第8話―2 魔王降臨


「諦めるんじゃねえ!」


 俺の手がティアラから離れかけたとき、ファードンが俺の手を抑え、ティアラに触れさせる。


「ファードン!?」


「くっ!……お前の言葉、聞こえてたぞ!……うがっ!誰が仏頂面だ!」


「ファードン!?……なんか俺よりも辛そう。」


「うっ!そりゃ…そうだろ。ぐぉっ!魔力の嵐の中に強引に割り込んだんだからな。」


「……ファードン。俺一人で頑張れるから、離して!」


「がっ!いや、あと、もうちょっとなんだ。うっ!このままいくぞ。」



 魔力の吸収の勢いが弱まり、ティアラの輝きが落ち着く。


「もういいだろう。」


 ファードンがそう言うので、手をティアラから離す。


 俺はごっそりと魔力を抜かれ、ふらつくものの、達成感を感じ、気分はとっても良かった。


「ふぅ。なんとかできたな。一時はどうなるかと思ったぞ。こっちは声をかけて励まし続けていたのに、いきなり悪口を言われるわ、もうダメだ〜、離す〜、なんて言うから慌てて手を掴んじまった。」


 ファードンが俺の声真似をしながら、冗談混じりな苦言を言ってきた。


「はは、ありがとうございます。ファードン様のお陰です。」


「がっはっは!……まあいい、それよりも完成したそれを着けてみろよ。」


 俺はティアラを頭に着け、目を瞑る。


「うっ!」


 ティアラから魔力が流れてくるのを感じる。


 流れてきた魔力が俺の魔力を溶かすように混ざりあっていく。


――俺の魔力のほとんどは氷のように固まってたのか。


 固まっていた魔力が溶けていく。


パリンッ


 俺の中の何かが砕けるような音がした。


《よう、意外と早かったな。》


 誰かが話しかけてきた気がする。


――誰だ?この感じ、前にも……。


《お前の魔力が暴走しかけた時だな。》


――なっ!会話になっている?……俺の心を読んでいるのか?


《そんなに驚くなよ。……、一つ忠告だ。声に出して会話すると、外にいるおっさんに変なやつだと思われるから、このまま目を瞑ったままで心の中で喋れよ。》


 謎の声が忠告というよりは、命令してきた。


――……。お前は、一体何者なんだ?


《……何者か。……さあな。俺にもどう答えたら良いのかわからねぇ。気づいたら、お前の中にいた。わかるのは、俺もお前も半端者ということだけだ。》


――半端者?なんだそれ?


《あーんっ?そこら辺にいた神が言ってたじゃねぇか。魂が欠けてるって。どういうわけか、俺の魂はお前の魂にくっついちまってる。まあ、仲良くやっていこうぜ、兄弟!》


 謎の声は調子の良さそうな声で話してきた。


――お前に兄弟とか言われたくないね。


《つれねぇな~。……あ、女の子になっちまったから、姉妹だったか。うじうじお姉さま。》


――……お前、性格最悪だな。


《もしかして、怒ってる?ごめんごめん。怒らせるつもりはなかった。俺も久しぶりのシャバに出れて舞い上がっちまったんだな~。だから、許してくれよぉ。俺達は同じ体に住む親愛なる隣人なんだからさ。》


――お前なんかが親愛なる隣人とかお断りだ。


《ひっどーい。それに、さっきからお前、お前って酷くな~い。あちしにも、名前ってものがあるんですぅ~。》


 謎の声は相変わらずふざけた調子で喋る。


――お前だって、お前って言ってたくせに。……で、お前の名前は?


 俺は面倒臭くなりながらも、謎の声の名前を聞いてみた。


《えーっと。……。あれ?……何だっけ?》


――てめぇ、自分の名前忘れるとか、バカなのか?バカなんだよな!さっきのやり取りはなんだったんだよ!


 俺は、謎の声のありえないボケに対して、堪忍袋の緒が切れそうになった。


《いや、ちょっと待て。あれ?おかしいな。……思い出すから。うーん。……。》


――……。


《……。ネビュラス。じゃあ、ネビュラスで!》


――「じゃあ」って何だよ。今つけただろ。


《うっせー。俺の名前はネビュラスだ。揚げ足取んじゃねぇ。……!うっせーついでに、お前の連れの神も何か騒いでるぞ。》


――えっ!



「はぁ、はぁっ。ちっ!何でこんなところにいやがる。……おい!ハルカ!いい加減、目ぇ、覚ませ!」


「んっ?……。」


 気がつくと俺はファードンに担がれ、ファードンは全力疾走していた。


 そして、ファードンの背中から顔を上げると、深紅の竜が追いかけてきていた。


ギュルアーー!!


「うぎゃぁぁー!!」


「うるせー!!はぁ、はぁ。……やっと目ぇ覚めたか。」


「ファードン、あれは?」


「火竜だ。」


《あの大きな翼、強靭な四肢に、長い尻尾。あの個体は、火竜の中でも最上位の個体だな。》


「ん?お前?」


「どうしたハルカ?……今は逃げるので精一杯だから話は後だ!」


 急にネビュラスが話し始め、反応してしまった俺はファードンに怒られてしまった。


《お前じゃない。ネビュラスだ。》


――……。急に話しかけるなよ。怒られただろっ!


《さっき、忠告したじゃねぇか。……まあいい。おそらく、あいつは、この付近に生息していて、俺達の騒ぎに気づいて出てきたんだろうな。》


 ネビュラスの落ち着いた声が聞こえる。


――おい、無視すんな!なに真面目に解説してんだ。


《……。ところで、なぜ逃げているんだ?》


――なぜって、山で竜に出会ったら逃げるだろ。それとも死んだふりするか?


《……相棒はバカだな。……先が思いやられる。》


――バカとはなんだ。バカって言った奴がバカなんだぞ。


《……。せっかく魔力が制御できるようになったのに、使わないつもりか?》


――えっ。……戦うの?……いや、あれは無理だろ。強すぎるって。


《戦力の分析もできないとは……情けない。……自分の魔力と相手の魔力をよく見てみるんだな。》


 ネビュラスに言われてハッとした俺は魔力感知を使うことにした。


――わかった。……魔力感知発動!


 ファードンの肩の上で目を瞑り、魔力の感知を行うと、今まで見えなかったものが見えてきた。


 近くにはファードンの魔力。


 この空間の魔力、火山に漂う魔力。


 一際大きな魔力の反応。追いかけてきている。


――これが火竜の魔力か。


 魔力に敵意のようなものが混じっている気がした。


――……俺の魔力。……。底が見えない。……なんだこれ。最強か?


「ははっ。いける。いけるぞ。」


 俺は無意識に身体強化を掛け、ファードンの肩から飛び降りる。


「なっ!ハルカ!」


 眼前には深紅の巨竜が、迫ってきている。


 俺は足を肩幅に広げ、構える。


《おい、ちょっと待て。お前、魔法知らないだろ?……今までお前が魔法だと思ってたやつ、魔力の塊を放出してただけだからな。》


――え?そうなの?……勢いよく飛び出しちゃったけど……どうしよう。……直殴りとかじゃダメ?


《……はぁ。ここに来て、それじゃカッコよくないだろ。……俺が手伝ってやる。……お前は、やりたいことを魔力を込めて念じろ。俺がそれを形にしてやる。》


――オーケー相棒!いっちょやってやろうぜ!


 火竜が目前に迫る。


ギュルアーー!


 火竜の咆哮が轟く。


 相対するは、魔王。


「行くぜぇ!」


「くっ、ハルカ!戻ってこい(――くそっ、間に合わねえ。)」


――もう熱いのは懲り懲りなんだよ!


「凍ってしまえ!」


熱帯夜に欲しい一撃ブリザード・ナイトメア


シャキーン!


 魔法が放たれると、辺りは様変わりし、凍土のような光景が広がる。


 マグマが広がる火山の景色も圧巻だったが、氷の結晶が煌めく凍土の景色も荘厳である。


 火竜は、至近距離で魔法が直撃したため、氷像のように固まっていた。


《ほう、これは芸術的だな》


――……おい、《熱帯夜に欲しい一撃》ってなんだ?


《いや、カッコつけすぎるのもどうかと思ってな。熱帯夜にこれを食らったら、気持ちよく寝れるかな〜って。》


――……安らかに永眠しちまうだろうな。


《なに上手いこと言ってんだ?》


――……。


《……わかったよ。次からは、善処する。……まあ、多めに見てくれよ。使った魔法は本物だからさ。……相棒の魔力が多すぎて、威力が桁違いになってるが。》


 ネビュラスとのくだらない雑談を終わらせ、周囲を確認すると、ファードンがこちらを見て固まっている。


――あれ?ファードンも凍らせちゃったかな。

 


「……。(…………これが本当の魔王の力か。やってくれるじゃねえか。)……やるなら、やるって言えよ。心配したじゃねぇか。」


 ファードンは凍ってなかったようだ。


「ごめんなさい。……俺も無我夢中で。」


「……火竜を一撃とはな。それに火山が冬の山になっちまった。……お前、どんな魔法使ったんだよ。」


 改めて振り返り、辺りを見回す。


 俺の視界は、一面の銀世界。


 ついさっきまで、ここが火山だったとは、誰も想像できないだろう。


――いろいろあったけど、ついに魔法が使えるようになった。はは、やったー。


《俺様のお陰だがな。ほれ、最大級の敬意を示せ。》


――……うるさい。人がせっかく喜んでいるのに水を差すな。


《つれねぇな〜。……まあいいや。面白いもん見れたし。……ところで、このおっさんの作業場、無くなっちまったな。》


――あ……。


 先程ティアラを作った黒い台座は、当然のことながら、氷の中に埋もれていた。


「作業場が……。」


「ん?ああ。まあ気にすんな。……作業場なら他にもあるから大丈夫だ。」


「すみません。」


「いつまでもウジウジしてんじゃねぇ。目的は達成したんだから、それでいいじゃねぇか。……ほら、喜べ。」


「や、やったー。」


「何を恥ずかしがってんだ。喜ぶ時は笑顔なんだよ。ほら、一緒に笑うぞ。がっはっは!」


「あっはっは!」





 ハルカのやつがいきなり魔法を使った時は驚いたぜ。


 あの火山が凍っちまうなんてな。


 ゼリオスの爺さんには話しておく必要があるな。



 ……もしかして俺は大変な事をしちまったか。


 まあ、あいつの性格なら大丈夫そうだが、気をつけて見ていく必要がありそうだな。


 間違っても災厄の魔王になんてなるなよ。


 俺はお前と敵対したくはないからな。

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