ムソウ夢想 〜異世界創世記〜 こうして俺は神になった。

じじばぶぅ

序章


《なあ、相棒に夢はあるのか?》


 唐突に何者かの声が聞こえてきた。


 その声は、男っぽい声だが、特段低い声でもない。


 その声の主の姿はどこにも見えないが、どこにいるかはわかっている。


「急になんだよ。ネビュラス。……まあ、今は誰もいないから良いけど。」


 俺は太陽の光が降り注ぐ平原を見渡して、周囲に誰もいないことを確認してから、ネビュラスに返答した。


 なぜ、俺が周囲を確認したか。それはネビュラスが俺の魂、精神世界にいる存在であるため、周囲に人がいれば、ずっと独り言を喋っている頭のおかしなやつだと思われてしまうからだ。


《別に人がいたって、心の中でも喋れるじゃねえか。いつもは、そうしてるし。》


 ネビュラスの言うように、普段、周囲に人がいる時には、念話のように心の中で話していた。


 しかし、心の中で話すっていうのは、案外窮屈なもので、口を使って話す方が俺は好きだった。


「で、なんだよ。ええと、夢だったか?」


 俺は面倒臭く思いながら、ネビュラスの話を思い返した。


《ああ、夢だ。やっぱり世界最強か?……それとも見た目通り立派なお嫁さんか?ぷっ。ちんちくりんの相棒がお嫁さんだなんて、想像しただけでめちゃくちゃ面白れぇ。だっはっは!》


 ネビュラスが俺の夢を勝手に想像して馬鹿にしてきた。


 俺は自分がお嫁さんになった姿を想像してみた。


 虹色の宝石のついたティアラが映える銀色のロングヘアー。

 赤い妖艶な瞳に、高めの鼻で鼻筋も通っていて、ピンクの可愛らしい唇。

 胸は控えめだが、体のラインがしっかり出る程度にはボリュームがある。

 手足はすらっと細く、白いウエディングドレスに良く合いそうな健康的な肌。

 身長は……。


 そこまで考えていると、再びネビュラスの声が聞こえた。


《相棒!胸のボリュームは、もう少し抑えた方がいいぜ。リモコンでミュートくらいだな。ピッ!だっはっは!》


 俺の思考を盗み見たネビュラスが大爆笑している。


 何がミュートだ。これでもちゃんと膨らんでるんだぞ。それに成長期だって、きっと来るんだからな。てめー、覚えてろよ。


 俺は心の中で悪態をつきながら、自分の胸を確認してみた。


 うん、良い感じです。


《なあ、相棒。乳いじってないで、真面目な話しようぜ。時間もあることだしよ。》


 ネビュラスが話題の変更を要求してきた。


 俺は自分勝手なやつだなと思いながら、胸から手を離す。


「わかったよ。今後、神の弟子としての仕事をやっていくためにも、これから行く世界の説明を聞きたいとか言ってたよな?まあ、俺も詳しくないから、もらった資料を使いながら話すぞ。」


 俺は以前もらった旧世界と書かれた紙の束を取り出しながら、ネビュラスに確認をとった。


《相棒!長いのは勘弁な。あと、語り手っぽく頼む。》


 ネビュラスから無茶振りが入る。


 俺は溜息を一つ吐き、語り始める。





 滅び行く七つの世界。


 七つの世界は元々一つの世界だった。


 その頃は、多種多様な種族が共存し、助け合い、時には対立し、争いが起こることもあった。


 だが、その争いは小さなもので、世界に影響を及ぼす程のものではなかった。


 この時までは。



 ある時、七大種族の一つである人族が他の種族に戦争を仕掛けた。


 人族は今までには無かった凄まじい力で戦局を優位に進め、その種族を滅ぼすべく追撃を仕掛けた。


 森は焼かれ、大地が割れ、多くの死者が出た。


 このまま戦争を続ければ被害が深刻なものになることは、誰の目から見ても明らかだった。



 そして、この事態を重く受け止めた神が遂に動く。


 神は世界に影響が出る前に、この戦争を止めるべく世界を7つに分断した。


「……これで争いが無くなる。」


 神は安堵した。


 世界は平和になったのだ。





《世界平和ねー。そんなものは贋さ。俺っちは痛いほど知ってるぜ。》


 資料の説明をしていると、途中でネビュラスが口を挟んできた。どうやら、飽きてきたようだ。


「お前が何を知ってるんだよ。……ん?もしかして、記憶が戻ったのか?」


 俺は物知り顔をしていそうなネビュラスにド直球な質問を投げかけた。


《いや、さっぱりだ。》


 ネビュラスは短く否定した。


 俺の魂の世界にいるネビュラス。こいつは俺が魔王の力を覚醒させた時に急に現れた。


 ネビュラスには、魔法の補助や知恵袋的な役割をしてもらっているが、以前の記憶は無いらしい。


 つまり、正体不明の何者かが土足で俺の魂の世界に入り込んで、好き勝手にやっているということだ。


《それで、世界が平和になったのに、なんで崩壊の危機を迎えてるんだよ。》


 ネビュラスが真面目な口調で切り返してきた。


「ああ。えーと、ちょっと待てよ。……うわっ。」


 俺は、頭が痛くなりそうなものを見つけてしまった。


 次のページを捲ると、そこには七つの世界の詳細について、事細かくびっしりと書かれていたのだ。


《ん?どうしたんだ。うわっ。……相棒、これ読み飛ばそうぜ。》


 俺はそのページに書かれている内容を見てみた。




 

 旧世界調査報告書

 

 分断した世界をそれぞれ人界、魔界、獣界、樹界、海界、天界、精霊界と呼ぶことにした。

 分断された世界は代表的な種族の領土ごとに分かれていたため、その種族の特徴からそのように名付けた。


 人界

 主に人族が住む。

 もともと人族の領土が広かったため、七つの世界の中で最も広い世界となった。

 人族が踏み込まないような未開の土地に隠れ住んでいた非人族は人界に取り残されていた。

 そのため、種族の割合は大幅に変化したが、様々な種族が人界に存在している。


 魔界

 主に魔人族が住む。

 そこまで広くないが、空気中に漂う魔力が多い。

 そのため強い魔物が発生しやすく、土地も砂漠や火山、雪山と七つの世界の中で最も過酷な環境となっている。


 獣界

 主に獣人族が住む。

 ある程度の広さを持ち、草原や荒野が広範囲を占める。

 様々な動物が生息し、独自の生態系を築いている。


 樹界

 樹界は主に植物人族や昆虫人族が主に住むが、個体数は少ない。

 巨大な樹々が生い茂り、そこに住まう者達は樹上で生活している。

 世界樹が存在するため神聖な魔力が漂う。


 海界

 海界は魚人族が住む。

 人界の次に広いが、海の一部が人界に取り残されたため、住める範囲が限られている。

 海が大半を占めるため、他の種族は生存する事が困難となっている。


 天界

 天界は主に鳥人族と竜人族が住む。

 ある程度広いが、陸地は宙に浮いている島のみのため、土地としては狭い。


 精霊界

 精霊界は主に精霊と精霊を祀る者達が住む。

 最も狭く、その土地は隔絶された孤島のようなものである。



 世界の様子

 それぞれの世界の住人は世界が分断されたことを知らず、突然の世界の消失に驚き恐怖しているようだった。


「戦争によって世界が崩壊したのでは。」

「敵対種族が禁術を使用したんだ。」

「神の怒りによって争う種族は滅ぼされたのだ。」


 様々な憶測が飛んでいたが、自身の領土以外がその世界に存在しないため、正確なことが解る者はいない。


 そのような状況だが、それぞれの世界の住人は、日々の生活を送っていた。


 ある世界では少数となった種族と和解し、協力して暮らしていたり。

 ある世界ではこれ以上神の怒りに触れぬよう静かに暮らしていたり。

 ある世界では少数となった種族を迫害していたり。


 それぞれの世界では小さな争いは起きつつも、概ね平和であった。


 引き続き、世界の動向を観察していく。





「なっが!」


 俺は調査報告書の一頁を読み終えると感想を一言で表現した。


《お、読み終わったか?で、世界崩壊の原因は何だったんだ?》


「お前なぁ。…………調査報告書の一枚目には書かれていなかったよ。えーと、……この後も律儀に同じような内容が続いているみたいだ。」


 俺は紙をパラパラと捲りながら、ネビュラスに調査報告書について伝えた。


 節目節目で要約してくれているみたいだけど、随分しっかりと書かれているな。几帳面な人が書いたんだろうな。


 引き続き紙の束を捲っていると、漸く目的の箇所に辿り着いた。





 旧世界調査報告書

 世界の分断から三百年程が経過。少し前から気になっていた異変が、ここにきて大きな異常となっている。

 豪雨、竜巻、日照りといった異常気象。

 地震、火山の噴火、強力な魔物の発生といった魔力災害。

 地形変動が起きるほどの大災害が頻発していた。


 人々も異変に気づき、恐怖に駆られているようだ。

 三百年前の大災害が再びやってくると。


 世界は崩壊の危機に直面していると結論づけた。





「調査報告書は、ここで終わっているな。ん?次のページは、……日記?日記のようなものが挟まっているぞ。」


 調査報告書の後ろに誰かの日記が紛れ込んでいるのを見つけた。


《もしかして、爺さんの日記じゃねえのか。どうせエロい事が書いてあるんだろうぜ。相棒、さあ早く。》


 ネビュラスが失礼な事を言いながら、急かしてきた。


「なんで人のプライバシーに関わることには積極的なんだよ。……まあ、俺も気になるから読んでみるか。」


 俺は日記に目を通す。





 わしの秘密の日記


 今日もアリスちゃんは、可愛いかった。

 一度でいいから、あの銀髪を撫でたい。

 いや、そうではない。今日はもっと重大な事を書くつもりだったのだ。

 

 少し前から、世界の様子がおかしかった。

 だが、これは確定せざるを得ないだろう。

 どうやら世界が崩壊しているようだ。


 だが、解せぬ。分断した際にそれぞれの世界が存続できるようにしたはずだが……。

 何が起きている。


 思い当たるとすれば。

 世界が耐えられなかったのか……。

 分断した世界は崩壊が始まっていて、もう元に戻せない。


 どうするべきか。

 やはり、新しい世界を作るべきなのか。


 だが、新しい世界を作っても前と同じように争いが起きてしまうかもしれない。

 また、分断した世界に住んでいる者達を見捨てるのも忍びない。


 問題は多い。


 わし以外で世界を導いてくれるものがいたらと、何度思ったことか。


 神の仕事は多岐に渡る。

 世界に降りて指導するような時間は無い。


 そんな時に自身の代わりに人々を導いてくれる存在がいたら、どんなに助かるか。

 さらに、崩壊していく世界の住人の保護も頼めるかもしれない。


 



《ほう。原因は、よくわからなかったけど、なんとなく何があったかわかったな。》


 ネビュラスは何かわかったような口振りをしている。


「俺は、まだピンと来ないな。ん?まだ続きがあるぞ。」


 少し下に、日記の続きと見られるものを見つけた。





 やはり、わしはついている。


 世界の狭間で他の世界の魂を見つけた。

 その魂は、おそらくイースのところのものだろう。


 最近来た手紙に、行方不明の魂について書いてあった。よく魂を紛失するおっちょこちょいめ。

 手紙には、この前の宴会のことや、魔法科学論争、弟子の独り立ちについても触れていたな。


 魂を借りる代わりに、その弟子の独り立ちには協力してやろうではないか。


 ほっほっほ。

 嬉しくて、日記にまで笑い声を書いてしまった。


 これなら新しい世界を作れる!

 さて、忙しくなるぞ。


 アリスちゃん、少しの間、見守ることが出来なくなるけど、許して欲しい。





――アリスちゃんって誰だ?!!


 読み終え、これ以上続きが無いことを確認した俺は、さっきから思っていた事を心の中で叫んだ。


《相棒。それは触れちゃいけないんだぜ。》


 ネビュラスは寛容的なようだ。


「まあ、いいけどさ。ただ、銀髪って……。ネビュラス、俺、少し怖いんだけど。」


 俺は貞操の危機を感じ、ネビュラスに気持ちを伝えてみた。


《…………。話は変わるけどさ。相棒は、今は神の弟子で魔王だけど、ここに来る前はそうじゃなかっただろ。俺っちと出会うまでの過程みたいなのも聞いてみたいなー。》


 ネビュラスは、俺の言葉を無視して、先程の話とは関係無いことを聞いてきた。


「…………。」


 ちっ、無視しやがって。……出会うまでの過程か。いろいろあったな。


 俺は少し前の出来事を振り返り、懐かしく思った。


「話してもいいが、めちゃくちゃ長いぞ。あと、語り手っぽくやるのは無理だからな。」


《大丈夫だ。ちゃんと俺っちが出て来るところまでのストーリーを宜しく頼むぜ。》


 ネビュラスの言葉に頷いた俺は、これまでの出来事、俺が前世の地球にいた頃から、魔王として覚醒するまでのことを振り返る。

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