第13話―1 ランチタイム


チャポーン


 薄暗いじめじめとした部屋。


 あまり掃除をしていないのか埃っぽい。


 目の前には、部屋を区切るように広がる鉄の格子。


 俺達は鎧の集団に連行され、牢屋に入れられた。


《相棒。やっぱり、騙されたんじゃねぇのか?……いざとなったらこんな所、すぐに出れるから心配しちゃいないが。》


――うーん、そうだな。でも、持ち物とか没収されてないし。……容疑者扱いだから、ここが待合室的な感じじゃないのか?


《アルちゃんは能天気だな〜。時間が無いのは気にしておけよ。》


 能天気か。


 俺は隊長さんの事を信じたいんだよな。


 牢屋に連れて来られる前に見た街の風景とその時の隊長さんの顔を思い浮かべる。





「向こうに見えるのが我々の街。砂の都、ダマブアです。」


 隊長さんが指し示す方角を眺める。


 鎧の集団が連なって進む先に街が見えた。


 街は城壁のような白い壁で周囲が覆われていた。


 俺達が今いる砂丘の高台からは壁の中も見え、白い街並みや緑の木々、青い水源も確認できた。


 砂漠に佇むオアシスは、砂の街にふさわしいアラビアンな雰囲気を感じさせた。


――あれが魔人族の街か。


「ほわ~。綺麗な街ですね~。」


「そう言ってもらえると嬉しいでやんす。」


 カナタがダマブアの景色に感嘆していると、隣を歩くカエル魔人が得意気な表情をしていた。


 この街に向かう道中、隊長とカエル魔人改めヤンスッスは、俺達に配慮しながら歩いてくれた。


 さらに隊長さんの配慮なのか、敵意がありそうな他の隊員を遠ざけ、街についても気さくに教えてくれた。


 そのため、カナタやガルアも警戒心を抱いていないように見える。


「あははは。……。」


「そうでやんす。……。」


 カナタ、そのカエルと打ち解け過ぎじゃないか?


 というか、そのカエルは何者なんだ。


 隊長さんの話では、流れ者で、こういう種族も魔人族にはいるって言ってたけど、見た目違いすぎだろ。


 あれ?カエルの皮膚の色変化してないか?


 さっきまで茶色だったのに、黄色になってきている気がする。


《相棒。焼きもちか?……あちち。》


――そんなんじゃねえよ。


《そうか。……おっ!良い焼き色だ。》


――……ネビュラス。何してるんだ?


《小腹が空いたから、餅を焼いてた。》


――器用になったな。


《まあな。はふっ。はふっ。》



 次第に街が目の前に迫っていた。



 街に入ると、外から見た印象とは違う印象を受けた。


 外から見た街は殺風景な砂漠に存在する豊かな場所という印象だった。


《こいつは、ひでえな。》


 街は襲撃にあったのかと勘違いするほど、荒廃していた。


 物が散乱し、家屋や屋台が壊され、おおよそ人が住んでいるような感じはしなかった。


「この辺りには住んでいる者はいません。……さあ、進みましょう。あと少しです。」


 俺達が街の様相に驚いていると、隊長が先へと促した。


 隊長さんの話では、この街の住人の大半は避難したとか。


 魔物被害が本格化してきて、避難する者が増えた。


 残ったのは魔王と魔王軍、その家族。


 だが、軍の者でも夜逃げするように街を出ていく者もいる。


 隊長さん達は夜逃げした人達が襲われたという情報を受けて、あの場所で魔物と戦闘していた。


《だが、紫電の魔術師については、あまりわからなかったな。》


 紫電の魔術師についても隊長さんに聞いた。


 カナタの事を紫電の魔術師だと疑っている人達に聞くのは変だったが、隊長さんは俺達が紫電の魔術師とは関係無いと思っているようで、知っていることを教えてくれた。


 紫電の魔術師は魔物被害が深刻な状態になってきた時から目撃されるようになった。


 紫色の魔方陣から魔法を放つ神出鬼没な魔術師。


 一部では、魔物を操り人を襲っているとも噂されているそうだ。


「酷いですね。」


 カナタの視線の先には、腕のとれたぬいぐるみが転がっていた。


――魔界のクマか?……ネビュラスの本体よりも良いセンスしてるな。


《あん?ケンカ売ってんのか?てか、俺の本体はぬいぐるみじゃねえからな。》


 隊長さんがぬいぐるみや壊された家屋を見て、悔しそうな悲しそうな顔をする。


「この街の惨状は魔物被害だけではありません。空き巣や盗賊と言った輩が空き家になった家を荒らしているのです。……今この街に残っている者は宮殿近くに住んでいますが、この辺りに家があった者もいます。……私にもっと力があれば……。」


「隊長さん……。」





「主様。お腹が空きましたね。お昼ご飯にしませんか?」


「え?」


 カナタが牢屋の中でランチタイム宣言をしてきた。


 カナタの言うように、おそらく時刻は昼過ぎだと思われる。


「もしかして、主様は、まだお腹空いてなかったですか?ああ、恥ずかしい。私だけお腹空いていたとか、まるで食いしん坊のようじゃないですか。」


 カナタが両手で顔を塞ぎながらしゃがみこむ。


「あ、いや、お腹空いたよ。もうペコペコさ~。……カナタ。一つ聞いて良い?昼ごはん持ってきたの?」


 カナタにお腹ペコペコアピールをする。


「はい!こんなこともあろうかとゼリオス様のお家で、腕によりをかけたお弁当を作ってきました!」


 カナタが紫色の魔方陣から机や椅子、テーブルクロスを取り出す。


――紫色の魔方陣か。得意属性が関係しているんだっけ?


《ああ。相棒の属性はわからなかったが、カナタは確か闇系だったな。》


 カナタが牢屋の空間をランチに相応しい姿へと変化させていく。


 床の埃は消え、壁紙も明るい色になり、照明も豪華なものがついた。


 テーブルの上には弁当というよりは、フルコースのような食器や料理が並ぶ。


「さて、頂きましょうか。」


モグモグ


はぐはぐ


 カナタの作る料理は、いつも本当に美味しい。


 和食のようなものも出てくるからホント不思議だ。


モギュモギュ ゴクンッ


 次は、唐揚げを食べようかな。


モチャモチャ ヒョイッ


 あれ?唐揚げが無いぞ。


「ん?」


 ふと、隣を見ると知らないおっさんとばあさんが一緒に食卓を囲んでいた。


「あ、それは、我輩のものだ。勝手にとるな!メル婆。」


「何を言うか。これはあたすのもんぢゃよ。ずっと前から、そう決まっておる。」


 おっさんとばあさんは、唐揚げでケンカをし始めた。


「まだまだいっぱいありますからケンカしないでくださ~い。」


「おっそうか。すまないな。では、頂こう。」


「むむ。それは見えんかった。おぬす、やりおるな。」


 カナタがお代わりを皿に出すと、おっさんとばあさんが凄い勢いで食べ始める。


――何これ?ねぇ、なんでカナタはこの光景を自然と受け入れているの?……あれ、俺がおかしいのかな。このおっさんとばあさんって知り合いだったっけ?


 おっさんを見る。


 パーマがかった白髪のオールバック、山羊の角のように曲がった2本の角、鷹のように鋭い目、暗紫色の肌、整えられた立派な白い髭。身長は座っているためわかりづらいが小さくは見えない。


 服装はローブのようなものを羽織っているが、ローブの中をよく見ると高位の騎士が着るような高そうな鎧を着ている。


 ばあさんを見る。


 魔法使いのような三角帽子、後ろで結わいた白髪、眠たそうな目、ベージュ色の肌、身長はとても小さそうで、小学校低学年くらいの身長に見える。


 服装は黒いワンピースのようなものを着ている。


――んー。知らん!


ギー ガチャン


 背後でどこかの鍵が開いた音がした。


 そして、誰かがこちらへと走ってくる。



「はぁはぁ。……陛下、何をされているのですか?」


 走ってきたのは隊長さんだった。


「何って見ればわかるだろ。食事だ。」


 知らないおっさんが隊長さんに返答した。


「ハイカイン。これ、美味いぞ。お主も食べるのぢゃ。」


 知らないばあさんが唐揚げをフォークに刺して持ち上げた。


「メル婆様まで!」


 ハイカイン隊長は、おっさんとばあさんの様子を見て愕然としていた。


――隊長さん、気の毒に。……このおっさんが魔王かな。このばあさんは、メル婆様と呼ばれてたな。一応、偉い人なんだろうな。二人とも登場があれだったから、まったく偉い人に見えないけど。


《ふっ、変わったやつらだな。……しかし、騙されてなくて良かったな。牢屋でご飯食べてたら、向こうから来てくれたんだ。時間の節約にもなって丁度良い。結果オーライだ。》


「隊長さんも食べますか?まだまだあるので遠慮せずにどうぞ。」


 カナタが追加の料理を出しながら、隊長に料理を勧める。


「お姉さん。こっちのお代わりを貰えるかな?」


「あたすは、この金色の飲み物のお代わりをお願いするのぢゃ。」


「はーい!ちょっと待ってて下さいね。あ、主様も何か追加で出しましょうか?」


――カナタ……。何か違う方向に進んでないか……。


 結局、ハイカイン隊長も合流して、昼食を牢屋でとった。

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