目的
東京で一人暮らしを始めてから、おそらくは今日で二年が経つ。これといった不満はないが、ありきたりな不便はあった。
大学の入学を機に一人暮らしを始めたというわけではない。母親が他界して、東京にいる親戚に引き取られたことがきっかけだった。親戚とはいえまったく見覚えのない老夫婦に「いらっしゃい。これからよろしくね」と歓迎され、悪い気はしなかったものの、やはり居心地は悪かったので、一緒に暮らすようになって数ヶ月してから「一人暮らしを始めたい」という話を切り出した。
もちろん初めの頃は資金の援助はして貰っていたが、高校を卒業してからは、夜勤のアルバイトをして学費と生活費を賄っている。
そのためほとんど昼夜逆転のような生活を送っていた。それがいけなかったのだろうか。今さら思い悩んでも仕方がないことなのだとは思うが、自分の死について考えるときは決まって憂鬱になった。
「ここにあるものも
高円寺にある二階建てのぼろくさいアパートだった。友人が置いていった缶ビールをちびちびと飲みながら、そこにある漫画、古着、家具、褪せきったアコースティックギターに目を通す。
もともとこぢんまりとしていて物は少ない印象だったが、いつまでも思い出には浸りたくなかったので、断捨離をすることに決めた。友人関係をこちらから一方的に絶つつもりはないが、自分が死ぬときにはひっそりとフェードアウトできればよかった。
飲んでいた缶ビールを持ち上げると、すでに底を尽きていた。
窓際の壁に寄りかかり、酔いが回った頭で、俺は今自分が死ぬまでにやりたいことはないか思いを巡らせた。自分が助かる可能性はもはや一ミリも考えていなかった。
まだ十九歳で、少なく見積もってもなお、人生の半分も経験していなかった。これから先いくらだって楽しめることはあっただろうし、そうなればいいなと、微かな期待を胸に抱いていたのも確かだ。しかしその期待が途絶えた今、自分には縋れたはずの未来も縋れるだけの労力も残されていない。せめて残りの人生はやりたいことをやって好きなように生きたい、そういう思いだけが心の中でわだかまっている。
やりたいこと。やりたいこと。頭の中で何度も反芻してみるが、一向に答えは見つかりそうにない。今から何を始めようと思っても、すべてが中途半端な状態で終わってしまうからだ。
やりたいこと。やりたいこと。もう一度その言葉を繰り返しながら、ぐるぐると回る天井をぼんやりと眺める。酔いが回ったせいか薬のせいなのか、眠くなってきた。何とかして自分なりの答えを見つけ出そうと思い、眠気に対抗して近くの電気ストーブに目をやると、ふと、高校生の頃に付き合っていた彼女のことを思い出した。
どうしてかはわからなかった。彼女とは、どこにでもあるようなありふれた恋愛をして、どこにでもあるようなありふれた別れ方をした。手を繋ぐこともキスをすることもできなかったあの頃の自分を、憎んだりはしないが、情けがないとは思っている。
しかしあの頃の記憶が今の自分と何の関係があるのだろうか、と思った。
答えは案外、簡単なものなのかもしれなかった。台所にある蛇口から、ぽちゃん、と水滴のしたたる音がした。
死ぬまでにやりたいことなんて早々に見つかるわけがない。これまでだってそうだった。結婚も就職も対人関係も、漠然と将来を見据えてはいたものの、一度だって真剣に考えたことなんてなかった。
これからだってそうかもしれない。頭では考えていても、体がそれに伴わないかもしれない。思い切って行動してみたとしても、途中でそれをやめてしまうことがあるかもしれない。しかしそれでもまだ死んでやるわけにはいかなかった。
もし本当にこれから死んでしまうと言うのなら、少なくとも俺は
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