第14話 魔王の決断


 魔物の襲来を知らせる警報が鳴り響く。


 地下の牢屋にいるため音が反響して聞こえる。


 上の階では兵士が慌ただしく動いているのか、走る音や怒号も聞こえる。


「ここにいても仕方ない。お前達、上に行くぞ。」


 ダマ魔王を先頭に牢屋を出て、上の階へ向かう。


《ふぃ~、久しぶりのシャバは空気がうめえな。なあ相棒!……これに懲りたらもう悪さするんじゃねぇぞ。》


――……ずっと俺の魂から出られないやつは、一体どんな悪いことをしたのかの方が気になるな。


《なんてことを言うんだ。……人が気にしていることを。……まったく酷い子だわ。わたし、そんな子に育てた覚えはないわよ。》


――安心しろ。お前に育ててもらった覚えは俺も無いぞ。良かったな。痴呆は入ってなくて。


《もう!この子ったら、ああ言えば、こう言う。お母さん、悲しいわ。……天国のお父さん。私達のハルカは、こんなに大きくなったのよ。》


 ネビュラスと恒例のじゃれあいをしながら、階段を登る。



 上の階へ行くと、兵士があちらこちらで走っている。


「あ~、階段すんどっ。……ふむぅ、大騒ぎになっておるのぅ。さてどうすたもんか。」


 後ろからカナタに支えられたメル婆がやってきた。


「ハイカインは、まだ戻らないか。……おい!そこの者!」


 ダマ魔王が近くにいた兵士に声を掛ける。


「今の状況はどうなっている?」


「え?あれ?どこかで見た顔でやんす。重要なことの気がするでやんす。……うーん、思い出せないでやんすぅ。」


――いや、お前かよ。


 ダマ魔王が声を掛けた兵士はカエル君ことヤンスッスだった。


 ハイカイン隊長の話ではカエル君は流れの魔人族とのことで、ダマブアのことは、あまり詳しくないそうだ。


「我輩のことはどうでもいい!魔物の襲来の状況を説明しろと言っているんだ!」


 ダマ魔王は話が通じていない相手に少し怒りながら、状況の報告を命じた。


「む?なんか偉そうでやんす。人にモノを聞く時は、ちゃんとした態度で聞かないとダメでやんすよ。おいらは、そんなことで怒ったりしないから大丈夫でやんすけど、ミルソンだったら大変なことになってたでやんすよ。礼儀ってものが大事って隊長に教えてもらったでやんす。」


 カエル君が得意気な表情でダマ魔王に礼儀について話している。


――いや、礼儀がなってないのは君だよ。カエル君。……相手はこの街の魔王だからね。……ほら見て、ダマ魔王の額の血管がピクピクいっているよ。


「……つまり、お互いに相手をしっかりと認識した上で、聞きたいことを聞くと良いでやんすよ。……あ、隊長。こっちでやんすよ~。」


 カエル君の呼び掛けに気づいたハイカイン隊長が戻ってくる。


「陛下。こちらに居られましたか。」


「ああ、状況を説明してくれるか。」


 隊長が魔物襲来の状況を説明し始める。


 カエル君は隊長が陛下と呼んだ相手を見て、ハッとした表情になり、次第に青い顔になっていった。

 

――ドンマイ、カエル君。誰にだってミスはあるものさ。次からは頑張りましょう。


「……というわけで、まだ街から距離はありますが、魔物の数が今までの比ではないという状況です。」


 隊長の説明を聞いたダマ魔王が静かに考え始める。


《一万の魔物の大群か。次はどの必殺技を使うかな。楽しみだ。》


――おいおい、楽しむなよ。気持ちはわかるけど、この人達にとって見れば、絶望的な数字だ。俺達は、明日までに帰らなければいけないから、さっさと倒すぞ。


 ダマ魔王が熟考している間、ハイカイン隊長はカエル君の様子がおかしいことに気づき、小声で問いかける。


「ヤンスッス、どうした?何かあったのか?」


「う、あ、ま、魔王様だって気づかなくて。お、おいら、失礼な事をしたかもしれないでやんす。ど、どうしよう隊長。おいらクビになるかもしれないでやんす。」


 カエル君の話を聞いた隊長は、一瞬ポカンとしながらも即座に状況を理解し、カエル君に返答した。


「私からも陛下に謝っておくから、お前は持ち場に戻れ。これから魔物との生き残りを掛けた総力戦が始まるんだ。お前の力が必要になる。……わかったな、ヤンスッス。」


「わかったでやんす。隊長ありがとうでやんす。」

 

 カエル君が泣きそうな笑顔でこの場から去っていく。



「ダー坊。どうやら悩んでいる時間は、もう無いようぢゃよ。」


 メル婆が街の外の地平線を差して、タイムアップの時間を告げる。


 傾いた太陽の下には、黒く染まり始めた地平線が見える。


 隊長の話では、夜の訪れと共に魔物が街に到達する。


 その数は一万。


 先程倒した魔物の数は二百。


 五十倍の規模の大軍勢がダマブアを目指して移動している。

 

「ハイカイン。戦える兵の数は?」


 ダマ魔王が口を開く。


「五百名程です。」


「くっ。兵士一人につき魔物二十体だと。馬鹿げているな。」


 ダマ魔王は苦虫を噛み潰したような顔をしながら吐き捨てるように言った。

 

《ふうむ。魔物討伐の目安を優に越えているな。》


――ん?なんだそれ?


《詳しくは、また今度教えてやるが、一般的な兵士や冒険者が魔物と相対するには、三人で魔物一体が安全に戦う原則だ。被害を無視するならば、つまり、死んでも良いなら、一人で魔物二体が同じくらいの戦力と考えられる。魔人族は人族よりも強いから、一人で魔物三~四体の戦力になるかもしれないが、死ぬ前提で戦っても、勝ちの目が見えないな。》


――……。なんでそんなこと知ってるんだよ。


《俺っちは、博識だからな。ネビュラス先生とお呼びなさい。》


 ネビュラスからお茶を濁されたが、その知識は非常に役に立つ。


 何故その知識があるのか、本人が本当にわからないのかもしれないが、言いたくないのならば、無理に聞くのはやめようと思った。


「……ダー坊。……すかたのない奴ぢゃ。よっこらっせっと。」


 メル婆がゆっくりとしんどそうに、俺達に向き直り、地面に膝をつく。


 そして、メル婆が地面に頭を擦り付けて、俺達に懇願する。


「ハルカ様、カナタ様。……わしらを、ダマブアを救っては下さらぬか。……ダー坊は頑固者でもあるが、こんなのでもこの街の王じゃ。こんな老いぼれのわしでは代わりにならないかもしれないが、王に代わってお頼み申す。……どうか。……この通りじゃ。」


 メル婆の行動に、カナタが驚き、隊長が申し訳なさそうな顔をする。


「おばあちゃん!」


「……メル婆様。」


「なっ!……やめろ!メル婆!……わかった、我輩が頭を下げる。」


 ダマ魔王も頭を下げようと膝をつく。


「……ダー坊。おぬすの気持ちも痛い程わかる。……ダー坊は、そのむかす、比類なき程の武人ぢゃった。かつての戦争によるケガで、今はその力の十分の一も発揮できなくなってすまったが。……それでも、ダー坊が命の限り戦えば、これからやってくる一万の魔物を葬ることはできよう。ぢゃが、その後はどうする。王不在でこの後の局面を乗り越えられるのか。……王であるからすて戦えないというのは都合の良い言い訳に聞こえるかもすれないが、歯痒いのはダー坊なのぢゃ。」


 ダマ魔王とメル婆の様子を見た兵士達が動きを止め、注目が集まる。


 メル婆の言葉にカナタが反応する。


「おばあちゃん!大丈夫だよ!私達は、そのために来たんだから!……主様、良いですよね?」

 

《へへ。おいしいところ盗られちまったな。》


――うるせーよ。


「ああ、問題ないさ。……というわけで、俺とカナタも戦力に数えて欲しい。」


 膝立ちになって下を向いているダマ魔王とその隣でより小さく縮こまっているメル婆に向けて返答を告げた。


「おお、ありがとうなのぢゃ。(――これで予言の第一段階はクリアぢゃ……。)」


 返答を聞いたメル婆が立ち上がり、感謝の言葉を述べた。


 カナタも心なしか嬉しそうにしている。


 ダマ魔王は未だ膝をついて下を向いていたが、ハイカイン隊長が声を掛けると、立ち上がった。


「……すまない。恩に着る。……それでお前達の戦力は、……報告では二百体近い魔物を一瞬で討伐したと聞いているが、どのように考えたら良いのだ?」


――おい、ネビュラス。俺達の戦力って、どういう風に答えたら良いんだ?


《あん?一万体全て倒せますって、言っとけば?》

 

――いや、それじゃ答えになってないだろ。一緒に戦うんだから。


《いや、そもそも一緒に戦うのが良くない。……相棒の言う俺達の戦力って、相棒とそこのお嬢ちゃん、そしてチビ助もだろ。……相棒もお嬢ちゃんも大概だが、チビ助が自由に暴れたら、兵隊達にも被害が出るぜ。》


――あっ。


《うーん、そうだな。……広範囲の技を使うから巻き添えにならねぇように、隅っこでおとなしくしとけって言っとけば。》


――その言い方は棘があるだろ。まあ、でも参考になった。


 ネビュラスと相談している間、ダマ魔王達は俺の事をじっと見ていた。


 周りにいた兵士達もダマ魔王やメル婆、ハイカイン隊長の異様な様子から、こちらを注視している。

 

「俺達の戦力?戦闘方法は広範囲攻撃が多い。だから作戦の提案なんだが、……俺達が先陣を切って大技で魔物の数を減らす。兵士達はダマブアに近づいて来る魔物を撃破していってもらいたい。」


「ほう。広範囲攻撃か。その広範囲攻撃で、どれくらい数を減らせる予想だ?」


 ダマ魔王が俺の作戦の提案に笑みを浮かべながら聞いてきた。


「……九割は減らせると思う。」


《いや、全部倒せるぞ。》


「そうか。大した自信だな。先程は聞きそびれたが……お前は一体何者なんだ?……見た目は人族っぽい魔人族だが、その異常な戦闘力。……メル婆は神の使いと信じているようだが、ただの魔人族ではないのだろう?」


 ダマ魔王の言葉を受けて、再び俺に注目が集まる。


《こりゃあ、逃げられそうにないな。》

 

「……通りすがりの魔王だ。とある使命を持って、ここに来た。申し訳ないがこれ以上は話すことはできない。」


「通りすがりの魔王か。……答えになってないが、いいだろう。よろしく頼む、魔王ハルカよ。ダマブアの街を救ってくれ。」


 ダマ魔王が頭を下げた。



 この街の王であり歴戦の武人の取った行動の重みを受けて、俺達は気が引き締まる思いをした。

 

 こうして俺達はダマブアの街を救うため、一万の魔物の大軍勢と相対する運びとなった。


 


 

「は~、失敗したでやんすぅ。まさか魔王様があんなところにいるとは思わないでやんすよ。」


 ヤンスッスは愚痴をこぼしながら持ち場に向かって走っていた。

 

「ん?なんだか騒がしいでやんすね。どうしたでやんすか?」

 

 視線の先には、兵士と一般人が口論している。


「うちの子が見つからないの!ねぇ、誰かを助けに向かわせてよ!」


「今はそれどころじゃないんだ!奥さんもさっさと宮殿に避難してくれよ!少しでも多くの命を救うためなんだ。」


 どうやら子供とはぐれたらしい。


 兵士が無理やり連れていこうと女性を二人がかりで連れ出そうとする。

 

「ちょっと待ったーでやんす。」


「ん?ヤンスッスさん?」


 ヤンスッスが兵士達の前に飛び出し、女性に声を掛ける。


「お子さんは街のどっちの方にいるでやんすか?」


「ちょっ、ヤンスッスさん?」


 ヤンスッスが兵士達に、手のひらを向けて、静止させる。


「あっ……。街の南側。七番街の入り口付近ではぐれてしまったの。」


「七番街でやんすね。わかったでやんす。」


「えっ、ヤンスッスさん?」


「あっ、あの、ありがとう。……気をつけて。」


「大丈夫。安心するでやんすよ。……じゃあ、行ってくる。ミルソンには適当に言っといて欲しいでやんす。」


「あっ、ヤンスッスさん。」


 兵士達がヤンスッスを止めようと手を伸ばしたが、時すでに遅く、ヤンスッスの姿はもうなかった。



 

「七番街、七番街、っと。ここら辺でやんすかね。」


 七番街に急行したヤンスッスは周囲を確かめる。


「うーん、誰もいないでやんすね。」


 七番街は既に避難し終わったのか、人の気配も無く、静まり返っていた。

 

「こういうときは。……はっ!《感知魔法:音ソナー》」


 ヤンスッスは得意の感知魔法を使って、周囲を調べ始めた。


「うーん、やっぱり反応はないでやんすね~。」


 捜索の甲斐虚しく、成果は無かった。


「もう少し奥まで行ってみるでやんす。」


 ヤンスッスは七番街の路地裏にも捜索の範囲を拡げた。



 路地裏に行くと、そこには住人がまだ残っていた。


 住人は薄汚れた見窄らしい格好をしており、生気を感じられないような顔色をしている。

 

「これは。……。」


 ヤンスッスはダマブア出身の者ではない。


 そのためダマブアについてあまり詳しくないが、ハイカイン隊長からダマブアの闇について教えてもらったことがある。


 どの街にも社会から弾かれてしまった者達がいる。


 その者達は、好きでそうなったわけでもなく、才能や努力でどうにかできる問題でもない。


 ヤンスッスは思考を切り替え、自分の目的を思い出す。


――今はお子さんの捜索が第一優先でやんす。……彼らも避難させてあげたいけど、今の自分には無理でやんす。


 エコーの感知魔法を使用しながら、裏路地を歩く。


「あら、あなた。……ここの人ではないわね。」


 不意に背後から少女の声が聞こえた。


 背後をとられたヤンスッスは、背後から感じられる寒気のような気配から距離をとるように大きく跳躍した。


 ヤンスッスが背後の人物を確認すると、そこには五才くらいの女の子がいた。


 その女の子は真っ白な長い髪で肌も雪のように白く見えた。


 着ている真っ白な服は、異国で着物と呼ばれているものに似ていた。

 

「……。女の子?……いや、何者でやんすか?」


「うふふ。人に名前を聞くときは自分から名乗るのが礼儀ではないかしら。……まあ、いいわ。私達の仕事はもうすぐ終わる。あなたに名乗ってもなんの意味もないけど、最期に教えてあげる。私はユヴィー。……この街では光の子と呼ばれてたわ。うふふ、光か~。私に一番似合わない言葉ね。」


 ヤンスッスは目の前の少女ユヴィーから感じられるおぞましい気配に、蛇に睨まれたカエルの如く動けなくなっていた。


――この子はヤバイでやんす。本能で感じるでやんす。……でもワームの時と違って不思議と落ち着いているでやんす。


 ユヴィーの威圧に屈しなかったヤンスッスを見て、ユヴィーは煩わしそうに方向を指し示した。

 

「……はぁ、つまらないわ。……あなたの探し物はあっちよ。」


 一刻も早くこの場から離れたかったヤンスッスは、ユヴィーに素直に感謝の言葉を述べ、この場から離脱する。


「……ありがとうでやんす~。」


 ユヴィーの視線の先には跳ねるように走るカエルのような兵士。


「……精々頑張って生き延びることね。」







――――以下本編とは関係ありません――――

《ネビュラス先生の特別講座~。パフパフ。》

 

「ハルカ君。魔物というものが何か知っているかね。」


「えーと、動物よりも魔力量が多い生き物?」


「そう。魔物とは、通常の動物種よりも体内魔力量が多く、変質した個体種のことをいう。主に獣の姿をしたものを魔獣と呼び、その他のものを魔物と呼ぶが全体を総称して魔物と呼ぶことも多い。」


「へ~。」


「その起源は不明だが、魔物として繁殖して増えていくことや通常の動物種が変質して魔物となることも確認されている。魔力を貯めるような臓器は発見されていないが、稀に魔物の体内から魔石が見つかることがある。この魔石は魔物の魔力が体内で結晶化したものと考えられており、長く生きた個体ほど魔石が見つかることが多い。神獣、聖獣も広義では魔物と定義されることがある。」

 

「ほ~。」


「次に魔物の戦闘力についてだが、前にも話したように、一般的な兵士や冒険者が魔物と相対するには、三人で魔物一体が安全に戦う原則とされている。死んでも良いなら、一人で魔物二体が同じくらいの戦力だ。魔人族は人族の二倍くらいの戦力と考えてくれ。」


「は~。」


「神獣や聖獣、魔物の最上位種の戦闘力は、それには当てはまらない。超次元的な強さを持つ魔王や英雄、超一流の冒険者が相対するが、どちらも桁外れ過ぎて、一様に説明することはできない。まあ、個体数も少ないから、滅多なことでも無い限り、表舞台に出てくる事は無いな。」

 

「ふ〜ん。」


「以上、また次回。アデュー。」

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