第4話―1 神の冗談


《……い。…お…。……おい。……聞こえてんだろ。》


 ふと、誰かの声がした。


――ん、なんだ。うるせぇな。静かにしてくれよ。集中できないだろ。


《へへ、やっと返事したか。》


――あれ?ここはどこだ?というか何も見えないぞ。


《おいおい、やっと話ができるってのに、無視するんじゃねぇよ。》


 さっきから、誰かの声が聞こえる。


 俺は、その誰かに向けて、話しかけた。


――ん?誰だ?俺に話しかけているんだよな?


《ああ、そうだ。お前に話している。待ちくたびれたぜ。》


 その声の誰かは、ずっと待っていたかのような口振りだった。


――お前は……誰なんだ?


《あ?俺か?へっ。知っているだろ。長い付き合いじゃねぇか。久しぶりではあるがな。》


 どうやら、その声の誰かは、俺の知っている人物のようだ。


――ん?知り合いか?……いや、心当たりがないな。


《っ!ちっ!時間切れか。まあ、次はまたすぐだ。それまでに魔力制御できるようにしておけよ。》


――魔力制御?おい!どういうことだ?次ってなんだ?お前はいったい?


《へっへっへ。じゃあな。……は、………に………して……ぞ。しん……なる………ん。》


 声が遠ざかっていった気がした。



主様あるじさまっ!主様っ!主様!」


「うっ。……カナタっ?」


 目を開くとカナタの必死そうな顔が視界を埋めつくしていた。


「あっあるじざまぁ~!」


 俺の意識が戻ったからか、カナタが泣き始めた。


――さっきのは何だったんだ?……もう夕暮れか。どれくらいの間、意識を失っていたんだ?


「カナタ。重いよ。」


 芝生の上で倒れていた俺にカナタが覆い被さっていた。


「はっ!失礼致しました。」


 カナタが飛び退いて、俺は重力から解放される。


――あっ、でもカナタ良い匂いだったな。柔らかかったし。……うーん、嫌いじゃない重さだ。


「ハルカ、すまんかった。わしが魔力を暴走させてしまったようじゃ。……体はなんともないか?」


「そうですね。……大丈夫だと……むしろ調子が良いかもしれません。」


 俺は立ち上がり、グーパーしながら体の様子を確かめる。


――なんだろう。力が溢れるような……何かを纏っているような感じがする。


「ハルカ様、スマートな魔力ですね。……ですが、少しパワフル過ぎる気がしますよ。」


 トーマスさんが後ろから声をかけてきたので振り向くと、


ドシュン!


「っ!」「ぬっ!」「きゃっ!」

 

「えっ!」


 突風が吹き、トーマスさんがいた場所が吹き飛ばされた。


 見ると、芝生は抉れ、その先の木々も林ごと消し飛んでいる。


――何が起きたんだ。


「ふぅ。間一髪ですねぇ。」


 トーマスさんは、ギリギリ回避したようだ。


「トーマス、無事か?」


「ええ、まあ。」


 トーマスさんが冷や汗を拭いながら、ゼリオス様に返事をした。


 だが、回避が本当にギリギリだったようで、執事服の端が破けていた。


「……ふむ。(――今まで魔力の気配は無かったが……こうなってくると魔力制御が急務じゃな。)」


「主様!凄いです!」


 カナタは何故か喜んでいる。


「ハルカよ。明日からは魔力制御の練習もするとしようかのぅ。……ほいっと!」


 ゼリオス様が杖を振ると、吹き飛んだ芝生や木々が元に戻った。


「ゼリオス様、ご迷惑をお掛けして……すみません。」


「いやいや、ナイスな一撃じゃったよ。ちと加減する必要はあるがのぅ。トーマスの慌てた顔が非常に愉快じゃった。」


 ゼリオス様は面白いものが見れたと、とても楽しそうに笑っていた。


「ゼリオス様。……今日の夕飯はピーマン多めに致しますね。スマートな健康が第一ですから。」


 笑われたトーマスさんが反撃とばかりに今日の献立を発表した。


「ぬ。食を人質に取るのは卑怯じゃ。だいたいお主は……。」


 ゼリオス様とトーマスさんがじゃれあい始めた。


――変な主従関係だ。でも、うらやましい光景でもあるな。カナタとは今日会ったばかりだけど、こんな感じに仲良くなれるかな。


 カナタをちらりと見ると、カナタと目があった。


 カナタがニッコリと微笑んでくれる。


「さて、帰るとするかのぅ。」



 その後、俺達は家へと戻り、夕食を食べた。


 夕食はピーマンが多かった。


 ゼリオス様は食べる前、青い顔をしていたけど、食べ始めたら何故かモリモリ食べていた。


 不思議に思って聞いたら、食べたことのないピーマン料理だったが、食べたら美味しかったとのこと。


 夕食を作るのはカナタも手伝ったようで、俺にとっては馴染み深いピーマン料理、チンジャオロースやピーマンの肉詰めといった料理をカナタが作ったそうだ。


 トーマスさんは少し悔しそうな顔をしていたけど、「もっとスマートにならなければ」と言って、カナタから新しい料理について聞いていた。


 俺もカナタの事が気になったので、カナタの過去について聞いてみたが、カナタは記憶喪失なのかよく覚えていないそうだ。


 魔法や日常生活などの知識や技術は、なんとなくわかるみたいで、カナタは「私には主様がいれば他に何も要りません。」とか言っていた。


 俺はプロポーズでもされたのかと、ドキドキしてしまった。


 ゼリオス様はカナタの記憶喪失について、「そういうこともあるじゃろ。」と言っていたので、そういうものなのかと割りきることにした。



「さて、腹も膨れたことじゃし、風呂に入って寝るとしようかのぅ。ハルカよ、先に風呂に入ってきて良いぞ。わしは少し世界の様子を確認するのでな。」


 ゼリオス様が一番風呂を譲ってくれた。


「ありがとうございます。」


「主様、お背中お流ししますね。」


「ちょっ、一緒に入る気かっ?」


「はいっ、主様のお背中は、私のものです。」


――なんだ、そのジャイ○ン理論。いや、この場合は、しず○ちゃん展開か?


「ほっほ。良いじゃないか。これから一緒に旅をする者同士、裸の付き合いでもして親睦を深めるのも悪くはないじゃろう。」


 この世界には風紀的なものが無いのか、ゼリオス様も気にした様子が無い。


「ですがっ、ゼリオス様、俺は、もと…」


 俺の言葉を遮るように、ゼリオス様が強い口調で話し始めた。


「よいか!ハルカよ!良く聞くのじゃ!

 ……昔話じゃが、それはそれは強い英雄がおったんじゃ。

 しかし、男は孤独じゃった。

 というのも、男は家臣を誰一人として信じなかったんじゃ。

 じゃが、それでも家臣は付き従ってくれておった。


 ある時、男は大病を患ってのぅ。

 家臣は心配して、名医を呼んだり、高価な薬をどうにか用意してくれた。

 しかし、男はそれら全てを拒絶したのじゃ。敵の罠だと言ってのぅ。

 さすがにそれを言われた家臣は、もう何もできず諦めて男の下から去り、男はその病が原因で死んでしまうのじゃ。


 ……ハルカよ、どれだけ強い者でも1人で生きることはできぬ。

 もし、その男が日頃から家臣と仲良く過ごしておれば、男は家臣を信じたであろう。

 また家臣も男からどれだけ拒絶されても諦めずに男を救おうとしたはずじゃ。

 じゃからのぅ、お主が考えていることは些細なことじゃ。

 仲間を信じ、仲間から信じられる事が何よりも大切なんじゃ。

 お主もカナタの事を信じ、カナタから信じられなければ、旅は厳しいものになるじゃろう。」


 ゼリオス様は語り終えるとお茶を啜った。


「スマートなお話ですね。」


 トーマスさんもお茶を啜りながら、感心している。


「……わかりました。行こう、カナタ。」


 俺は覚悟を決めて、カナタを風呂に誘った。


「あ、はい。ではゼリオス様、行って参ります。ハルカ様、ちょっと待って下さいよー。」


「ほっほっほ。ごゆっくりのぅ。」


 俺達を見送るゼリオス様の表情は、とてもにこやかだった気がした。


「どうされたのですか?」


「いや、何でもない。」


「そうですか。……では、私は戻ります。」


「うむ、ご苦労じゃった。」

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