第一章 パワープレイ

第1話 マジック 

「つーかーれーたー。まだ着かないの?」

「俺が知るわけないだろう、そんなこと」

 ここは平原のど真ん中である。俺はミコという少女と共に旅に出たのだが、彼女は「(歩きたくないから)おぶれ」、と俺に言い、俺は唯々諾々とその命に従っている。

 何度目かの「暑い」だとか「くさい」だとかの不平の後の背中から聞こえる質問に俺が答えると、なぜか後頭部をはたかれる。

「乗り物が要らんことを言うんじゃない。足を動かせ、足を」

 ・・・さすがにちょっと理不尽というやつではないだろうか。俺がそう思っていると、再び頭をはたかれた。


「あなたなんてあたしがいなきゃなんにも出来ないんだから、黙って従ってりゃいいのよ」

「・・・今黙っていたと思うんだが」

「不敬なことを考えていたでしょう。お見通しよ」

 そう言われては反論する気もおきず、足を動かしてただただまっすぐに進む。いくつかの山や森を越え、そうして太陽が真上を通過し、西の山裾へ沈みかけるころに、やっとどうやら町へ入ることができた。


「ミコ、着いたよ。・・・ミコ?」

 俺が声をかけると彼女は「うみゅ?」というような声を上げて、眠そうに目をこする。

「やーっと着いたのね。ふむ。ご苦労であった。とりあえずご飯やさんか宿屋に行きましょうか。」

 背中から降りて「うーん」と伸びをするとすたすたと歩いていく。「なにぼーっとしてんの。付いてきなさい」と声をかけられて、俺は彼女の後ろをついていく。


 宿屋を取り、部屋の中でミコはベッドに横たわると(ダブルベッドを一人で使うつもりらしい───「あんたは床でいいでしょ。地下牢の寝床よりは余程ふかふかよ?よかったわね」)、大きく伸びをする。

「ふー。やっぱり旅ってのは疲れるわね。もう動きたくないわ」

「ずっと俺の後ろで寝てたのに?」

「・・・あのね、野郎の背中で寝られるわけないでしょ。この私が」

 俺が呆れて「はあ」とも言えないでいると、彼女は「それにしても」と、話し始める


「あんたって想像以上に不便ね。文字通り言われたことしかできないんだから」

 例えば、本当であればもうベッドから動けない(動きたくないという意味だと思われる)のだから、命令して食べ物でも買ってきてほしいところだけれど、そんな複雑(!)かつ曖昧な指令があなた(俺のことである)に聞けるわけもなし。どうにか自分で頑張ってご飯やさんへ行かなきゃいけない。」

 そこで一つため息をつく。

「はあ、あたしって可哀そうね。そう思わない?」

 と聞かれたので、「じゃあ、なにも食べなきゃいいのでは?」と答えると、彼女が投げつけた枕が顔面に飛んできた。

 結局、俺が彼女をおぶって飯屋に行った。


「さっきの話の続きだけれど、」

 彼女は夕食をあらかた食べ終えて、口元をナプキンでふきながら話し始める


「あなたって結局この世界のこと、なっあぁんにも知らないのよね。かわいそうに」

 感情を全く込めずにそんなことを言う。

「なんでせっかく摂ったカロリーで感情表現なんていう無駄なことをしなくちゃなんないのよ。あなたの魔力はほとんど無尽蔵といっていいけれど、あたしはそうじゃないんだから」

 無尽蔵?

「ほらほら。あなたがあなた自身の異常性を一番いっちばん分かってないんだから。あのね、あたしたち、この世界に存在するものすべてはそれぞれに大なり小なり魔力を持っているの。魔力というのはすなわち他者に干渉する力。そこには生物も非生物もなく、時に圧倒的なエネルギーで相手を支配し、利用し、操る。もしくは小さな力でも流れを理解していれば、大きな力を味方につけることができるかもしれない」

 彼女は「見てなさい」といい、小さなかばんを取り出す。


「例えばこれ」

 カバンから小さな黒いものを取り出し示す。「黒炭よ」そう説明しつつ、その炭のかけらを先ほどのナプキンに近づけ、「燃えろ!」と言うと、ボウっと火柱が上がり、ナプキンは消え失せた。あとには灰が空中にぱらぱらと舞う。

 するとすかさず彼女は何か羽根のようなものを取り出すと、「風よ、吹け!」と叫ぶ。その声にこたえるかのように羽根から風が吹き、空中の灰を残らず絡めとり、球状の塊にして、浮遊させている。その光景に目をうばわれていると、今度は「包んで固めろ!」と水の入ったコップに言っている。すると水はコップから躍り出たかと思うと灰を取り囲み、吸着する。そうしてさらに小さくなったその塊を彼女は悠々と指でつまみ、手元の小瓶に入れてキュッと蓋をする。


 一連の流れはとても洗練されて優雅だった。俺はその所作に、ある種の美しさを感じずにはいられず、言葉をなくしていると、ミコは不意に立ち上がり言葉を発した。


「お騒がせいたしました。わたくし共は旅の興行人。このような見世物を各地を回って披露しております。よろしければまた、見に来ていただければ幸いです」

 気づくと、俺たちは店中から注目されていたらしい。そして、他の客たちも俺と同じように美しさに魅了され、あるいは恐怖に竦んで言葉をなくしていたらしい。

 彼女の口上はその緊張を完璧に消し去り、各所で称賛の声や拍手、もしくは笑い声が同時におこった。彼女はそれを受け、優雅にお辞儀をすると、ストンと椅子に腰を下ろした。


「……わかったかしら?」

 彼女の問いかけに、俺は頷くしかなかった。

 

 ディナーの代金にナプキンの保証代は含まれていなかったのだが、彼女は固辞する支配人に対して余分に支払い、飯屋を後にした。


 宿に戻り、今一度先ほどの手品の種を聞いてみると、

「タネなんてもんじゃないわよ。ああいうのは、ただの法則。ああすれば、こうなるというだけの」

 ま、今日は眠いから、明日になれば教えてあげる。彼女はそう言って、ランプの明かりを消すのだった。

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