第2話―1 失った男と得た女


「……ん、ここは?……花?」


 気がつくと、どこかの花畑の中にいるのか、視界は空と花になっていた。


 正面に広がる円形の空の様子から、どうやら俺の体は花畑の中央に転がされているようだ。


 起き上がり、周りを見渡してみる。


 辺り一面お花畑が広がっていた。


 そして、少し遠くには小川が流れており、さらに遠くには山々も見える。


「んーと、なんで花畑?……俺は確か……バイクで事故って……。」


 まとまらない思考を振り払い、直前に起きた出来事を思い返す。


「……あー死んだのか。……ということはここが天国ってやつか?……うん?こんな花見たことないぞ。」


 状況を整理しながら、周囲を確認していると、無性に花が気になった。


 近くに見える花は今まで見たことがない鮮やかな色をしており、呼吸をしているかのように煌めき、色が変化していた。


「……水色?……赤?……なんちゃらゴールド?」


 今まで花がそれほど好きでもなく詳しくもなかったが、不思議な輝く花の前に、俺は少しの間、見とれてしまう。


「……俺はこの後……どうなるんだ?」


 現状を思い出した俺は、花から視線を外し、辺りを見回す。


 周囲には超自然的な風景が広がっているだけで、生き物の気配はない。


「……ええと、あの川が三途の川か?……とりあえず行ってみるか。」


 花畑に名残惜しさを感じつつも小川に向かって歩きだそうと足を一歩踏み出す。


 すると、花が踏まれまいと俺の足を避けた。


 そして、これから進む道を示すかのように花が移動し道が出来ていく。


「うおっと!びっくりしたぁ。……これはこの道を進めってことか?……この先に誰かいるのかな?」


 花道は小川に向かっているようだった。


 花畑に突然現れた道標に不思議な感覚を覚えたが、小川に向かって歩きだす。


 花や山の景色を楽しみながら、一面の花畑を横目に道を進む。


 それにしても綺麗な景色だ。


 就職してからは、仕事ばかりで旅行に行くことは無かったなぁ。


 あ、でも、ゲームの中で冒険してたか。ふふ。



 一人で景色を見ながら歩いていると、ふと不安になった。


「やっぱり、俺は死んだんだよな?……まったく実感がわかないんだよな。……そういうもんなのかな?……あれで死んだなら、酷い死に方をしたもんだよなー。あれはおそらく真っ二つだよな。」


 バラバラ殺人事件のような自分の死に様を思い浮かべ、ため息をつく。


「あの坂、天国への道…だったか。……本当だったな。」


 誰が名付けたかわからないが、今となっては笑えない話である。


 愚痴る相手もいないため、独り言が続く。



 しばらく進むと花道は小川の手前で終わりを告げた。


 俺は立ち止まり、辺りを眺める。


 あれが三途の川?渡るのかな?舟っぽいものは見当たらないか。


 周囲を見渡していると、小川の上流、木々が生い茂る林の影に一軒の家を見つけた。


 家は西洋風の石造りで小人が7人程住んでいそうな雰囲気がある。


「とりあえず、行ってみるか。」


 俺は意気揚々とその家に向けて歩きだす。


 不思議と誰かが呼んでいる気がした。


 神様かな。閻魔様かな。あ、閻魔様は地獄にいるのか。

 神様は女性かな。それとも典型的なおじいちゃんかな。


 一軒家の住人を想像しながら、家を眺める。


 家は2階立てなのか上の方にも窓がある。


 視線を上げていくと藁を敷いた屋根が見える。藁葺き屋根というやつだろうか。


 段々と近づくにつれ、家の細部もはっきりと見えてくる。


 壁面は時代を感じさせつつも綺麗に掃除されているようで、目立った汚れは見当たらない。


 死者は皆、この道を辿るのかと考えていると目的地に到着した。



 玄関のドアは木製で、ドアノブの上部には鷲の頭のような銀色の金属製と思われる飾りがついている。


「……ノックすべきだよな。」


 俺は気持ちを決め、ノックした。


コンコン


「すみませーん、誰かいませんか?」


 少し緊張していたためか、声が上ずってしまった。


 反応を待っていると、中からバタバタと足音が聞こえ、玄関の前で音が止まった。


 そして、ドアが開かれる。


「いやー、すまんのぅ。お主が来ることを忘れておったわい。」


 中から現れたのは、白いローブ姿のおじいさん。


 長い白髪をオールバックにし、銀縁の丸眼鏡をかけた、いわゆる賢者といった風貌だ。


 左手には木製の長杖、ドアノブを握る右手の人差し指には指輪を1つ着けている。


 おお、典型的なおじいちゃんパターンだ。この人が神様かな。でも、死者一人一人にこうやって時間を割いていて、大丈夫なのかな?1日で亡くなる人数ってどのくらいだったっけ。もしかして、神様って何人もいるのかな。天女様パターンも見てみたかったな。


 俺が黙って考え事をしていると、おじいさんは微笑みながら手招きをする。


「……すまんかったのう。さあ、そんなところで突っ立ってないで、中へ入るんじゃ。」


 おじいさんが家の中に入っていく。


 我に帰った俺は、おじいさんの後を追うように玄関のドアをくぐった。



 家の中はこじんまりとしつつも綺麗に掃除されていた。


 入った部屋はリビングルームのようで目の前にはソファが2つと丸テーブルが1つ、壁際には暖炉や本棚がある。


 奥にも部屋があるようで、キッチンっぽい部屋と書庫っぽい部屋、廊下が見える。


「とりあえず、適当に座っておいてくれるかのぅ。」


 おじいさんは一言話すと、長杖を壁に立て掛け、キッチンらしき場所へと入っていく。


 おじいさんに促されるままにソファに腰かけた。


「飲み物は何か希望はあるかのぅ?えーと名前はなんじゃったかのぅ。」


 キッチンからおじいさんの声が聞こえる。


 俺はキッチンにいるおじいさんに聞こえるように大きめの声で答える。


「えーと、何でも良いです!名前は里中遥です!」



 しばらくして、おじいさんが陶器製っぽいコップを2つ持ってリビングに入ってくる。


 おじいさんからコップを受け取り、中を覗いた後、飲んでみた。


 見た目はお茶で味も緑茶っぽい。


 死んだ後もお茶を飲むなんて面白いなと思いながら、最後の晩餐は何だったか思い出す。


 前日の夕飯は近所のコンビニで買った唐揚げ弁当で、今日の昼食はコンビニで買った焼き肉弁当だった。


 もっと良いものを食べておけば良かったと後悔し、溜め息を漏らす。


「ん、口に合わんかったか?」


 おじいさんはソファに腰掛けながら、不安そうに聞いてくる。


「あ、いえいえ、そんなことないです。美味しいお茶ですね。」


 俺は咄嗟に誤魔化した。いや、お茶が美味しかったのは本当だ。


「そうか、まあ良い。早速じゃが、お主をここに呼んだ理由を説明しなければのぅ。」


 おじいさんが話を切り出してきた。


「……それでお主、名前はなんじゃったかのぅ。」


 ――さっきの会話、聞こえてなかったのか。


「あ、里中遥と言います。」


「そうじゃった。ナントカハルカじゃったな。」


「……ハルカでいいです。」


 特にこだわる必要もないため、俺は譲歩した。


「……それでハルカよ。お主にはわしの仕事を手伝ってもらいたい。なに、難しいことではない。ちょっと新しい世界を作ったから、住人の移動だったり、開拓だったりをお願いするだけじゃ。」


 おじいさんから想像していないことを言われ、少し思考が混乱する。


 ――あれ?ここから天国か地獄に行くとか、そういう話じゃないの?新しい世界を作ったって何?というか、そもそもこのおじいさんは何者?

 

「どうした。さっきから暗いのぅ。どこか調子でも悪いのか?」


 俺の様子を見たおじいさんが心配そうな顔で尋ねてきた。


「いえ、すみません。ちょっとわからないことが多くて。」


「おお、そうじゃったか。急なことでいろいろと戸惑うじゃろう。ほれ、何でも質問するがよい。」


 おじいさんはソファに深く座り直し、笑顔を向けてくる。


 俺は何から聞くべきかと考え、まずはおじいさんについて聞いてみることにした。


「えーと。おじいさんは何者なんですか?」


「おお、これは失礼した。まだ、名乗ってもおらんかったのぅ。わしはゼリオスと言う。見ての通り神じゃ。といっても、お主がいた世界とは違う世界の神じゃがのぅ。」


 おじいさんは、やはり神だった。


 気になる単語があったため、続けて聞いてみる。


「ここは私のいた世界とは違う世界なのですか?」


「そうじゃ。お主は地球という世界にいたはずじゃ。お主にとっては異世界ということになるかのぅ。」


「……私はなぜ、違う世界にいるのでしょうか?地球で死んだと思っていたのですが。」


「そうじゃな。魂だけこっちの世界に迷ってやって来たようじゃよ。死んだかについては、わしは知らんが、おそらく死んだんじゃろうな。」


 ゼリオス様は考察を交えながら答えた。


 俺は今までの会話の内容に驚きつつも、やはり死んだのかと少し気持ちが下がる。


「私はこの後、どうなるのでしょうか?一度死んでいる?わけですが、この異世界で生まれ変わるのですか?」


「安心するが良い。この後、体を与えるのでな。通常の転生はめんどうじゃし、時間がかかるんじゃ。お主も赤子になりたいわけではないじゃろう?」


 ゼリオス様は、そう言ってから、一口お茶を飲んだ。


 体を与えると言われ、俺は自分の体を見てみた。


 格好は地球で死んだ時の服装だが、体全体がうっすらと光り、透けていることに気づく。


「ああ、その体は霊体じゃよ。お主の意識がその姿を作っておる。」


「そうなんですね。驚きました。」


「ほほ。それで質問はもう終わりかのぅ。」


 ゼリオス様は微笑みながら、聞いてきた。


 俺は、先程までの会話を振り返り、根本的な質問をしてみることにした。


「えーと。それで神様のゼリオス様が新しく世界を作って、なぜ私が必要なのでしょうか?」


 俺の質問を聞いたゼリオス様は、少し考えた後、話し始めた。


「そうじゃのぅ。この話はちょいと長くなるんじゃが……。」


 俺はゼリオス様からこの世界の事、新世界を作る理由、そして俺自身の事を聞いた。

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