第13話切手
大福とケーキを前にしたばぁちゃんは、子どもそのもののように大喜びだ。
「盆と正月が一緒に来た」
と、皿に乗ったケーキをつついている。
よくみると、ばぁちゃんの指はケーキを通過していて、僕は目を見張った。
「ばぁちゃん、ケーキさわれないの」
「さわれないよ。ばぁちゃんのさわれるのゆうちゃん関連だけ」
だからフォークを渡そうとしても断られたわけだ。食べられないものを前にさせてしまって、申し訳なくなる。
「大丈夫大丈夫。大福もケーキもそなえられちゃって、もうばぁちゃん成仏しそう」
「えっ、七夕までいてくれるんじゃないの? ていうか成仏してないの?」
「いるし、してるけど。物の例えだよ、ゆうちゃんまじめだねぇ」
なんだかよくわからなくなってきた。
うきうきしているばぁちゃんを少し放っておくことにして、僕は親父の遺品らしい遺品である、アルバムの入っていた箱を開けた。
写真類は、今はみるのがちょっとつらい。ぱらっと確認して元に戻す。親父が若いころのなんかは、きっとばぁちゃんと一緒にみたらいいのだろうけど、そういう気分じゃない。衣類もそうだ。箱から出さなかった。
アルバムのほかに、ノートが立派になったようなものも入っていた。
開けてみると切手が収まっている。
「勇夫、切手収集すきだったんだよ」
「知らなかった」
用紙を切手に合わせてカッターで切ったところへ切手の四隅をはさんである。親父の几帳面さがうかがえた。
「僕、親父のことなんにも知らないし、おふくろのことなんてもっと知らないや」
幼心にも、母のことを口にするのははばかられて、だれにもきいたことがない。
自分のルーツがわからない不安定さをかくして、僕は切手帳を閉じてすいかにかぶりついた。
「祐子さんは看護婦さんだったんだよ。結婚退職したけどね」
「へぇ」
「物静かなひとだけどしっかりしててねぇ。今日会った吉沢さんみたいなふうだね」
「ふぅん」
「このみって遺伝するのかねぇ」
げほっ。
すいかの汁にむせる。
「ばぁちゃんもいいと思うよ」
「僕もいい人だと思うけど、そういうんじゃないから」
人付き合いは浅くていい。深いつきあいは苦手なんだよ。
だって、すぐに僕の前からいなくなってしまうから。大事な人ほど、深いつきあいをしたくない。
黙った僕に、ばぁちゃんは大福を差し出してきた。さわれているのが不思議だ。
「こういうときは甘いものだよ、お食べ」
なるほど、僕に食べさせるものだからさわれるのか。
大福なんて何年ぶりだろう。
「甘いな」
「おいしいねぇ……」
ばあちゃんが頬を手のひらで包んでとろける表情をしている。僕を通して食べているかのようだ。
ばぁちゃんがいる間は、できるだけばぁちゃんの好きそうなものを食べよう。好きそうなことをしよう。
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