第二章 魔界編

第10話 新生活


 魔法が使えるようになってから、一月程。


 俺は新世界で、仕事に遊びに冒険に、楽しみながら様々な事を体験した。


 ゼリオス様の家の探検では、カナタがガルアを追いかけ迷子になったり。


 開拓中の新世界でピクニックやハイキングしたり。


 カナタと人形遊びしたり。


 ゼリオス様の家にある図書室で魔法の勉強したり。


 トーマスや親衛隊の皆さんと戦闘訓練したり。


 ファードンと鍛治をしてみたり。


 魔力の適正を見たら、結果が出なかったり。


 本当に色々な事があったな。



 驚いた事といえば、ファードンとミランダさんは兄弟だという事。


 ファードンが兄でミランダさんが弟。


 2人の仲は、あまり良くないみたいで、ミランダさんがファードンの事を苦手としているみたい。


 ファードンから聞いた話だから、ミランダさんが本当はどう思っているのかは、わからないけど。


 ゼリオス様の事を父のように慕っているミランダさんは、あれから一度も現れていない。


 兄弟2人ともドワーフから神になったって、すごいね。




《相棒。そろそろいいんじゃねぇか?》


 俺は山で木材を切り出していた。


 魔力を制御できるようになり、魔法が使えるようになったから、木材の切り出しや加工も順調に進む。


――一月前は、これが出来なくて絶望してたな。


 作った木材を収納する。


「さて、帰るか。……ガルア!帰るぞ。」


ギュルア!


 大きな竜が木に実っている果物を食べるのをやめて、こちらに向かって飛んでくる。


 火竜のガルアだ。


 ガルアは体の大きさを自由に変えられるようで、家にいる時は豆柴くらいのサイズの小型ドラゴン、新世界で外にいる時は体長30m程の巨竜になる。


《……都合の良いドラゴンだな。》


――うるせーよ。ガルアはお前と違って、相手の気持ちを考えられるんだろうよ。



 ガルアに乗って街に帰る。


 最初の頃は、みんなガルアを見て驚いていた。


 今では慣れたのか、俺とガルアが街に来ても大きな騒ぎにはならなくなった。


 ガルアに指示を出して、町の外の平原に降りてもらう。


 ガルアから降りて、ガルアを肩に乗せる。


 街へと向かい、山羊のオブジェが屋根の上に飾ってある建物に入る。


「ハルカ様。いつも手伝って頂きありがとうございます。」


 人の良さそうな男が迎えてくれる。


「サイジリアス、言われた資材は運んできた。余分に木材を調達してきたんだけど、どこに運べばいい?」


「では、こちらの海辺の開発中の街に運んでいただけると助かります。ここはとても遠いので、ハルカ様に行って頂けると、とてもありがたいです。」


「わかった。その他に急ぎの仕事はある?」


「そうですね、ゼリオス様より言伝を預かっております。急ぎではないそうですが、本日、部屋に来て欲しいそうです。」


「わかった。じゃあ、行ってくるね。」


「はい、お願い致します。」


 サイジリアスのいる街は、開発が終了し、一応完成した。


 現在も開拓の本部として使っており、人の往来は多い。



 ガルアに乗って新世界を回るようになって、新世界の地形がわかってきた。


 前にサイジリアスに聞いたように大陸は大小1つずつあった。


 開拓の本部の街は大きい方の大陸のほぼ中央にあり、そこから各地へと開拓を行っていた。


 小さい方の大陸、といってもすごいでかいんだが、そっちは主に環境の整備をしているようで、居住区画の開発はまだ行われていない。


 今から向かう海辺の街は小さい大陸と接する位置にあり、この海辺の街の開発が終わったら、小さい方の大陸の開発が本格化していくそうだ。



 ガルアに乗って飛んでいると、目的の街が見えてきた。


「ガルア、あそこだ。あの海辺の砂浜に降ろしてくれ。」


ギュルア!


 ガルアから降りて海辺の街の拠点に向かう。


《なあ、転移で移動しようぜ。そっちの方が早いだろ。》


――何度も言ってるだろ。実地で見てみないとわからない事もあるって。これも神の仕事の内だし、まずは基礎を大事にしないと。


《かぁ〜、真面目だね~。》



 拠点で資材を運んできたことを伝え、資材置き場に大量の木材や石材を分けて納品する。


 収納の魔法は本当に便利だね。


 サイジリアスが言うには、収納の魔法や転移の魔法といった空間系の魔法が使える人は元親衛隊の人達でも数えるほどしかいないそうだ。


 だから、俺が開拓を手伝うようになって、開拓の計画を早められているとサイジリアスが喜んでいた。



「ハルカ様!今日もお仕事ですか?ストイックですな。」


 突如、背後から声が掛かる。


――この声と、このタイミングは。


《また、あいつか。》


 後ろを振り返ると、トーマスと元親衛隊の方々がいた。


 みんな、汗だくで砂まみれになっている。


 トーマスの格好も執事服ではなく、動きやすそうな軍服だ。


「トーマス。今日もか?」


「はい。是非、今日も稽古をつけて頂きたいです。」


 一月前、魔力制御が出来るようになってすぐ、トーマスと戦闘訓練を行った。


 魔法が使えるようになった俺は、自重もせず、最大威力で魔法をぶっ放してしまった。


 結果は、俺の圧勝。


 トーマスは余程悔しかったのか、翌日から毎日、戦闘訓練を挑んでくるようになった。

 

 だが、この時はトーマス一人だけだった。


 ここから元親衛隊が参加してくるようになったのは、これまた自重を間違えた俺のせいだ。


 高威力の魔法を使って圧勝というのは、大人げなかった。


 反省した俺は、身体強化魔法と空間魔法を用いた体術のみで、戦闘訓練の相手をした。


 身体強化魔法で筋力や速度を最大まで上げ、空間魔法で足場を作って立体的に移動し、物理攻撃の威力を空間魔法の振動の力で増幅した。


 結果は、俺の圧勝。


 トーマスの周囲を高速?音速?の速度で上下という立体的な移動も含めて跳び回り、親衛隊の隊長の防御力を持ってしても防げないほどの圧倒的な攻撃力による一撃でノックダウン!


 連日破れ続けたトーマスはスマートという単語を封印した。


 俺はトーマスからスマートを奪ってしまった後ろめたさから、稽古という形で指導し、免許皆伝したらスマートを自由に使えという謎の師範になることに。


 そしてトーマスが、どうせ鍛えてもらうならと元親衛隊の人達を招集した。


 最近は、この海岸の街の砂浜で自主トレをしているようだ。



《付き合わされてる部下が可哀想だな。》


 トーマスの目が怖い。


 元親衛隊の方々の目も死んでいて、ある意味怖い。


「はぁ。……しょうがない。やるか。」


《相棒も物好きだな。手加減してやれよ。》


「では、皆のもの!ストイックに行くぞぉ!」




 海岸の街の伝説。


 夕陽が見える砂浜に、群がる兵共。


 対するは、銀色の髪を纏う可憐な少女。


 侮るなかれ、魔の王は千変万化。


 流るるは漢共の熱き血潮。


 千切っては投げ、最後に笑うは、夕焼けに染まる三日月の口。




《……こんなのどう?》


――……好きにしろ。





 さて、今日の仕事は終わりにしてゼリオス様の家に帰ろうかな。ゼリオス様から話があるみたいだし。


《大の男をダース単位で投げ飛ばした後とは思えない爽やかな仕事の終わり方だな。》


――うるさい。お前だって、共犯だろ。


「ガルア、帰るよ。」


がぅあ


シュンッ


 転移でゼリオス様の家に帰る。


 ゼリオス様の家や庭、その周辺は神域のため、徒歩やガルアに乗っても辿り着けないそうだ。



「ただいまー。」


「あ、おかえりなさーい。主様。」


 カナタがキッチンから顔を出す。


 いい匂いがする。たぶん今日はハンバーグだ。


「もうすぐ夕食の準備ができます。先にお風呂に入ってますか?」


「ん、そうだな。ゼリオス様はどうしてる?」


「自室におられると思います。」


「じゃあ、ちょっとゼリオス様と話をしてくるよ。」


「わかりました。では、話が終わりましたら、一緒に食堂に来てくださいね。ご飯の準備ができていると思いますので。」


「ああ、わかった。」


 ゼリオス様の部屋へと向かう。


 向かう途中、ファードンが鍛冶場にいるのが見えた。


 今日は何を作っているのだろうか。


 この前ファードンに、地球の話をしたら、リニアモーターカーを作るとか言い出して大変だったな。


 あまり変な事を言うのはやめようと思ったよ。



コンコン


「ハルカです。ゼリオス様、入っても宜しいでしょうか?」


「うむ、良いぞー。」


 ゼリオス様の部屋に入る。


 ゼリオス様は執務机で書類と透明な板を見て、事務作業をしていた。


 あの透明な板は、地球で言うパソコンやスマートフォン的なものらしい。


 神様同士のやり取りで使っているみたいだ。


「うむ、ハルカよ。よく来てくれた。急な呼び出しすまんかったのぅ。昼前に連絡が来たんじゃが、他の世界の神から出張の依頼が来てのぅ。新しい世界を作るそうで、人員を集めているそうじゃ。今のお主なら、他の世界でも大丈夫じゃろう。行ってきてくれるか?」


 ゼリオス様が透明な板から目を外し、用件を伝えてきた。


「わかりました。具体的に何をすれば良いのでしょうか?」


「うむ、そうじゃのぅ。……依頼は……お、あったあった。……明後日?」


 透明な板を確認するゼリオス様の笑顔が崩れ、一瞬、無表情になり、その後怒りを露わにし始めた。


「明後日じゃと!急すぎるじゃろう!こっちの予定も考えんと図々しいやつじゃ!一体どこのどいつじゃ?……。あ。くっ、……。(――仕方ないか。)」


 依頼主を確認したゼリオス様は、何故か矛を収め、悔しそうにしていた。


《ホント、この爺さん、面白いな。》


――いろいろあるんだよ。きっと。


「ハルカ。……急ですまないが、明後日行ってきてくれるか?……お主の為にもなると思うのじゃ。」


「わかりました。」


 承諾し、ゼリオス様から依頼の内容を聞く。


「ほぅ。新世界の誕生は明日か。そうするとハルカが行く日は世界の誕生二日目じゃな。二日目には海や最初の島はできておるじゃろうから、島の拡大や海の拡張、緑地の活性化とかじゃろうな。後は、不馴れな人民に開拓の指導とかもするかもしれんのぅ。まあ、行ってみればわかるじゃろう。まだ二日目じゃから、助っ人の神もいっぱい来ておるし、意外と暇な時もあるからのぅ。ほっほっほ。」


《あ?なんだって?よくわからん。》


「なんだか会社みたいですね。」


「ん、会社とはなんじゃ。むむ、ああ、お主の世界にあった組織のことじゃな。うむ、そうじゃな。まあ、この神々の世界も協力関係とはいえ、上下関係もあるからのぅ。しょうがないんじゃ。持ちつ持たれつじゃ。

 あ、そうじゃ。お主は時期が中途半端じゃったから、まだ無いと思うのじゃが、新神研修しんじんけんしゅうもあるからのぅ。また連絡が来ると思うからその時は行ってくるのじゃよ。」


「あ、はい、わかりました。」


――新人研修って、まじで、会社かよ。


「よし、では、夕食を食べに向かうとしようかのぅ。」



 俺達は食堂に入り、夕食を食べた。


 夕食はやっぱりハンバーグだった。


 ガルアもとても美味しそうに食べていた。


 そして、みんなで今日の出来事を話して、いつも通りカナタとガルアと一緒に風呂に入って、ネビュラスの悪態を聞いて、布団に潜り、今日も一日が終わる。



 平和な日々だなぁ。


 明後日は他の世界の助っ人かぁ。


 ゼリオス様も言ってたけど、急だな。


 神々の世界って不思議だな。


 時期が中途半端な新神研修って、中途入社のサラリーマンかよ。


 なんだろう、人間?神?……って働く生き物なのかな。


 退屈しないからいいけどさ。


 明日は何しようかな。


 出張の準備でもするかな。





「おい、何もこんな夜中じゃなくてもいいだろ。」


「だまれ。もうこんな所にいられるか。……文句言うならついて来なくてもいいんだぞ。」


 月明かりに照らされた影が2つ。


 逃げるように、先を急ぐ。


 目指すは、街の出口。


 男二人は街の出口に着くと、屯していた集団に話しかけた。


「おい、待ってくれ。俺達も行く。」


「……これから砂漠を越える。今日は月が出ているから比較的安全だ。……だが、雲が現れたら後ろを振り返るな。何が起ころうとも。」


「わかった。」


 集団は砂漠を行く。



 歩き始めてから、どれくらい経ったか。


 男は聞き慣れない音を聞く。


ゴゴゴゴゴゴ


 男は小声で尋ねる。


「なぁ、この音なんだ。」


「あぁ?……風の音だろ。」


「……そうか。……風の音か。」


 男は風の音だと納得したが、この耳障りな音が気になり、周囲を見渡す。


「ん?」


 一瞬、紫色の光が見えた気がした。


 ここは砂漠のど真ん中、街からは既にかなりの距離がある。


 こんな所に人がいるわけがない。


 今は急いで砂漠を渡らなければ。


ゴゴゴゴゴゴ


 音が大きくなった。


 音は後ろから聞こえる。


 後ろを見るが、何も見えない。


「おい、月がないぞ。」


 男は空を見上げた。


 月が消え、暗闇が支配していた。


ドドドドドドドッ


「っ!走れ!」


 男は一目散に走った。


ザシュッ


「ぎゃあぁぁ!」


 後ろから、悲鳴が聞こえる。


ザシュッ


ザシュッ


グチャッ


ベチャッ


ベチャッ




 月が現れ、辺りは静寂に包まれる。


「…………。」



「……嗚呼、命の儚さよ。……その散り際は美しい。」


 月が砂丘を照らすが声の主とおぼしき者は見当たらない。


「……さあ、行こうか。」


 月が紫色に輝く。

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