第7話 誘拐


 少しの浮遊感の後、地面の感触は硬い石畳から、少し弾力のある森の草や土の感触に変わった。


 目の前には森が広がり、後ろを振り返るとログハウスのようなものが見える。


「うおっ!びっくりしたぁ!」


 突然現れた俺達を見て若い男が驚いていた。


「ドリアス。少しいいですか。」


 転移した場所にいた男をトーマスさんが素早く捕まえ、なにやら話している。


 どうやらこの男がサイジリアスの息子のドリアスのようだ。


 ドリアスは見た目二十代程の細身で、ある程度鍛えていそうな筋肉をつけた体格。


 頭にはバンダナのような黒い布を巻いており、顔つきは父のサイジリアスに似ている。


「ゼリオス様。ドリアスが案内してくれるようです。」


 トーマスさんとドリアスが戻ってきた。


「ほっほっほ。急に来てすまんのぅ、ドリアス。」


「こんちわっす、ゼリオス様。じゃあ、ちゃちゃっとやりますか。」


 ドリアスは若者っぽい口調でゼリオス様に言った。


「がっはっは!ドリアス、大きくなったなぁ!昔はこんなにちっこかったのになぁ。」


 ファードンは親指と人差し指でドリアスの小ささを表現する。それじゃ、豆粒じゃねぇか。



 俺達はドリアスの案内で森を歩き、目的地に到着した。


「ふむ、では始めるとするかのぅ。ハルカよ。見ておくんじゃぞ。」


 ゼリオス様が魔法を使って大木を横薙ぎに切断した。


 切られた大木は倒れずにそのまま宙に浮き、余計な枝や葉が切り落とされる。

 

 その後、ドリアスの言うサイズに切り分けられ、どこかに収納された。


――うん、見てたよ。……でも、どうやるのさ。いきなりこれは難しいのでは?


「どうじゃ。やれそうか?」


 ゼリオス様から聞かれ、俺はやってみることにした。


――魔力制御。……魔力を体中から一点に集め、固定。……木を木材に加工するイメージで。……はっ!


ドッカーン!


 俺が放った魔法?は、目の前の木を一本、木っ端微塵に粉砕した。


――あちゃー。……でも、おかしいな。魔力の集まり具合がこの前よりも少ないぞ。


「ゼリオス様、すみません。……まだどうやるのかわかりません。」


「ふむ、そうか。……まあ、まだ魔力制御の練習中じゃしな。今日はどんな感じでやっているのかの見学でも良いぞ。トーマスやカナタ、ファードンのやり方を見てみるのも良いかもしれんのぅ。」


 辺りを見回すと、皆それぞれの方法でやっていた。


 トーマスさんは剣で大木を一刀両断し、あっという間に大木を木材に加工した。


――うん、無理。


 カナタは魔方陣を展開し、風の刃を発生させ、これまた一瞬で大木を木材に加工した。


――ん?初めてカナタの魔法見たけど、めちゃくちゃすごいじゃん。強いって言ってたけど、やっぱり戦闘のことだったんだね。


 ファードンは力業で大木を引っこ抜き、斧を数回振って、木材に加工した。


――うーん、無理かな。この人の不思議なところは、行動や態度は雑なのに、物作りになると丁寧で、完成度が異常に高いことだ。今回も斧を使っているはずなのに、断面が真っ直ぐで揃っている。


 うーん、みんなすごい。どうしよう。どれもできそうにない。泣きそう。


 見かねたゼリオス様が隣に来て、昨日の夜からやっている魔力制御の練習に付き合ってくれた。



「ふむ、少し休憩するとしようかのぅ。」


 俺達は木材の調達を中断し、近くにあったドリアスの拠点のログハウスに移動した。

 

 トーマスさんが「ティータイムです。」と言って張り切っている。


 その隣ではファードンが「お前はよく働くなー。少しは休めよ。……ウイスキーあるか?」とか言って、トーマスさんの仕事を増やしている。


「主様、大丈夫ですか?」


 カナタが隣に来て気遣ってくれた。


「はは、大丈夫だよ。俺はいつでも元気さ。」


「……主様、すみません。主様の体調が悪いことに気づかなくて。私、木材の調達に夢中になってました。この後は主様のお側にいますね。」


 カナタが優しい言葉をかけてくれる。


「ああ、ありがとう。……魔力の制御って、本当はもっと簡単なんだよね?……さっきゼリオス様が練習するようなものじゃなく、自然とできるものだって言っててさ。」


「……そうですね。……何か原因があるのでしょうか?」


 俺達が話していると、ゼリオス様も会話に混じってきた。


「ふむ、そうじゃのぅ。わしも最初は、魔力が多すぎるから体に魔力が馴染むのに時間がかかっておると思っておったのじゃが……。それにしてはちょっと様子が違うようじゃのぅ。

 制御すべき魔力の感知が出来ておらぬように見えるのぅ。」


「制御すべき魔力の感知か……。」


「爺さん!ちょっといいか!」


 ファードンがウイスキーの瓶を片手に、ぶっきらぼうに会話に入ってきた。


「ん、おお、ファードンか。どうしたんじゃ?」


「いや、そいつ。……ハルカのことなんだが。爺さんはとっくに気づいているもんだと思ってたんだが……ハルカの魂が異様な形をしていることには気づいているんだよな。」


「うむ、少し異質じゃが、魔力がここまで多ければ魔力を循環させることは可能じゃろう。」


「いや、表面の魔力が多くて回っているように見えるが、全く回せていないぜ。」


「なんじゃと。どういうことじゃ?」


 ファードンの言葉にゼリオス様が驚きの声を上げた。


「ああ、俺にも何があったかはわからないがこいつの魂は通常の魂の半分しかない。もう半分がどこに行ったかはわからねえが、これじゃあ、魔力の制御や魔力の感知は難しいだろうな。」


 ファードンが続けて俺の魂の状態を話す。


「なんじゃと。一体何があったんじゃ。……ハルカ、何か心当たりはないかのぅ。」


 ゼリオス様が話を振ってきた。


「ええと、話の展開が急過ぎて、あまりわからないのですが、俺の魂が半分しかないんですか?」


「うむ、そのようじゃ。」


――うーん、死に方って関係あるのかな?上半身と下半身がバラバラになって死んだからとかじゃないよね。……その時の事あまり覚えてないんだけど。


 俺が黙っていると、ゼリオス様達で結論が出たのかゼリオス様が話し始める。


「じゃが、魔力制御できない原因はわかった。難しいがなんとかできるかもしれん。」


 俺はゼリオス様の言葉に歓喜した。


「ゼリオス様!本当ですか?」


「うむ、魂の形を少しいじり、魔力が循環できるようにすればなんとか。……今よりも魔力が少なくなってしまうかもしれぬが。」


「ハルカ。お前に聞きたいことがある。」


 ファードンが真剣な顔で俺に言った。


「な、なんでしょう?」


「ゼリオスの爺さんがやろうとしていることは、お前自信にも負担がかかるが、爺さんにも危険がある。お前は爺さんの跡を継いで、この世界の神になる意志、そして滅び行く世界の住人を救う意志があるか?」


「……それは、……」


「……。(そうだよな、そんな簡単には決められねえよな。……俺も……。)」


 ファードンが遠い目をする。そして、話を続ける。


「……今日一日、お前を見ていて気づいたことがある。お前はバカデカイ魔力を持っているくせに、うじうじと悩む小動物のような奴だ。だが、どうにか神の仕事を手伝おうと、つまらねえ話に真面目に質問したり、お前なりに頑張っているのは認めてやる。

 だから、お前にチャンスをやろうと思う。俺も爺さんを死なせたくはない。

 ……俺はドワーフだ。お前の魔力が循環しやすくなる装備品に心当たりがある。だが、それを作るには、お前自信、多少覚悟がいる。どうする?」


 ファードンが真剣な顔で俺に問いかけた。


 俺は少し考えたが、直ぐに結論が出た。


「…………。やります。やらせてください!」


「よし!よく言った!じゃあ、爺さん!少しこいつを借りるな!」


 ファードンはそう言うと誰の返事も聞かずに俺を担いで転移した。


「あ、おい!ファードン!」


「主様が!」





 大変です!主様が拐われてしまいました。


 ファードン様は一体どこに行かれたのでしょう?


 装備品を作る?主様の覚悟が試される?主様は帰ってきてくださるのでしょうか?


 もし、帰って来なかった場合、私はどうなるのでしょう?


 とても不安です。


 あ、ゼリオス様が呼んでいます。


 ファードン様がどこに行ったかわからないので、一旦、ゼリオス様の家で待つようです。


 トーマスさんも来てくださるのですね。心強いです。


 じっとしていても仕方がないので、私はお裁縫でもして待っていることにします。

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