナカンナマンナからガルアを遠ざける。
「ガルアちゃん!」
きゅるあ!
ダマ魔王とアンナカンナマンナがガルアをめぐる攻防をしていると、カナタが中庭へとやって来て、ガルアの元へ駆け寄る。
ガルアもカナタの姿を見つけると、ダマ魔王の腕から跳び降りて、荒れた中庭を走り、カナタの胸に飛び込んだ。
「ガルアちゃん。……こんなにボロボロになって。……。」
きゅるあ! きゅるあ! きゅるあ!
カナタはガルアの傷だらけの体を見て、涙を流す。
「グスンっ。……感動的ぢゃのう。」
いつの間にか中庭に来ていたメル婆が感動の再会を見て、もらい泣きをする。
「ハイカイン。……メル婆は呼んでないぞ。」
ダマ魔王がハイカイン隊長に、苦言を告げる。
ハイカイン隊長が苦笑いをするが、メル婆がハイカイン隊長の前に立ち、ダマ魔王に言い返し始めた。
「おぬすは、魔王の癖にこそこそとすよって。わすを仲間外れにすようたって、そうはいかないぞい。」
きゅるあ! きゅるあ! きゅるあ!
「ほれ、ちびちゃんもわすに会えて喜んでおるわ。」
「……。(――メル婆が来ると事態がややこしくなるから呼ばなかったのだがな。)」
ダマ魔王はダマブアの中でもとりわけ個性の強いメル婆とアンナカンナマンナを会わせたくなかった。
「おお、よすよす。腹でも減っておるのかのぅ。」
きゅるあ! きゅるあ! きゅるあ!
カナタの腕の中でもガルアは、きゅるあ!と繰り返し、落ち着きを見せていなかった。
「ガルアちゃん。どうしたのかしら。いつもならもっとおとなしいのに。」
カナタがガルアの様子を不思議に思っていると、ダマ魔王が口を開いた。
「ふむ、……お前達になら話しても良いか。我輩の力に関してなの……」
「わしの庭園で勝手なことをするな!」
遂に堪忍袋の緒が切れたアンナカンナマンナがぶちギレた。
「お?アン爺、おぬすもここにおったんか。」
「アン爺と呼ぶな!アンナカンナマンナと呼べ!」
アン爺と呼ばれたアンナカンナマンナがさらに激昂し、広い額に浮かび上がった血管は今にもはち切れんばかりに太くなっていた。
「アンナカンナマンナ。非常事態だ。今はお前の相手をしている時間は無い。……ハイカイン、アンナカンナマンナを地下に避難させろ。」
「へ、陛下。そんな。」
ダマ魔王がアンナカンナマンナを冷たくあしらうと、肩を落としたアンナカンナマンナはハイカイン隊長と共に中庭を出ていった。
「……。それで、話の続きだが、……我輩は耳が良くてな。ある程度離れていても、会話内容や付近の様子を聞くことができる。」
「地獄耳の剛剣魔王と呼ばれておったのぢゃよ。その耳は精霊や魂の声も聞くことができると言われておったのぅ。」
ダマ魔王が自身の力について話すと、メル婆が自分の事を自慢するかのように補足した。
「そうなんですか。……ええと、それで。」
「ふむ。これまでの事も含めいろいろあるが、今はこれからの事について話をするか。……今、上空でお前達の主達が巨大な隕石を破壊しようと無茶な攻撃を繰り返している。」
「えっ!主様は大丈夫なのですか!?」
ダマ魔王からハルカが無茶な戦いをしている事を聞いたカナタがダマ魔王に問いかける。
「……。どうやら捨て身で挑んでいるようだ。」
「じゃあ、助けに行かないと!ガルアちゃん!もう一度大きくなれる?」
がう!
カナタがハルカを助けに行こうと行動を起こし、ガルアは首を縦に振り、大きな竜になるために構える。
「待て!今ではない!……今行っても、あいつの邪魔になるだけだ。」
「じゃあ、どうしたら!」
ダマ魔王の言葉にカナタは泣きそうな顔をして、空を見上げる。
「ふむ、カナタ様。ダー坊は今ぢゃないと、言っておったよ。何か策があるんぢゃろう。一緒に聞いてやってくれるかのぅ。」
メル婆が優しい声でカナタに言った。
「……。お前達の主達は、全魔力を使って、あの巨大隕石を破壊するつもりだ。だが、あの大きさだ。壊した後もまだ大きい。そのため、そこの……ガルアを下に送り、隕石の後処理をさせるつもりだったようだ。」
「なるほど、それでガルアちゃんだけ、ここにいるのですね。」
きゅるあ!
ガルアは現状が伝わったのを見て、肯定の意思表示をした。
「ああ。……だが、それだとお前達の主は助からないかもしれない。」
助からないかもしれないと言われ、カナタは何かを言いそうになったが、言葉を飲み込み、ダマ魔王の次の言葉を待つ。
「そこでだ。お前達は、あいつを助けに行け。……。(――ダマブアのために命をかけるのは、我輩であるべきなのだがな。)だが、それはまだだ。隕石が壊れるタイミングを見計らう必要がある。」
「隕石が壊れそうになったら、ダー坊が教えてくれるぢゃろう。全く便利な耳ぢゃのう。」
ダマ魔王の話を聞いたカナタは、ハルカを助けに行けることがわかって、一安心したが、この作戦には重大な欠陥があることに気付いた。
「……主様を助けに行けるのは嬉しいですが、それだと隕石の後処理は誰がやるのでしょうか?」
ダマ魔王は当然の疑問だなと思った後、口を開いた。
「ふっ。案ずるな。我輩を誰だと思っている。地獄耳の剛剣魔王、ダマ・ゴボーロンであるぞ!あのような岩のかけら、我が剣の一振りで、滅してくれようぞ!」
ダマ魔王の溢れんばかりの気迫にカナタは息を呑む。
「ダー坊。無茶はするでないぞ。」
「わかっている。」
上空からは、引き続き隕石の破片が落下してきている。
カナタ達は空を見上げるが、見えるのは、巨大な岩の塊と真っ黒な空だけ。
自分達の主は、今もあの隕石と戦っているのだろうが、その姿はあまりにも小さくて見えない。
それは砂漠で一粒の砂粒を見つけるようなものだった。
「主様……。」
主の姿を探しながら、主の無事を祈る。
きゅるあ!
「む!音が変わった!そろそろだ!」
ダマ魔王がタイミングを告げる。
「ガルアちゃん!」
ギュルアー!
カナタは大きくなったガルアの背に跨り、ハルカの元へ向かうため、中庭を飛び立つ。
――主様、待ってて下さい。今、ガルアちゃんと一緒に向かいますから。
ガルアがグングンとスピードを上げる。
――すごいスピードですね。街がどんどん小さくなっていきます。
ズドドドドドドドドドド!
隕石に近づいていくと、さっきまで聞こえなかった音が聞こえてくる。
ギュルアー!
「うん!このまま、突っ込んで!」
カナタはガルアの言葉を理解し、ガルアと共に最速で主の元に向かう選択をした。
ズドドドドドドドドドド!
隕石に近づく度に落下してくる隕石の破片の密度が上がり、ガルアにしがみついているのも楽じゃなくなってきた。
カナタは必死にしがみつきながら、主を探す。
ズドドドドドドドドドド!
――この先に主様が!どこ?……まだ見えない。
隕石から聞こえる音が段々大きくなる。
ズドドドドドドドドドド!
「いた!」
ギュルア!
カナタ達は遂に主を見つけた。
自分達の主は必死の形相で隕石を殴っていた。
――主様!今!向かいます!
ズドドドドドドドドドド!
ピシピシッ ミシミシッ ドッカーン!
超巨大隕石が攻撃に耐えきれず、大爆発を起こした。
「ガルアちゃん!」
ギュ! ギュルア!
カナタ達も爆発の余波で吹き飛ばされるが、まだ少し距離があったため、すばやく体勢を立て直す事ができた。
「主様はどこ!?」
ギュルア!
主を逸早く見つけたガルアがカナタの返事を待たずに、カナタを乗せたまま主の元へと突撃する。
自分達の主は、力を使い果たしてしまったのか、ピクリとも動かずに落下していた。
「主さま〜!主さま〜!」
ギュルアー! ギュルアー!
カナタとガルアが主を呼ぶが、主はこちらに気づく気配が無かった。
それでもカナタ達は叫ぶように呼び続けながら、主を救助するべく、主の元へ急いだ。
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