第11話 冒険の始まり


《あ…ぼ…。お…、おきろ!……おりゃあぁ!》


ドスンッ


 唐突に強い衝撃を感じる。


「っ!いてててっ。」


《よう!モーニングショットのおかわりは、いるか?》


 目を開けると、おかしなぬいぐるみがベッドから見下ろすように仁王立ちしていた。


「なんだよ。もっと普通に起こせないのか。」


《優しくやっても、相棒が起きなかったから、しょうがない。相棒の為を思っての事だぜ。感謝しろよ。》


 このぬいぐるみ、いつかシバく。


 部屋に備え付けの洗面台で顔を洗いながら、ぬいぐるみに尋ねる。


「……で、そんな優しい豚っ鼻ちゃんが、なんで朝っぱらから、俺を床に叩きつけたんだ?」


《ん?そりゃあ……。……そうだ!チビ助がいないんだ!あいつ、俺の目を盗んで部屋から脱走しやがった。》


 ガルアの布団を見る。


「……またか。今度はどこに行ったんだ。……とりあえず、着替えるか。」


 クローゼットから普段着を取り出す。


 一月も経てば、女物の服も着慣れてくる。


 着替えながら、ネビュラスに聞く。


「魔力探知はしたのか?」


《当たり前だろ。……知ってると思うが、この家は爺さんが防犯目的で置いた魔力阻害の結界が様々なところにある。つまり、今の俺様のぬいぐるみパワーでは紙一重で出来ないことが多いんだな~。》


「都合の良い言い訳だな。」


《愛情表現の裏返しか?相棒は俺っちがいないと何も出来ないんだから。》


 ぬいぐるみがやれやれというジェスチャーをしている。


 シャツのボタンを止めながら、ふと気になった事を聞いてみる。


「今更なんだが、お前、俺の体見ても何とも思わないよな。カナタと風呂入る時は、毎回、《ふぉ〜!》って言うのに。……自分で言うのもなんだが、これでもかなりの美少女だぜ。」


 ポーズを決め、目の前のぬいぐるみを誘惑してみる。


《……なんだ?やきもちか?俺は、相棒や爺さんと違って、ロリコン趣味じゃないからな。まあ、そのなんだ、……ドンマイ!》



 おしゃべりぬいぐるみを部屋に残し、ガルアの捜索に繰り出す。


《よし、まずはキッチンだな。あの食いしん坊の事だ。きっとハムスターのような顔で「がぅ。」とか言ってるぜ。》


 部屋に残したのに……。


 俺はキッチンへと向かい、そこで朝食を作っているカナタに聞いた。


「ガルアちゃんですか?今日は見てないですね。うーん、あっ!ファードン様の所じゃないですか?なんだかんだ、ファードン様にも懐いているじゃないですか。」


「そ、そうか。ありがとう。」


《よし、次は、おっさんの所だな。ほら、何してんだ?チャキチャキ行くぞ、相棒。》


 キッチンで料理をしているカナタを思い出しながら、鍛冶場へと向かう。


――そりゃあ、カナタの方が大人っぽいし、ダイナマイトボディではある。


――けど、俺だって、最近胸が少しだけ大きくなっている……はず……。


 自分の胸に手を当て、大きさを確かめる。


――まったく、あいつらは。……「ロリコン」とか「ちんちくりん」とか言われた方は傷つくんだぞ!


――あれか、料理とかするべきか?家庭的な雰囲気が大事って、前世で誰かが言ってた気がする。



「お、どうした。こんな時間にこっちに来るなんて珍しいな。……俺になんかようか?」


 考え事をしていると、いつの間にか、ファードンが目の前にいた。


 ガルアを探している事を伝えると、ファードンも見ていないそうで、ゼリオス様の所じゃないかと言われる。


「俺は先に朝飯を食ってるぜ。」


「ああ、ありがとう。」


 ファードンとすれ違い、ゼリオス様の部屋を目指す。


「あっ!ちょっと待てハルカ。」


 後ろからファードンに呼び止められた。


「スカート、めくれてんぞ。相変わらず、ちんちくりんだな。」


――なっ!今、なんつったぁ?俺のどこがちんちくりんじゃぁ。てんめぇ、その目んたまほじくりだしてやろうか?ついでに金の玉も取って、ファー子ちゃんにしてやるよ。


 スカートの裾を直し、心の中でぶちギレながら、ファードンの背中を見送る。


《相棒。……なんかいつもごめんな。相棒だって……辛いよな。》


――やめろ、……優しい言葉は余計に悲しくなる。行くぞ、ネビュラス。





「こら、よさぬか。ああ駄目じゃ、そこは触ってはならん。ほれ、こっちじゃ。尻をここに乗せるんじゃ。そうじゃ。おぉ、よしよし、やれば出来るじゃないか。」


《相棒……。引き返さねぇ?》


 ゼリオス様の部屋の前にいると中から声が聞こえた。


――引き返したい気持ちもわかるが、捉え方次第だ。……卑猥に聞こえたが、それは俺達の脳が腐ってるからだ。……きれいな心で聞いてみろ。間違いなく、ガルアはここにいる。


《相棒に脳はあるが、俺は体そのものが無い。……純粋な心の持ち主の俺っちもチビ助は、ここにいるって思うぜ!》


――……。ふんっ。



 ノックをし、ゼリオス様の許可を得て、部屋に入る。


 部屋は以前来たときと比べると、散らかっていた。


 棚は倒れ、書類の束が散乱し、ガラスも割れていた。


がぅあ!


 ゼリオス様の執務机の上でチビドラゴンが片手を挙げていた。


 その姿は迎えが来て喜ぶ子供のようだ。


「ゼリオス様、すみません。ガルアがご迷惑をお掛けしたようで。」


「ほっほっほ。なかなかわんぱくじゃったよ。……では、片付けるとするかのぅ。ほいっと。」


 ゼリオス様が杖を振ると、棚が元の位置に戻り、書類も綺麗に整理され、割れていたガラスも新品のようになった。


《……バケモンだな。》


――おい、失礼だぞ。


「ハルカよ。おチビちゃんを連れて、先に食堂に行っておいてくれるか?……おチビちゃんが通信機器にもイタズラをしていたんじゃが、その時に少し気になる反応を見つけてのぅ。確認次第、わしも朝食を頂くとカナタに伝えてくれるか?」


 ガルアを引き取り、食堂へと向かう。


 ゼリオス様は、険しそうな顔で透明な板を操作し始めた。



 食堂では、ファードンが朝食をモリモリと食べていた。


 カナタにゼリオス様の伝言を伝え、カナタとガルアと一緒に朝食を頂く。




 朝食を食べ終え、食後のコーヒーを飲んでいると、ゼリオス様が食堂に入ってきた。


 何かあったのか、その表情は優れない。


「ん?どうしたんだ爺さん。いつになく深刻な顔して。」


 ファードンも何かを感じ取ったようだ。


「うむ。……どうやら、旧世界の様子がおかしいようじゃ。……特に魔界の状態が悪い。……魔力濃度が不安定になっておってのぅ、数日以内に魔力災害が起こるかもしれん。」


――ん、どういうこと?


《魔力が多過ぎると、魔物の異常発生や高魔力による地震・噴火、豪雨・落雷といった天変地異が起こることがある。……逆に少な過ぎると、魔法が使えなくなったり、魔力欠乏症や魔菌感染症といった病気が蔓延することがあるんだぜ。》


 ネビュラスがスラスラと解説してくれた。


――……こういう時は、頼りになるな。


「よし、ハルカ行ってこい!」


「「えっ?」」「ぬっ?」《あ?》


 ファードンの突撃命令に、この場にいた全員が驚く。


「ちょっと待つのじゃ、ファードン。ハルカは明日、別世界に出張じゃ。ハルカが行くとしても出張から帰ってきてからじゃ。」


「だがよ爺さん。……爺さんがそんなに焦っているって事は、事態は俺達が思っているよりもやばいんじゃねぇのか?今すぐに行かないと、取り返しのつかない事になるかもしれねぇ。……。(――むしろ、既に何か起きているかもな。)」


「じゃが……。」


 ゼリオス様はファードンの言葉を否定しきれず、たじろいでいるように見える。


「あっ!じゃあ、私が行きます。私が主様の代わりに旧世界に行ってきて、情報を集めてきます。」


 カナタが手を挙げ、意見を主張した。


《ちっ!めんどくせぇことになったな。魔力濃度が不安定な世界に神が行くと、神の聖なる魔力によって、世界がより不安定になる可能性がある。爺さんとおっさんは神だから、旧世界に行くのは、なるべく避けたい。だから、亜神くらいの存在の相棒が行く方が望ましい。……ってことは、出張の方を二人のどちらかに代わってもらえばいいんじゃね?》


「おいハルカ。お前も黙ってないで何か意見を言ったらどうだ。カナタだって、覚悟を決めてるってのに、主のお前がだんまりは、良くないんじゃねぇか?」


 ネビュラスと相談していたら、ファードンが俺に詰め寄ってきた。


 それを見たカナタは俺を守るように庇い始めた。


「ファードン様、何もそんな言い方しなくても。」


「……ハルカよぉ。お前の本来の使命は何だ?……七つの旧世界を旅して、そこに住んでるやつを救う事じゃなかったのか?お前の覚悟はそんなもんなのか?……出張なんてほっぽりだしたらいいじゃねぇか。」


《お!出張行かなくていいってよ。》


 ファードンの言葉を聞いたゼリオス様は慌ててファードンに詰め寄る。


「これファードン、出張は大事じゃ。それに出張先は、ごにょごにょ。ごにょごにょのごにょごーにょ。」


「なんだって!じゃあ、どうすんだよ。ごにょごにょのーごーにょごーにょごにょにょ。」


 やがて、2人が内緒話をやめる。


「……。(――お主がカッコつけるからいけないんじゃ。)」


「……。(――ちっ!しょうがねえ。)ハルカ!一日だけ魔界行ってこい!とりあえず状況確認だけでもいい。やれるだけやってこい。」


《ん?どうしてそうなった?》


「ハルカ。……明日の出張も大事な仕事じゃ。お主にとって、とても良い経験となるじゃろう。時間は少ないが、行ってきてくれるか?」


《おいおい!丁寧に言ってるが、無茶苦茶な事言ってるのわかってるのか?》


 ネビュラスが声を荒げた。


「わかりました。行ってきます。」


《おいっ!》


「よく言った!」


「すまない。」


「主様、お供いたします。」


 俺の決断にネビュラスを含め、四者四様の反応があった。


――仕方ないだろ。出張の方も何か事情があるみたいだし。……ちゃちゃっと行ってこようぜ。あのトーマスさんを一方的に倒せるんだから、魔界の異変なんて楽勝だろ?……軽口を叩くいつものネビュラスさんは、どこに行ったのかな?


《……ちっ!わかったよ。(――正常な判断が出来ない相棒に代わって、俺がしっかりするしかねぇな。ちっ!嫌な予感がするぜ。)》


 ネビュラスを説得していると、ゼリオス様が何かを懐から取り出した。


「ハルカ。これを持っていくと良い。」


 ゼリオス様が渡してきたのは、お守りのようなものだった。


 布地のお守りは、ややくたびれて見えたが、貰った瞬間、不思議と落ち着くような、どことなく安心感があるような感覚を覚えた。


「ゼリオス様、ありがとうございます。」


「ほっほっほ。そいつは、とある世界では御守りと呼ばれておってのぅ。持ち主の危機に力になってくれるという言い伝えがあるんじゃ。中は開けてはいけないそうじゃから、そのまま肌身離さず持っておくのじゃよ。」


 ゼリオス様が微笑みながら、御守りについて説明してくれた。


――俺の故郷にあるものと、そっくりなお話だな。


「じゃあ、俺からは、これだ!」


 ファードンが満を持して取り出したのは、金属製の鍵のようなものだった。


 ゼリオス様がくれた御守りに対して、こちらはピカピカの新品のようで、表面に傷が無く、鏡のように研磨されていた。


「これは、俺が最近作った自信作だ。ゲートキーと名付けた。こいつは言うなれば転移の魔道具だ。魔法陣無しで転移ができる。作ったばかりであまり試してないから、俺もよくわかってないがな。がっはっは!」


 自信満々で笑うファードンから鍵を受け取るも、この魔道具の必要性に疑問を感じた。


「……ファードン。俺、転移できるんだけど。」


「ん?……ああ、ハルカ。お前、魔界に転移出来るのか?」


「あっ!」


 ファードンは、俺の反応に気分を良くしたのか、ゲートキーについて説明を始めた。


「要は行った事ない場所に転移出来るのかって事だが、ゲートキーは魔力を持ったものが行き先を設定すれば、新たに設定するまで転移場所が固定される。

 つまり、魔界に転移できる者がゲートキーに行き先を登録すれば、その後は誰でも、魔力無し、魔法陣無しで転移が出来る。」


「おい、ファードン!そんな話はわしも聞いておらんぞ。」


 ゼリオス様もファードンの衝撃発言に驚いていた。


「この際だ。今、魔界に繋げちまうか。」


 俺はファードンにゲートキーを返すと、ファードンが魔力を込め始めた。


 すると、目の前に転移門に似た扉のようなものが現れた。


「よし、出来たぞ。……行き先が設定されたゲートキーで扉の鍵を開ける。……この先は魔界だ。」


 ファードンが扉を開くと、扉の向こうは白く霞んで見えないが、何やら不思議な気配を感じた。


バタンッ


「とまあ、使い方は簡単だ。ただのドアだ。」


――ちょっと待て、どこ○もドアじゃねぇか。


「ちなみに魔界の方は、魔力濃度の安定しているどこだかの遺跡にしといたぜ。帰ってくる時は、その遺跡から帰ってくるか、魔力濃度の落ち着いた場所で新たに転移の設定をすればいい。」


「なんだかとてもすごいですね。」


 俺もカナタと同じような感想を抱いた。


「ファードン。後でその魔道具について、少し話をしようかのぅ。……なに、怒っとるわけではない。お主の大発明の有用性と今後の実用化について話したいだけじゃ。」


 ゼリオス様は、さすが世界の管理者なのか、この魔道具に対する受け止め方も俺達と違うようだった。


「あ、ああ。わかった。……とまあ、説明は以上だが、何か質問はあるか?……といっても、俺もあまり、わかってないことの方が多い。(――ハルカの異世界の話聞きながら、適当に作ったら出来上がったとは、言えねぇな。)」


《ほぅ。このおっさん、たまには役に立つんだな。》




 質問は特に無いと答え、俺とカナタは魔界に向かうため装備を整えた。


「ハルカよ。……頼んだのじゃ。気をつけてな。」


 ゼリオス様は俺たちの事が心配なのか、顔は笑顔だが、どことなく表情は暗い。


「がっはっは!ちゃんと一日で帰ってくるんだぞ。」


 対してファードンの表情は明るい。


「主様は、私が守ります。」


 カナタも気合が入っているようだ。


「では、行って参ります。」


ガチャッ


 いざ、魔界へ!


 こうして、俺とカナタは旧世界の一つ目、魔界へと転移した。




俺達が魔界へと旅立った後。


「行ったか。」


「ふむ、大丈夫かのぅ。」


「なに言ってんだ。余裕だろう。」


「まあ、そうじゃな。」


「お?……おお?……爺さん、こいつは少し厄介な事になるかもしれねぇな。」


 ファードンが何かに気づき、ハルカ達の旅を不安に思う。


「なんじゃ?……ふむ。まあ、それは大丈夫じゃろう。……さて、わしも腹が空いたのぅ。朝食でも食べるとしようか。」


 ゼリオスもそれに気づくが、空腹の方が気になったのか、キッチンへと入っていった。


「さて、俺も仕事すっかな。」


 ファードンは自分の仕事場へと向かった。

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