第21話―1 魔王、墜つ


「ふう、よし。ここら辺でいいか。」


 ダマブアの街の中に入った俺達は、宮殿の近くに着地した。


 抱えていたカナタを下ろし、硬い地面の感触を確かめる。


「あ、あのハルカ様?……。……そ、その重くなかったですか?」


 カナタが赤面しながら、重さについて聞いてくる。


「ん?そうだな。人を抱えて走ることってなかったから、練習するにはちょうど良い重さだったよ。」


「そ、そうですか。……。……痩せなきゃ……。」

 

 俺の返答を聞いたカナタは小声でブツブツと呟いている。


《相棒はデリカシーって言葉を知ってるかい?》


――ん?急に何だよ。……そんなことよりも、俺達も行くぞ。


 上を見上げると、空から降ってくる隕石が視界に入る。


 街の中心に落ちてきそうな隕石はガルアが弾き飛ばしているため、街への被害は、まだそれほど大きくない。


 だが、空には無数の隕石が浮かんでおり、後続の隕石はガルアだけでは、捌ききれそうにない。


「じゃあ、俺も行ってくる。カナタも気を付けて。」


「はい!お気を付けて。」


 カナタは空中を自由に動けないため、ダマブアの住人の避難や飛来してきた隕石からの防御を地上で行ってもらうようにお願いしてある。


「お待ちくだされー。ハルカ様ー!」


 宮殿の中から俺の名前を呼ぶ声がするので、振り向くと、メル婆とダマ魔王、ハイカイン隊長がこちらに走ってきていた。


 

「事情は大体把握している。……あの隕石どうにか出来るのか?」

 

 ダマ魔王がメル婆を指し示しながら、聞いてきた。


《なるほど、便利なばあさんだ。》

 

「……正直、わからない。でも、やれるだけやってみる。」


――紫電の魔術師が発動した魔法だ。……ネビュラスの情報では、神かそれに近い力を持っている。俺は今まで、格下の相手としか戦ったことがない。俺も神に近い存在のようだけど、同格、もしくは格上が相手だと、どうなるのかは、全くわからない。


 俺の実力を測る良い機会かもしれないとダマブアの街へ向かう途中に、割りきった結論を出していた。



 俺の曖昧な返答にダマ魔王達は呆れるかと思ったが、彼らの反応は逆だった。


「ふっ。そうか。良い顔になったな。……よろしく頼む。」


 ダマ魔王は昼にあったときよりも、暗い表情が抜け、笑顔で返答してきた。


「ハルカ様。わすらはハルカ様のことを信じておりますぢゃ。……この先の未来は、わすの予言でも見えんかった。ぢゃが、大丈夫ですぢゃ。……未来は決められたものではない。想いの強さが、未来を、予言を変える。今までもそうぢゃった。……ハルカ様、自分を、仲間を信じて下され。想いの強さが、夢に描いた理想が。必ず力となってくれる。……さあ、行きなされ!魔王ハルカ!いや、未来の魔神、ハルカ!」


 メル婆の一言一言が、心に、体に、染み渡る。


――そうか。信じるのか。……ありがとう、メル婆。いや、メルトリーファ。


 皆の想いを胸に飛び立った。


 

 


「おい、爺さん!ハルカ達は、まだ戻ってこないのかよ!」


「わかっとる!わしも気になって、今調べておるところじゃ!」


 ファードンの焦りが伝達するかのように、ゼリオス様も苛立ち、焦っていた。


 ハルカ達が出発してからしばらく経ち、日も暮れ、すっかり夜になった。


 日付が変わるまでは、まだ数時間あるが、明日の予定が迫る中、ハルカ達を行かせた本人達は、ただひたすら心配し、責任を感じていた。


「やはり、たった一日で戻ってくるのは不可能じゃったか。」


 透明な板状の端末を操作しながら、ゼリオス様が呟く。


「……。まだ、わからねえだろうが!今、まさに帰ってくるところかもしれないだろ!」

 

「ふん。……そのわりに、わしへの催促が多いのぅ。」

 

 日中、ことあるごとに、ファードンはゼリオス様に「ハルカはまだか?」「ハルカから何か連絡はないか?」「今の魔界の様子はどうだ?」……等、ハルカ達の安否について、しつこく聞いていた。


「それとこれとは関係無いだろ!俺は、ただ……。」


 大声を上げたファードンがしどろもどろに答える。

 

「ただ、なんじゃ?……お、これは。」


「ん?どうした!」


 ゼリオス様が何かに気付き、それを聞いたファードンが身を乗り出すように、ゼリオス様の端末を覗き込む。


「ふむ、魔界の魔力異常が収まりつつあるのぅ。ハルカよ。よくやったのぅ。」


「ほう。たった一日ですごいじゃねえか。で、あいつは、どこにいるんだ?」


 魔界の魔力異常が改善していることがわかった二人は喜び、当の本人を探す。


「このくらいの魔力濃度であれば、ノイズも少ないじゃろう。映像を出してみるか。……確か、砂の都の近くに転移させたのじゃったな?」


 ゼリオス様が端末を操作し、砂の都近くの映像を空中に投影させた。


「ふーむ、辺り一面砂漠じゃな。魔界は砂漠や火山、雪山といった過酷な土地が多かったのぅ。」


 生物が見当たらない無機質な光景を前に、魔界の風土を思い出す。


「相変わらずつまんねえ場所だな。……都の方にいるんじゃねえのか?あいつらも情報がなきゃ何もできなかっただろうし。」


 ファードンの意見に同意し、端末を操作する。

 

「そうじゃのぅ。都の方に向きを変えてと。……ぬおお!」


「なっ!なんだこれはっ!」


 そこに映っていたのは、夜空を埋め尽くす無数の隕石。


 白い街に隕石が降り注ぐ光景だった。


 その異常な映像にゼリオス様とファードンは言葉を失う。


「……。」 「……。」


――何が起きているんじゃ。……ハルカ、大丈夫なのか?


――これは人為的なものか?……まさか、ハルカ。お前がこれを引き起こしたんじゃないだろうな。


 映像を見ながら二人が思ったことは全く違うことだった。

 




《相棒!次はあっちだ!》


「おう!」


パシュン ドカンッ


 俺達はダマブア上空で隕石が街に落下しないように、隕石を弾き飛ばし、打ち砕きながら、縦横無尽に空を飛び回っていた。


ギュルアー!


 ガルアも俺と同じく、ダマブア上空で隕石の対応をしてくれている。


「ガルア!そっちのでかいのを頼む!」


 少し遠い所に落下してきている大きめの隕石を指し示し、ガルアに指示を出す。


ガウッ!

 

 俺は空間魔法を使って、空中をある程度は自由に動けるが、ガルアほどではない。


 ガルアは巨体ながらも、空中を軽やかに飛び回る。


 そのため、外縁部をガルアに任せ、俺は中央で隕石を処理するという役割分担をしていた。


《相棒!次が来るぞ。次は四つ同時だ!》


「ああ。わかった!」


 隕石に狙いを定める。


 《エア・ショット》


 パシュン パシュン パシュン パシュン


 空間魔法のエア・ショット。


 その名前の通り、空間魔法で圧縮した空気を弾にして発射する攻撃魔法。


 空間属性は適正を持つものがほとんどいないレア属性のため、基礎魔法ながらその破壊力は凄まじい。



ドカンッ ドカンッ ドカンッ ドカンッ


 放たれた四発のエア・ショットは四つの隕石に命中し、それぞれの隕石は打ち砕かれた。


 打ち砕かれ粉々になった隕石がダマブアの街に吸い込まれていく。


「なあ、ネビュラス。……砕いた隕石は、そのまま街に降らせて、本当に大丈夫なんだよな。」


《ああ。大丈夫だ。俺が解析したところ、ダマブアの街、特にあの宮殿はかなり頑丈だぜ。こんくらいの石礫なら、どんだけ降ってもびくともしないだろうよ。》



〜〜〜〜


 後になって調べてわかったことだが、ダマブアの街は魔人族が作っただけになかなか丈夫であり、特に宮殿は大昔の戦争時代からのものであるため、その防御力は非常に高かった。


 その時の俺達は、そんなこと知るよしもないが、ネビュラスが解析した結果、宮殿は非常に頑丈で、隕石の一発や二発くらいの直撃ならば耐えることができ、粉砕された隕石程度ならば、どれだけ降ってきても大丈夫という解析結果を基に行動したのだった。


〜〜〜〜



《相棒!次のお客さんだ。この調子でガンガンいくぜ!》


「ああ。なんだかテンション高いな。まあ、良いけどさ!」





「きゃー。」「あっ!いてっ!」「ママー。」

 

「急げ!急いで宮殿の中に入るんだ!」


 ダマブアの街では、兵士達が、まだ避難できていない住人の避難誘導を行っていた。


「心配か?」

 

「ええ。……でも大丈夫です。主様ですから。それにガルアちゃんもいますし。」


 ダマ魔王の問いかけにカナタは、ありのままに答えた。


 心配はしている。


 だが、きっと自分の主なら、こんな状況、余裕で解決するのだろう。

 


 しかし、カナタは悔しかった。


 今の自分は主の隣に立ち、戦えないことが、歯痒くて仕方なかった。


 そして、ガルアのことが羨ましかった。


 あの小さくて、大きな竜。

 

 いつも主の隣にいて、主と共に行動し、主と共に戦うことができる。


 だが、カナタは不思議とガルアのことを嫌いではなかった。


 むしろ、好きな方だ。


 普段、ゼリオス様の家では、ガルアは小さな姿であり、その態度や行動も小さな子供のようだった。


 そのため、カナタは自分の子供のようにガルアのことを可愛がっていた。


 そして、たまに大きくなった姿のガルア。


 見た目は巨大でとても恐ろしい竜なのだが、その中身は変わらないため、逞しさや強さを感じつつも可愛いと思ってしまう。


――ガルアちゃん。……ガルアちゃんも無理はしないでね。

 

 結果的にカナタは、子を想う母親のような視線をガルアに送っていた。


 

「カナタ様。……カナタ様?」


「あっ!はい!なんでしょうか?」


 カナタは空をじっと見上げていたため、ハイカイン隊長が話しかけていたことに気づかなかった。


「あっ、いえ。住民の避難もほとんど完了してきておりますので、カナタ様も宮殿の中へと思いまして。」


 ハイカイン隊長が現状を説明してくれた。


「あっ、そうだったんですね。……ですが、私は……。」


 カナタは一人だけ安全なところに避難することに、罪悪感を感じた。


「……。……負傷者が大勢いるんだ。宮殿内もなかなかに戦場となっている。力を貸してくれないか。」


 ダマ魔王から、負傷者の対応を手伝って欲しいと言われる。


 カナタがハイカイン隊長の顔を見ると、隊長も頷き負傷者がいることを告げてきた。


「わかりました。案内してください。」


 カナタはハイカイン隊長と共に、宮殿内の戦場へと向かった。



「ふっ。おぬすも嘘が上手くなったのぅ。」


「ふん。嘘ではない。……だが、我輩も同じような歯痒さを感じている。気持ちはわかるつもりだ。……悲しいことに、我輩は慣れてきてしまったがな。」


「……。(――前言撤回ぢゃ。ダー坊は嘘が下手ぢゃな。)そうか。」


 メル婆の視線の先には、血が流れるほど強く握られた拳があった。

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