命果てるまで

じんまーた

余命宣告

「余命はあと一年ほどです」


 実感はなかった。自分があと一年しか生きられないということが、どうにも未だ信じられずにいる。

 しかしこの医師がわざわざ自分に嘘をつくはずもないし、モニターに映されたCT画像を横目に見れば、それは紛れもない事実のようだった。

 彼はその画像に視線を向けたまま、「ステージ4の進行ガンです」と言った。病院の独特な臭いがこの部屋に充満している。画像にはもやのような影がある、自分の肺があった。


 血便が出たのは三ヶ月前のことだった。


 朝、いつものようにトイレに行くと、便器の中が絵の具をふんだんにぶちまけたみたいに真っ赤に染まっていた。途端に怖くなって、携帯でそのことについて色々と調べてみたが、自分はまだ大丈夫だろうという安易な考えからか、それを痔だと決めつけ放置してしまった。

 しかしいつまで経っても血便は治まらず、いよいよ恐怖の方が勝り病院に行くことに決めた。そこでそれが大腸ガンによるものだと発覚した。すでに至るところに転移していて、腫瘍を切除するにしても再発のリスクがあるので、もはや手の施しようがないらしかった。


 もっと早くに見つかっていれば――という後悔はもちろんあるが、血便が発覚した時点で、何もかもが手遅れだったことに変わりはない。今さらどう取り繕うと、それが現実なのだ。


「治療については対症療法で行っていきます。抗がん剤治療でガンが縮小すれば、手術も視野に入れて――」


 医師が何かを言っているようだった。手術という声が聞こえて、まさかと思った。自分にそれを賄えるだけの費用があるとは思えなかった。そもそもこの医師は手の施しようがないと初めに言ったのだ。再発のリスクがあるのだと。そんなリスクを冒してまで手術をするほど、俺は生きることに執着していなかった。


「どうかされましたか?」


 下を向いて黙り込んでいると、医師から声をかけられた。言葉こそ心配を装っているくせに、その表情に関しては驚くほど素っ気なかった。

 いえ、と俺は首を振り、自分がだんだんと腹を立てていることに気がついた。どうしてそんなにも平然としていられるのだろう、と。人の死を嘲笑っているとまではいかない。しかし、あまりにも無関心すぎないか。

 この仕事に何十年も就いているのであれば、俺のような患者はさして珍しいものではないのかもしれない。ここでは一切の私情を捨て去って、患者の事情はすべて仕事として割り切るのが、常に人の死と間近にある医師のあり方なのだとも思う。しかしここまで機械的に対応されると、さすがに腹が立った。


 ただの八つ当たりだ。それでも滲み出る感情を抑えることができなかった。

 俺は膝の上で握っていた拳を、よりいっそう強く握り締めた。


「……少し、考えさせてください」


 診断書と一時的な薬を貰うと、複雑な思いのまま病院を後にした。


 今年、東京で初めて雪が降った。頭の中では気象予報士が傘を差して笑っている。この時季に東京で雪が降るのはめったにないことらしいが、今となっては何の感慨も抱かなかった。


 真上から落ちてくる白い粉を、街の風景と一体となるように茫然と眺めていた。


 十二月二十四日。その日、自分がこれから病に蝕まれて死んでしまうのだということを知った。それは、十九歳になったばかりの、どこまでも虚しい雪のクリスマスイヴのことだった。


 

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