第一章 魔王転生編

第1話 ≠平凡な日常


 今日は新作ゲームの発売日。

 

 中学生の頃に初めてそのゲームに出会い、友人と協力して強大な敵を倒すそのゲームは、俺にとって青春だった。


 卒業後、その友人とは次第に疎遠になってしまったが、今ではインターネットの誰かが俺のゲーム仲間だ。


 あの頃の楽しさを追い求めてか、毎シリーズ、発売日に買ってはプレイしている。


 今回も既に体験版をやり込み、準備は万端。


 有休使って朝から晩までゲーム三昧だぜ。


 しかし、発売日当日に休みをとれなかった。ついていないぜ。


 俺はスーツに袖を通し、職場へと向かう。



「里中君、ちょっといいかい。」


「はい、何でしょうか?」


 上司に呼ばれ仕事の話をする。


「この書類、君のプロフィールなんだが、里中遥さとなかはるか、年齢は二十九歳、独身、一人暮らし、彼女無し。……で正しいか?」


 上司が新プロジェクトの担当者リストの資料を読み上げた。


 彼女無しは、事実だけど、そんな事書かなくても良いだろ。どうなってんだよ。


「はい、合ってます。趣味のところはゲーム、ラノベ、アニメ、映画観賞、たまにスポーツ。これでお願いします。」


 俺は上司にプロフィールの追加を頼んだ。


「へー。三人兄弟の長男で普通大学出身か。そしてここ平凡株式会社に入社と。」


 上司がさらに読み進めていった。


 まあ、どこにいでもいる一般的な会社員に見えるよな。


「性格は至って温厚。正義感もある程度はあるが、怖いお兄さんは苦手。ってふざけているのか?もう少しきちんと書いてくれ。」


 上司が不備を見つけて修正するよう指示が出た。


「あっはい。すみません。えーと、続きは……、友人は少なめ。友人の評価は、真面目だけど変なやつ、楽観的なのにネガティブ、二重人格、感情の起伏が激しい、変人、変態、頼りになる、イケメン……。」


 俺は、そこまで読むと、上司と目が合った。


「頼りになる?イケメン?……まあ、否定はしないぞ。自分で付け足したくなりそうな内容だけどな。」


 上司は俺の行動を見抜いたような発言をしてきた。


 くっ、別にいいじゃないか。少しくらい見栄を張らせてくれよ。友人の評価欄は、同僚が書くから、こんな変なことになってるんだよ。




 上司と進行中の仕事の話を終えて、自分の席に戻る。


 ふぅ、本当に細かいな。でも、だからこそ課長で、俺に足りていない部分なんだろうな。


 深谷ふかやさんは尊敬できるし、良い上司だ。


 人の事を悪く言いたくはないが、新入社員時代の上司は良くなかった。常に馬鹿って言われていた気がする。


 深谷さんが異動してきてくれた時はビックリしたもんだ。


 今までの仕事が全部間違っていると指摘された時は、さすがに落ち込んだが、今考えてみると深谷さんには感謝しかない。


 もっと頑張らなきゃな。


 しかし、今日の有休を認めてくれなかったのは、ちょっと残念だった。


 奥さんにガールズバーに通いつめていること言っちゃおうかなぁ。



「おい、はるか〜。ついに今日だな。20時頃でいいか?」


 斜め前の席にいる同期の吉山大介よしやまだいすけが話しかけてきた。


 俺が顔を向けると中肉中背の男が猿みたいな顔でヘラヘラと笑っているのが見える。


「ああ、そうだな。でも、お前帰れるのか?」


 吉山は少し考えた後、名案を思いついたという顔をする。


「う〜ん、がんばる。もしくは逃げ出す。」


「逃げるなよ。」



 同期の吉山は仕事場に唯一いるゲーム仲間だ。


 吉山の抱えている仕事は、あまり上手くいっていないらしい。


 最近は残業続きで、体験版もあまりできなかったとのこと。


 仕事を手伝ってあげたい気持ちもあるが、今日は早く家に帰ってゲームするって決めているんだ。

 ごめんな、吉山。


 装備集めは手伝ってやるから、許してくれ。


 俺は早く帰れるよう、仕事に取り掛かる。



 仕事を終え、仕事場近くのコンビニに寄る。


 明日は休みだ。家に籠るために、食料を調達しなければ。


「いらっしゃいませー。」


 レジの方から可愛らしい女性の声が聞こえてきた。


 あ、今日は田中さんいる。


 レジには黒髪を後ろで結き、眼鏡をかけた女性がいた。


 田中さん、相変わらずかわいいなぁ。


 地味なんだけど、その地味さが良いんだよな。


 この愛想の悪いコンビニの野郎どもの中にいる唯一の心のオアシス、一輪のタンポポみたいな存在である。


 いや、ごめん。他の従業員の方々も良い人ばかりだよ。


 シャキシャキレタスのサンドイッチに対しても温めますかって聞いてくれる親切な山口君もいるし。


 お弁当1つにお箸ではなくストローを2本入れてくれる親切な山口君もいるし。


 アルバイトの仕事が終わったであろう時に鉢合わせして「いつもありがとうございます。」と仰々しく言ってくれる山口君もいる。


 山口君って何者なんだろうな。凄く気になる。



 家に早く帰る事を忘れ、今日は見当たらないコンビニの不思議のことを考えながら店内をうろうろする。


 あ、漫画の新巻が出てる。


 これ、俺が小学生の頃からやってるんだよな。


 大学までは本誌で読んでて、毎週月曜日が待ちきれなかったよなぁ。


 んー、買うか。



 俺は、漫画と弁当、冷凍食品を買ってコンビニを後にした。


 原付に乗りながら考える。


 今回は、どの武器種にしようか?


 体験版では優遇されていても、調整が入って弱体化することもある。


 しかし、あまり使い慣れてない武器やマイナーな武器にはロマンがある。


 様々な武器を使える様になるのも楽しみの一つであるし、皆があまり使わない武器でカッコよく戦うのも良い。


 武器以外にもシリーズ歴代の敵の再登場もアツい。


 ゲームのことでワクワクしながら、坂道を下る。



 この急な坂道を下り、線路脇を曲がって少し進めば、俺の家だ。


 坂道の先には、ガードレールがあり、ガードレールの向こうの崖下には線路が見える。


 普段はガードレールと線路の間には背の高いフェンスのようなものがあるのだが、老朽化による工事で今は無い。


 そのため、坂道の上からはガードレールの先の景色が一望でき、地元の雑誌では「天国への道」と紹介されていた。



 早くゲームがしたい。


 少しスピードを上げる。


 おっと、気が逸り過ぎたか。


 この速度ではあのカーブを曲がれない。


 ブレーキをかける。


「……ん?」


 あれ?ブレーキがかからない。


 再度、ブレーキレバーを操作するも、一向に速度は下がらない。


「ちょっと待てっ!ブレーキがかからないんだがぁ!」


 この坂道、スピードは落ちるどころか、速度は上がっていく。


 まずい、まずい、まずい!


 前を見るとガードレールが目前に迫っていた。


 ああああぁ!


 やばい!ぶつかる!



 俺は宙を飛んでいた。


 ガードレールにぶつかり、俺の体は原付から投げ出されていたのだ。


バチンッ


 腹部に雷に打たれたような痛みが走る。





「うっ……。」


 気がついたら俺は線路で仰向けに倒れていた。


 起きあがろうとするが、体の感覚が無く起きれない。


 まあ、これだけの事故だ。意識があるだけ、すごいんじゃないか?


 かろうじて動いた首を使い、辺りを見回す。


 少し離れたところに人が倒れているようだ。


 誰かの足が見える。


 誰かを事故に巻き込んでしまったのかな。申し訳ない。


「ん?」


 その足を見ていると、気づいたことがあった。


 あの靴底の欠けた靴、見覚えがある。


 今日、仕事中に靴が壊れていることに気づいて、新しい靴買わなきゃって思ったんだよな。


 いや、それよりもゲームだ。


 何のために、仕事を早く終わらせたんだ。


 いや、なんか体がだるくなってきた。


 やっぱ、病院か?


 ああ、思考がまとまらない。


 ダメだ、眠くなってきた。


 とりあえず、誰か。救急車呼んで。


 ふふ、しばらく会社休んでゲーム三昧だな。

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