4・透明な幽鬼
「おいおい」
「こりゃ犯人が『透明』にもなる訳だ」
ぞろぞろと、路地裏の脇道より姿を現し、四人の男女は二人の行く先を塞ぐように立ち塞がる。
ある者は高く、ある者は低い。ある者は老いており、ある者はまだ若い。一見全くの共通点が見えない者達ではあるが、ただ一つだけ言えるとするのなら、二人に対し友好的な人間ではないだろう。と言う事実。
「なぁグレシアさん。これ、少し不利じゃねぇか?」
敵は四人。片や、グレシア達は二人のみだ。数的な優位は敵にある。
それでも、ディギタスの表情に敗北への恐怖や死への焦燥は無く、どちらかと言えば、気だるげ。そんな様子を醸し出しながら、ディギタスは懐の拳銃とレイピアを抜く。
「警察がならず者を前に怖気付かないでくれよ。アネモネが聞いたら呆れるぞ」
「な、お前! でも戦うのは俺じゃねぇか!」
「当たり前だろう。君は未成年のか弱い女の子に、人と殴り合えと?」
「んんん。お前マジで覚えてろよ……」
悪戯に成功した子供のように、グレシアは無邪気な微笑みを見せる。
「冗談だよ、ちゃんと支援はするさ。相手は異能犯罪者。油断は許されないからね」
「頼むぞマジ。アリアを呼ぶまでは安心できねぇからな」
グレシアの足跡辿りが、再び顕現する。
足跡辿りは意思を辿る異能。端的に言えばそれは、巻き出した巻き尺を辿っていくように、残留思念を読み取っていくもの。
人間は思いの他、賢しい。
ソースが絡まったパスタ、という視覚情報を処理し、麺を一本啜れば、人は料理全体の味すら予測することが出来る。
例えそれが他には無い奇抜な品だったとしても、料理に対する知識と、想像力さえあれば、味を予想することは可能だ。
グレシアの異能は、それと同じ。
他に類を見ない膨大な知識量、視覚により得られる情報を全て捌き切ることが出来る観察眼。
すなわちそれは、一度足跡を辿った相手であれば。考え方も、性格も、行動も。まるで作成途中の料理の味を想像する料理人のように、思考を握することが出来る。
故に、膠着に痺れを切らしたような、襲撃者の老婆の指の動きを彼女は見逃さない。
「せっかちさんめ。来るよ」
老婆が大きく腕を空で薙ぐ。
一見何も起こさぬような動作。しかしそこに異能が絡めばそれも、喉元にナイフを突き付けるのにも等しい行為と変貌する。
石畳の上を不可視の衝撃が、ディギタスを目掛け掛けていく。ただ、グレシアの声に全ての神経を集中させていた彼にその衝撃が当たることは無い。
横ステップで容易にそれを回避すると、彼はレイピアで突き刺すでもなく、拳銃の引き金を引くでもない。老婆を見て、触発されるように同時に動き出した襲撃者達を視界に捉え、その首から提げたホイッスルに口を付けた。
高音が襲撃者の耳を劈く。
「聞いたな馬鹿! 『転べ』!」
まるでディギタスの命令に従うように、襲撃者全てが足元を掬われたように転倒する。唯一彼の言葉に従わなかったのは、背後で耳を塞いでいたグレシアだけだ。
その大きな隙を、見逃す筈も無い。
レイピアの柄で老婆の顎を打ち、失神させる。
「ディグ、上」
ディギタスが、前方を確認するより前に腰を抜くように瞬時に屈む。業火の槍が飛来し、彼の髪を掠めた。
槍を放った主は、襲撃者の一人の恰幅のいい男。その手の平は異能を躱されたことを確認すると標的を変え、無防備なグレシアに向けられている。
「グレシア!」
「知ってる」
呆れたような物言いと同時に放たれた炎を、彼女は気の抜けた「ほっ」という声と共にステップを踏み躱した。
「それよりディグ」
グレシアの言葉で、ディギタスは彼女に向けていた視線を前方に戻す。
そうして、大きく戦鎚を振り上げた女を視界に捉え、一瞬だが彼の表情に焦燥が滲んだ。
「あっぶねっ!」
「ちっ」
数秒前までディギタスが立っていた石畳を、戦鎚が打ち砕く。
回避されたことを確認した女が戦鎚を手放すと、戦鎚は光の粒子となり消えた。
同時に彼女は懐より折り畳みのナイフを取り出し、手首のスナップで刃を露出させディグとの空いた距離を突進で詰める。
ディギタスは飛び退いた直後。未だ、体勢は定まらない。その刀身は、間違いなく彼の腹部を突き破るだろう。
グレシアが遠方から投げた、小石がナイフに当たらなければ。
キンという甲高い音が鳴り、刀身が逸れた。
「つっ」
「惜しかったな!」
ナイフをレイピアで弾き落とし、その銀色の銃口を女の額に突き付ける。
女が目を瞑る。銃とは古来より、殺人を目的とした道具なのだから。自分の最期等、一部の変態を除けば見たい者などいない。
「――――……なんてな」
引き金を引けば、打ち出されるのは黒いゴム弾だ。それでも脳を揺り動かすのには十分で、額に丸い跡を残し女が白目を剥く。
存外に仲間意識が強い襲撃者のようで、その後の展開は早かった。
女が撃ち殺されたと思い込み、一瞬ではあるものの狼狽を見せる二人の男を軽く伸すと、演技っぽく拍手をしながら歩み寄る飴色の髪の女探偵。
「お見事」
「うるせぇ」
ディギタスの言葉に構う事無く、グレシアは手近だった老婆の懐をまさぐり始める。その様はまさに、眠った相手の財布を抜き取る泥棒のようだ。
「時計、老眼鏡、財布、ハンカチ……今度は腕時計。お、あった」
取り出した乱形の小さな石を、人差し指と親指で摘まんでディギタスに見せ付ける。
くすんだ灰色のそれに、訝し気なディギタスの表情が映った。
愚石。一般の市場でも扱われるその鉱石は、人間の生活にいつも寄り添って来た鉱石の一つだ。
特殊な加工を施すことで、内包されたエネルギーを放出し、ありとあらゆる機械を動かす動力源となる。
庶民にとって最も一般的で、扱いやすいエネルギー資源だ。
「レア、お前それ強盗とかにあたらねぇの?」
「私達を襲った彼女らが『愚石を盗まれた!』って警察に駆けこむとでも? まさか」
「……お前、結構狡賢いよな」
「私は探偵さ、警察じゃないんだ」
「俺は、警察だがな」
皮肉っぽく呟き、ディギタスがレイピアと拳銃を収めた。
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