第12話すいか
帰りしな、すいかを買うことにした。
親父は月に一度、伯父の家に来るとき、夏はいつもすいかをたずさえていた。まだ預けられて間もないころ、大玉の重いのを軽々と持ってきて、伯父さんに渡しな、と持たされたときにあまりの重さに取り落としてしまって、みんなで割れたすいかを食べたのが記憶にある。以来、すいかを見るとそれを思い出してしまう。
今の僕は、もちろんあのときのような大玉を片手で持てるけれど、ひとりでは食べきれない。カットすいかでじゅうぶんだ。暑いからか、売り出しをしていた。ひとり暮らしも十年を越えると感覚がすっかり所帯じみているなと思う。
「ばぁちゃんは食べたいものある?」
ポケットにつぶやくと、少しの間ののち、
「あんこ」
と答えがあった。
「あんこ?」
「おはぎとか食べたいけど時期じゃないねぇ。大福でもいいよ」
「ふーん」
子どもすがたなのに好みが渋い。
察したのか、
「ばぁちゃんの死んだのはゆうちゃんくらいだからね」
「うん」
「ケーキとかそういうハイカラなものって、ほとんど食べたことないんだよね。ごちそうはあんこ。甘いやつ」
「なるほど」
カゴにひとつで売っている大福を入れる。そばにはケーキやプリン、シュークリームも並んでいて、ばぁちゃんはポケットのなかでそわそわとしている。
シュークリームに手を伸ばしてみる。そわそわが大きくなった。手には取らずに次にプリンに移動させる。ため息がきこえた。チョコレートケーキのときはポケットの入り口を握りしめた。イチゴの乗ったショートケーキにすると、
「ふぁあああ」
と、悲鳴のような歓喜の声があった。
偏見な気がするけど、おんなの人は甘いものが好きかなって思う。おふくろもこういうの、好きだっただろうか。妹がいたら、取り合いになったのだろうか。
ばぁちゃんのリアクションが一番大きかった、イチゴのケーキをカゴに入れる。
ばぁちゃんの視線はケーキに釘付けだ。
「ゆうちゃん、ケーキ、好きなの?」
「たまにはいいかなって。ばぁちゃんも食べてよ」
「うれしいねぇ。ありがとねぇ」
ばぁちゃんはいくども言った。
なんの変哲もないスーパーのケーキだけれど、きっとばぁちゃんには僕が見ているより何倍も輝いて見えているに違いなかった。
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