3・月夜の比翼
「まさか、三人による犯行だったとは……驚きました」
アリアは紅茶を飲みながら呟く。
事件は完全に解決した。あの戦闘の後、ディギタスとヘデラが連行した先で自供したのだ。
元々は、ダン・シーカーがカートとリンの逢瀬を目撃した事から始まった。
当時既にアイシアとの関係が冷めていたダンは、リンに言い寄るも彼女には断られる。その上、カートにも彼女に言い寄っていたことが知られてしまった。
そこでダンは、卑劣な手段を取る。ダンは記者だ。カートとリンの熱愛を報道すると脅し立て、リンとの関係を迫ったのだ。
二人は邪魔なダンの殺害を決意した。
幸運と言うべきか否か、二人はプロメの遺児の一員だった。
プロメの遺児より人を借り受け、完璧なアリバイを用意する。
娼館を同時に訪れ、互いに互いの名を名乗る。借り受けた人間には、切りのいい時間で何か問題を起こす事を支持。そして、逢瀬を果たした二人は閉店作業中の従業員たちの眼を潜り抜けて事件現場に向かう。
事前に話があると予定を設けておいて訪れた二人。どうやら、最後のチャンスを与えるつもりでいたらしい。もし更生していれば、この夜は何も無かったとして殺害はしない。だがもし、今までと同じようにリンに詰め寄るのだとしたら。
口論になり、カートを殺害。その際、淹れたばかりの紅茶をカートに掛けてしまったらしい。
証拠となりそうな右腕を切り取り、事前に考えていたトリックで脱出し、娼館に戻る。右腕はプロメの遺児の者に持ち帰らせたらしい。
こうして、この事件の全ての謎は解かれたのだ。
「
「何でお前はいつも棒咥えながら喋るわけ?」
「
執務机に脚を乗せながら、グレシアは水色の氷菓子を舐る。今は、あの二人が逮捕された翌日。十一月二十八日。
件の事件の報告を朝一番で、依頼料と共にヘデラが報告に訪れたのが今だ。
「概ねグレシアの言う通りでしたね。貴女の推理力には、相変わらず脱帽です」
「
「……なんて?」
「そんなに褒めないでってさ」
「ふぅはふほうほ」
「通訳どうもって? 喧しいわ」
事件の全ては分かった。ただ俺には一つ、気になる事が残っていた。
二人が手を繋ぐことで纏った、陽光の礼服と剣。そして夜闇のドレスと盾。つまるところ、二人が戦闘に際し発揮した異能の事だ。
「……なぁグレシア。種火ってなんだ?」
昨夜、彼女は俺たちに忠告した。あの二人は、種火を有している可能性がある、と。
グレシアの説明はただ、種火と言う物は、異能に非常に似通った能力を発揮するものだという。ただそれは、異能とどのような差異があるのだろうか。
「種火は何……か。まぁ当然の質問だね」
「あぁ。あれは異能じゃないのか? 異能と何が違う」
ただ、訊けば快く答える彼女らしからぬ様子だ。
虚空を見つめながら言い淀んだまま、棒状の氷菓子を咥え続けている。ただ喋る気になったのか、暫くそうした後棒を手で持つ。
「ぷはっ……。教えてもいいんだけど、少し面倒でね」
「?」
「あれはプロメの遺児そのものの存在意義に関わってくる。説明となると、かなり遡って話をしなければいけなくなるんだよね。まぁ、機会があったら説明するよ。簡単に言うと、アレは多大な代償を求める代わりに力を発揮する、人工的な疑似異能だ」
彼女の言葉に、俺は首を傾げる。それはつまり人の手によって作り出された異能を真似た異能、と言う事だろうか。
そのような事が、出来るのだろうか。
異能とは、先天的に人々が有す固有の能力。この世界に生きている者であれば、この常識は誰もが知っている事だ。
それを後天的に人間に齎すなんて、聞いたことが無い。
「信じられないって顔だね?」
「……まぁな」
「実際あるんだ。現にあの二人はあの後?」
「大量の出血と共に失神しました」
ヘデラは毅然とした態度で脚を組み、ソファーに座りながら紅茶を飲んでいた。
因みに席は、俺の隣だ。
ただその出血は、俺が雨樋を叩き付けたからだとも考えられるんじゃないか。あの質量の合金製の雨樋なら、頭が多少割れる程度ならあり得ない話ではないと思うのだが。
奇しくも、アリアの考えも同じらしい。
治りかけた右腕でカップを取り、彼女は俺が思っていることをそのままに口にする。
「それくらいなら、ただの怪我なのでは?」
「ただの怪我、だったらいいんだけどね。二人は吐血したそうだけど?」
「あっ」
だとすれば確かに、怪我の可能性は低いかもしれない。
吐血は口に近い内臓の損傷によるもの。
頭からの一撃で、吐血する程内臓が損傷するとは思えない。精々、よくて脳が激しく揺れる程度だろう。
「にしても!」
グレシアは残っていた氷菓子の棒を歯を用いて抜き取り、それを手折る。
「すっかり我々の一員だね、ローラス。どうだい? 慣れたかい?」
「……まぁ」
その言葉にどこか気恥ずかしくなり、俺は目を逸らした。
慣れた、と言っていいとは思う。
グレシアに付き添ってする推理は面白い。もしかしたら彼女の言う通り、探偵に向いているのかもしれない。彼女の思うように乗せられているのは、少し癪ではあるが。
「私は認めていませんよ」
「認めてあげてくれアリア」
「お前が一番新参だろうが」
「一番新参はヘデラさんです!」
「……私は別に、ここの一員という訳では無いのですが」
とは言え、俺は本当の目的も忘れてはいない。
彼女に付き従って探偵ごっこ、というのも悪くないが本当の目的はこの依頼主の殺害だ。
浮浪者としての生活以外に、唯一覚えている事。俺は俺の
その為に、俺は扉を開く。グレシアの脳と、俺にそう命じた女。二つの鍵を手に入れて。
「え、嘘! ヘデラさんってここの一員じゃなかったんですか!?」
「違いますよ」
「おやおや、それは悲しいなぁミス・ヘデラ。私を仲間だと思っていなかったんだね。私共に現場を駆けたあの日々も、友情じゃなくて打算による行動だったと言うのか……」
「……そうですが」
「それは許せねぇな。なぁアリア」
「許せませんね」
「めんどくさ……」
「あぁッ!! 今この人面倒臭いって言いましたよ!!!」
「おいアリア! コイツ持ち上げろ!」
「胴上げですね……。任せてください。右腕に怪我を負おうとも、このアリアは健在だとお見せして差し上げます」
「……程々にね?」
ただその間までは、こいつらのとの愉快な生活に付き合ってやってもいい。
少しはそう思えて来た。
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