第8話―1 魔王降臨


 暑い。本当に暑い。


 ファードンに連れてこられたのは、ファードンが管理するという異世界。


 俺は前を歩くファードンについていく。


 ファードンの目指す先には、絶賛噴火中の火山がある。


 俺達の目的地は火山の火口付近。そこにファードンの作業場があるそうだ。


 歩き始めて一時間は経っているが、まだ着かない。


 転移で火口付近に行けないか聞いたが、火口付近は魔力濃度が異常に濃いため転移先を定められず、転移できないそうだ。


 この火山は元々は普通の山だったが、魔力が溜まり過ぎて溢れ、その魔力が山を火山へと変貌させた。


 今見える火山の噴火や流れる溶岩も溢れだした魔力の成れの果てだそうだ。


 どうしてそんなに魔力が溜まったのか聞いてみると、ファードンがこの辺りに住み始めたことが原因だそうだ。


 なんだかとんでもない話だな。


 そんなこんなで目的地に向かって歩きながらファードンと話をしていた。


「そういえばお前、転生者だろ?転生者には変わり者が多いからな。」


 ファードンが不意に、転生者かと聞いてきた。


――えっ!バレてる?しかも断定してる。


「え、何のことですか?……転生って何ですか?全然、言ってることがわからないなぁ。」


 俺は必死に誤魔化した。


「……。何言ってんだ?これでも俺は神だぞ。誤魔化せる訳ないだろ。」


――はい、ダメでしたー。


「……はい。多分、転生者です。……私自身、転生については、よくわからないのですが、ゼリオス様に体を作っていただきました。」


「なるほど、通常の転生じゃねえのか。それもややこしくしている原因だな。」


「時間がかかるということで、そのように。私は元々男だったのですが、このような少女の姿になってしまいました。」


「がっはっは!それは傑作だな!だからたまに口調がおかしかったのか。」


 ファードンが腹を抱えて笑い出した。


「え、口調、変でしたか?」


「ああ、カナタだったか、お前の従者と話す時、男っぽい口調だったな。」


「あ、そういえばそうですね。」


「まあ、俺達やトーマス達の前では問題ないだろうが、他の異世界では気を付けるんだな。がっはっは!……そうだ!今から練習しておくか?そもそも、もう女だしな。よし!今から男口調で話すのは禁止だ!」


「そんな、急にそんなこと言われても。」


 ファードンの無茶振りに難色を示していると、ファードンがズイッと顔を近づけてきた。

 

「お前のために言っているんだぞ。……あと、変に丁寧に話すのも禁止だ!お前は一応、神になるわけだしな。わかったか?」


「くっ。……え、ええ、わかりまし……わかったわ。」


 俺は、渋々女口調で話してみた。


「おう、それで良い。神の間には上下関係は無い!……まあ、師匠とかそういうのには敬語を使っても良いかもしれねえが……。

 おれも昔、ゼリオスの爺さんには相当世話になってな。今じゃ、あんな感じで話せる仲になったがな。……だから、ゼリオスの爺さんのためなら、なんだってするぜ。」


 ファードンが今までの粗暴な態度ではなく、義理堅い雰囲気からファードンの印象が少し変わって見えた。


「……ファードン、少し気になってたんだけど、意外と頭がよ……ろしいの?」


「はっ!お前、失礼なやつだな。まあ、お前の様子を見るためだったり、ゼリオスの爺さんに余計な心配をかけさせないためってのもあるがな。」


 ファードンが良い話風にまとめようとしていたので、少し突っ込んで聞いてみる。


「でも、そのわりに迷惑かけてない……かしら?」


「ああ、まあ、それはあれだな。羽目を外しすぎたな。……それよりもやっぱりお前の口調面白いな。悪ふざけで提案したが、お前、素直に言うこと聞くんだな。がっはっは!」


「えっ、悪ふざけだったんですか?」


「いや、半分は事実だ。まあ、おいおい、口調は治していけよ。それにしても、お前、本当におかしなやつだな。……だが、俺はお前の事嫌いじゃないぜ。」


 嫌いじゃないと言われ、少し動揺する。


――こんなむさ苦しいおっさんに好かれても嬉しくないはずなのに、俺は一体どうしたんだ。……体が女になったから、心も女になってきているのか。


「まあ、お前みたいなちんちくりんは、あと、500年は経たないと良い女になりそうもないがな。お、見えてきたぞ。あそこだ。」


――何気に貶された?



 ファードンが指差す先はマグマの中。


 マグマが光って見えにくいが、中央に陸地っぽい地面があり、そこには黒い台座が見える。


――なんか、マグマがボコボコ言ってるんだけど。しかも、会話してて忘れてたけど、めっちゃ暑い。


「よし!行くぞっ!」


 ファードンが俺の事を担ぎ上げ走り出した。


タッタッタッタ


 そして跳んだ。


「とぅ!」


「いやああぁー。」


「うるせー!黙ってろ!」


シュタッ


 ファードンは見事にマグマの中の浮島に着地した。


 着地すると俺を雑に肩から下ろし、その辺の岩場に座らせた。


 俺は滞空時間がとても長く感じ、生きた心地がしなかった。


「女っぽい口調の練習しろと言ったが、悲鳴出してんじゃねえよ。うるせえだろうが。……俺は準備してくるから、その辺で待ってろ。」


「は、ひゃい。」


――ああ、まださっきのが怖くて、変な声が出る。好きで叫んだんじゃないのに。


 辺りを眺めるが周りはマグマ一面。


――これってどうやって帰るんだろう。またジャンプするのかな?


――……はあ、あのマグマの中に落ちたら何も残らなそう。熱いとか言ってる場合じゃないんだろうな。


――あれ?そういえば、この場所暑くない。どういう事だ?


 俺が心を落ち着け、不思議だな〜と考えているところにファードンが準備を終わらせて戻ってくる。


「おう、待たせたな。台座の準備は完了だ。これから、例の装備品を作ろうと思う。

 一応、この場所が俺の作業場だ。この火口付近は魔力の濃度が特に高くてな、この前なんか、ただの鉄剣が大量の魔力を吸収して伝説の剣になっちまった。

 ……で、今回作るものは、お前の魔力を循環、制御するためのものだ。理屈は難しいんだが、お前のバカデカイ魔力を、魂だけの循環から、装備品を介した循環に変更することで、お前は魔力を自由に制御できるようになる、はずだ。」


「……ついに魔力を制御できるんですね。」


 俺は魔力を制御できるようになると言われ、嬉しさとも違うなんとも言い難い気持ちが湧き上がってきた。


「理論上はな。……作成手順を説明する。まず、魔力に親和性の高い素材で装備品の形を作る。その後、この火山の魔力を使って装備品に魔力回路を刻む。

 ここまではお前は何もやらなくていい。その辺で鼻歌でも歌ってろ。

 装備品の準備ができたら、お前の魔力を装備品に吸収させて馴染ませる。魔力の波長が安定すれば完成だ。

 お前がやることは、ただ一つ。俺が良いと言うまで、装備品に手を触れ続けていろ。装備品がお前の魔力を勝手に吸い上げるから、それを耐え続ける形になる。……絶対に装備品から手を離すなよ。わかったか?」


 ファードンが長い説明を噛まずに話しきった。


「たぶん。」


「おい!人がいっぱい説明してやったのに、たぶんはないだろ。……まあいい、何か質問はあるか?」


「……少し前から気になってたのですが、ここってマグマのど真ん中なのに全く暑くないのはなぜですか?」


「ん、ああ。あの黒い台座のおかげだ。マグマのエネルギーを魔力に変換している。そのため、マグマの熱の影響を受けない。……他に何かあるか?無かったら始めるぞ。」


 俺が特に無いと伝えるとファードンは、様々な石を取り出し始めた。


「お、あった。」


「え、それって。」


 ファードンが手に持っているのは、俺が今朝、散歩中に見つけたなんちゃら鉱石だった。ゼリオス様は魔力の適正を見るときに使うって言ってたような。


「お、知ってるのか?」


「はい、これですよね。」


 俺は今朝拾った鉱石を取り出し、ファードンに渡す。


「ああ、これだ。……ん、お前、これをどこで?」


 ファードンは受け取った鉱石を見た後、表情が一変した。どうやら、レア物のようだ。


「今朝、散歩中に拾いました。」


「がっはっは!散歩中に拾っただと!……お前、これが何かわかっているのか?」


「え、はい、名前はちょっと思い出せないんですが、魔力の適正を見るときに使う鉱石と教えてもらいました。」


「まあ、そうだが、お前が持っているのは通常のフィロシオン鉱石じゃねえ。通常のフィロシオン鉱石は魔力適正の検査で使われるが、俺達職人の間では装備品に使う事が多い。

 実際、おれが今持っているものも通常のフィロシオン鉱石だ。」


「……これは通常のものじゃない?」


「ああ、お前が持っているのはフィロシフィアタイトと言って、不純物が全く入ってない純度100%のフィロシオン鉱石、伝説の石だ。俺も過去に一度しか見たことがない。まったく、お前は本当に面白いやつだな。」


「へぇ、そんなすごいものだったんですね。」


「……それでどうする?おれの持っている通常のフィロシオン鉱石で作っても良いんだが……お前の持つフィロシフィアタイトで作ると、とんでもないものができると思うぜ。」


「はい、これを使っちゃって下さい。」


「がっはっは!そうこなくちゃな!よし!始めるぞ!」


 ファードンが黒い台座で装備品を作り始める。



 黒い台座の上には、輝くフィロシフィアタイト。


 マグマの広がるこの場所は、どこを見ても眩しいくらいに光で満ちているが、黒い台座の上にあるフィロシフィアタイトの輝きは、まるで生きているかのように輝き、別格の光を放っている。


 ファードンの打つ槌の音が響き、槌が打ち付けられる度に火花が舞い散る。


 俺は幻想的な光景に時間を忘れて見入ってしまった。





「よし、終わったぞ。待たせたな。……時間はかかったが、良いものが出来た。」


 そう言って、ファードンが差し出したのは、女性物の髪飾り、ティアラだ。


 見た目銀色に輝くそのティアラは、火山のマグマの光を反射して赤っぽくも見える。


 ティアラの中央には大きな宝石が嵌め込まれており、虹色に輝いている。


「すごい。」


「さて、ここからは、お前にも頑張ってもらうぞ。」


 ファードンと共に黒い台座の前に立つ。


 ファードンが台座にティアラを置く。


「いいか。ティアラに触れたら、一気に魔力が持っていかれる。どんなに苦しくても離すんじゃないぞ。」


 俺は頷き、覚悟を決めようと深呼吸する。


――ここが、頑張りどころだ。ファードンがくれたチャンスをものにしなくては、男じゃない。……あ、既に男ではないね。えーと、女が廃る?……あーもう、男だとか女だとか、どっちでもいい!俺の覚悟を見よっ!とりゃっ!


 ティアラに触れた瞬間、体の中の何かが凄い力で吸いとられるような感覚が来る。


――うおぉぉ。なんじゃこりゃ。上手く言えないけど、力が抜けていく。


 魔力が、ぐんぐん吸収され、吸収する力も衰える気配がない。


――苦しい。なんだこれは。


――ダメだ。手を離してしまいたい。


――ん、ファードンが何か言ってる。はは、全然聞こえないや。


――ねえ、これ、まだ続くの?


――ダメだ、意識が飛びそうだ。


――はは、なんで俺はこんなところで、こんな苦しい思いをしているんだろう?


――世界のため?


――ゼリオス様のため?


――カナタのため?


――はは、だからファードン、聞こえないってば。そんな怖い顔するなよ。


――しかもそんな仏頂面の顔じゃ、モテないぞ。


――ああ、ダメだ。


――もうダメだ。


――もう魔法なんか使えなくても良いよね。


――よし、手を離そう。


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