3・透明な幽鬼
「捜査協力感謝します。では」
深々と頭を下げ、ディギタスが扉から半身を出す男性にそう告げた。
これで聞き込みは総五回目になる。幸運にも少女の目撃情報は辿れているが、生憎未だ足取りは掴めていない。
「ん」
数歩の距離を空け背後に立っていたグレシアに、ディギタスは顎で少女の行った先を示す。頷くグレシア、再び歩みを進める二人。
最早二人の間の軽口も消えさり、黙々とその足跡を辿っていた。
見えざる少女の足跡は、ジグザグと不規則的な軌跡を描きつつも、まるで光に惹かれる羽虫のように、確実にクインテッドの外側へと続いていく。
産業が発達し、鉄の蛇が駆け巡る今日。現代の人々は、百年昔の人間と比べれば目を見張る程の豊かな暮らしを享受していることだろう。
とは言え、街を外れてしまえばそこはまだ広大な畑が点々としている。雄大な大自然はあれども、都市に住む子供が好んで遊びに向かうような場所は存在しない。それも、家から離れ友人も連れずここまで遠くから赴くような。
「待って」
路地裏、感情の起伏の薄い声がディギタスの歩みを止めた。
無論声の主はグレシア。彼女はまるで地を這う虫を観察でもするかのように、屈み込んで路の端を注視している。
「レア?」
ショートパンツのポケットから彼女は黒いシルクの手袋を取り出し、そのすらりとした白い手に嵌め込んだ。続けて白いハンカチを取り出すと、それで手を覆うようにした後、地面に向かってハンカチ越しで手を伸ばす。
「ほらほら見て、いりゅーひーん」
きらり、と金属の糸が煌めいた。
それは可愛らしいハートの装飾が施された、銀色のロケットペンダントだ。
首に通すためだろう、真鍮の色をした金属の糸は千切れている。しかし、その長さから連想される輪は小さく、その所有者が未だ幼き人物であることを彷彿とさせた。
「ペンダントか」
「うん。確かエマの母親は、エマは家族の写真が入ったペンダントを身に着けている。と言っていたね」
そう告げながら、彼女は手に収まったロケットペンダントを開いた。
中に収められていたのは満面の笑みで映る男女と、幼い少女が一人。その内の大人の女性には、二人は確かに見覚えがあった。
何かに気付いたように、ディギタスから「あっ」という声が漏れる。
「じゃあこれが?」
「エマ・エバンズの遺留品。と、断定してもいいんじゃないかな」
ハンカチで包む様にし、グレシアはペンダントをコートのポケットに収めた。
スッと立ち上がり手袋を脱ぐと、彼女は自身の銀色の毛先を弄る。
「ペンダントは糸が千切れて、ここに落ちていた。つまりまさにここで、尋常ならざる出来事が起きたと考えよう」
「なるほどな。となると、ここから先の目撃情報は期待できないな」
グレシアの言う尋常ならざる出来事。それはつまり誘拐、もしくは殺人の犯行であることに他ならない。
誘拐であるならば、この場で犯行が起こった以上、そこからは彼女の脚では無く犯人の脚によりその肉体が移動したということになる。
ペンダントの糸は抵抗の証。例え犯人が女性であろうとも、ペンダントが千切れるほどの抵抗を示す女児を連れ人目を浴びることは、犯人の心理として避けたいことだろう。
故に、犯人はこの先エマ・エバンズを運ぶのに、人の目を極力避けるための動きをしたと考えられる。目撃情報も、得られる可能性は薄い。
殺害であれば、言うまでも無い。人殺しを良しとする法など、この国には無いのだから。
「俺の出番はここまでってことだ」
「そうだね。ありがとう、助かったよ。聞き込みはどうも苦手でね」
「はいはい。さっさと行こうぜ」
グレシアが静かにその眼を閉じる。
ゆっくりと、精神を集中し高めていくように、長く感じるもその実短い、瞑想の時間。そして、ゆっくりと瞼が上がり、虹の光が眼窩より溢れ出す。
「……――
その能力は、足跡辿りとは名ばかり。現在から過去へと遡り、全ての知的生命体の意思を可視化する異能。俗に言う残留思念、それは時に足跡の形を取り、指紋の形を取り。
明確な意思を持つ視線の動きは、焼け跡のように彼女には映る。息による大気の揺らぎすら、彼女の視界からは逃れられない。
「ん……」
極彩色の瞳が石畳を舐め回す。無論、石畳だけではない。側溝を、壁を、屋根を。この場所に残った少女の意思を、一片たりとも見逃さぬように。
「なるほどね」
彼女は呟くように。その極彩色の瞳は、路地裏の先へと向けられていた。
「どうだ?」
「通行人は少ないね、お陰でよく分かる。最近の物だろう少女の痕跡。同時に、少女に触れた複数人の男女」
「複数の男女となると、組織犯か。まぁそうだわな」
「さらには異能犯罪者だ。厄介になって来たね」
異能犯罪者。それは言葉の通り、グレシアのような常ならざる力を有しつつ、犯罪に身を落とした者達のこと。
無論異能は多種多様。蟻にすら勝てぬものや、一人で軍を相手取れるようなものまで。当然だが通常の捜査より、危険度は跳ね上がる。
「ここで待ってるから、アリアに連絡を。この先に恐らく、いるよ」
そう告げた次の瞬間、道中で見た公衆電話へ戻ろうとするディギタスの腕を引き、留める。しかしその瞳は前を見据えたまま、眉をぴくりと動かし。
「いや、もう歓迎の用意が出来たらしい」
眉を顰め、腰を落とし、明らかな敵対の様子を見せる四人の男女が、その先には静かに立ち塞がっていた。
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