第19話―2 ダマブア防衛戦 ~魔王軍~


「ヤンスッス!ちょっと待つんだ!」


 ようやくヤンスッスに追い付くと、ヤンスッスは砂地にカエルのように四足で座り込み、目を瞑っている。


「おいこら!てめぇ、やっと追い付いたぞ!……って何してんだ。……おい、ヤンスッス、冬眠すんには、まだ早えぞ!」


 ミルソンも追い付き、悪態をついた。

 

「ミルソン。……お前も来たのか?」


「わりいかよ。」


 ミルソンとやり取りしている間もヤンスッスは砂漠の上で目を瞑って座っていた。



「こっちでやんすっ!」


 座っていたヤンスッスが急に叫びながら、跳躍する。


 跳ねるように走り出したヤンスッス。


 隊長とミルソンは再び、ヤンスッスを追いかける。


「ヤンスッス!どういうことだ!」

 

「おい!ヤンスッス!何とか言えよ!」


 ヤンスッスに走りながら声をかけるも「こっちでやんす!」「ついてくるでやんす!」としか言わない。


 ふと、ヘビーマンティスの方を確認すると、ヘビーマンティスがこちらに気付き、追いかけてきていた。


「くそっ。砲撃が止んでいる。……ちょうど弾の補充のタイミングだったのか。」

 

――ヤンスッスに何か考えがあるのか?無策にやっているなら、いずれ追い付かれてしまうだろう。ヤンスッス、大丈夫なんだよな。



「ここでやんす!ミルソンはあっちに行くでやんす!」


 ヤンスッスが急に立ち止まり、指示を出し始めた。


「おい!どういうことだ!」


 ヤンスッスからの説明もない理不尽な指示にミルソンが反発する。

 

「ミルソン!言う通りにしよう。」


――きっと、何か考えがあるんだ。ヤンスッス、信じるぞ。


 隊長とミルソンはヤンスッスの言う通りに配置につく。


 ミルソンはヤンスッスの指示した岩陰に潜む。


 隊長はヤンスッスと共に砂丘の間の窪んだ位置でヘビーマンティスを待つ。


「隊長。敵の攻撃を必ず避けるでやんす。盾と剣は使っちゃダメでやんす。」


「ん、どういうことだ?」


「あっ!来たでやんすっ!」


 ヤンスッスの説明も不十分にヘビーマンティスがやってきた。


 ヘビーマンティスは砂丘の頂上に立ち、追い詰めたとばかりに両手の鎌を振り上げ威嚇してくる。


 そして、砂丘を凄い勢いで滑り降りてくる。


「ヤンスッス!」


「隊長!合図するまでここを動いちゃダメでやんす!合図したらミルソンのいる岩陰まで走るでやんす!」


 ヤンスッスの作戦は未だわからない。


 だが、何かがあるんだろう。


 いつも不思議なこいつに助けられてきた。


 ヘビーマンティスがその重そうな鎌と体で砂丘を滑るように、こちらへ向かってくる。


 上からやってくる大きな魔物の姿に、隊長は一瞬怯む。

 

 ヘビーマンティスとの距離が近づく。


 ヘビーマンティスが鎌を天に掲げ迫る。


 そして、突進の勢いそのままに鎌を振り下ろす。


「今でやんす!」


ザシュッ


 隊長は合図を聞いて、ミルソンのいる岩場へ向けて砂丘を登るように走り出す。


 ヤンスッスも隣で跳ねるように砂丘を駆け上がる。


ボゴンッ


 背後で何か大きな音がした。

 

「隊長!振り返っちゃダメでやんす!走るでやんす!飲み込まれるでやんすぅ!」


 隊長は背後の音が気になり、一瞬振り返ったが、ヤンスッスの言葉を聞いて全力で走り出した。

 

 一瞬の光景で理解した。


 背後では蟻地獄のような流砂が発生していた。


 はっきりと見れなかったが、おそらくヘビーマンティスは、この流砂に飲み込まれているだろう。

 

――まったく。流砂を発生させるならそう言えば良いものを。……だが、ヤンスッスは何故流砂が出来る場所がわかったのだろうか?不思議なやつだ。……まあいい。今は流砂に巻き込まれないように走り、駆け上がらなくては。


ギギギギ ザシュッ  ドサッ

 

 背後でヘビーマンティスが、もがいているようだ。


 勝負は決した。


 私達の勝ちだ。

 

 走りながら隣のヤンスッスを見る。


 ん?ヤンスッスが慌てている?


「た、た、隊長!避けるでやんす!」


 前を見ると、俺達の前方には大きな岩があった。


 大きな岩は、こちらへ向かって滑り落ちてくる。


 ヘビーマンティスは最後の悪足掻きに岩を俺達の前方に放り投げたのだった。


 っち、避けれない。


 もし、横に飛んで避けたとしても、その後立ち上がれずに流砂に飲み込まれてしまうだろう。


 これはまずい。


「くっ。ここまでか。」


 岩が迫る。


 

「おい!これを掴め!」


 上から矢が降ってきて、すぐ横に突き刺さる。


――今の声はミルソンだ。そうか、そのためにミルソンを岩場に待機させたのか。


 隊長は飛んできたその矢を横に飛んで掴む。


 矢にはロープが結ばれていた。

 

 ヤンスッスを回収し、ミルソンに流砂から引き上げてもらう。




「はぁ、はぁ、はぁ。くそ重かったぞ。」


「はぁ、はぁ、はぁ。助かった。ミルソン。」


「はぁ、はぁ、はぁ。疲れたでやんす。」


 隊長達三人は流砂から少し離れたところで、大の字になって寝転んでいた。

 

 ヘビーマンティスは流砂に飲み込まれ、戻ってくる事は無かった。


――何はともあれ、ヤンスッスの作戦が成功して良かった。……だが、説明をしていてくれれば、幾分気持ちに余裕があったものを。


 

「さて、二人とも。戻るぞ。」

 

 隊長は起き上がり、二人に声を掛けた。


「「…………。」」

 

 二人に起き上がる気配がない。


「まったく。…………仕方がない。少し休憩するか。」


「さすが隊長でやんす!」


「ああ、本当にその通りだ。」


 珍しく意見が一致した二人。


 隊長は二人の姿を微笑ましく見ながら、戦場へと目を向ける。

 

 戦場から少し離れてしまったため、遠くてよく見えないが、魔物の群れは、もう殆ど残っていないようだ。


「ハルカ様。あなた方は本当に……。」



 隊長達は息を整えるまで少し休憩し、その後、元いた戦場へと向かった。





「うふふ。調子はどうかしら?……紫電の魔術師さん。」


 白い少女がフードを目深に被った怪しげな魔術師に話しかけた。

 

「……。君か。そうだねえ、みんなとても美しかったよ。」


「そう。それは良かったわね。(――ふん、答えになってないじゃない。)それで計画はこのまま続行できるのかしら?」


 少女は苛立たしげに、魔術師に聞く。


「ああ。今宵は月が綺麗だからね。」


「……。(会話が噛み合わないわ。……何で私がこいつと。)じゃあ、準備をしてくるわね。」


 少女の姿が消える。


「嗚呼。……もうすぐだ。もうすぐ君に会える。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る