第11話緑陰

 吉沢由莉は、高校の同級生だ。

 はっきりいって、お互い同じくらい地味で目立たない存在だった。とりたてて仲が良かったりもしない。ごくごくフツーの同級生だった。だから記憶に残りづらく、思い出すまでにも同じくらいの時間がかかった。

「そうかぁ、花本さんのご家族だったのね」

「あぁうん、いや、うん」

 伯父と説明するのがめんどうで、あいまいに返した。

 吉沢さんは看護師になっても、どこの町にも住んでそうな普通の人なかんじだ。それが今の僕には、とても心地が良かった。伯父に語りかけるときの声音が押しつけがましい風でないのもいい。腕を上げおろしたりと動作するときにおこるかすかな空気のながれが、初夏の風を思わせた。

 吉沢はマスクの位置の確認などを終え「ごゆっくり」と退室していった。

 伯父さんは吉沢さんにみてもらっているのか。うらやましい。

 ――うらやましい!?

 唐突に浮かんだ自分の考えに首を振る。不謹慎だし失礼だぞ。なにを考えているんだ。

 廊下の外では夕食の準備の音がしている。もうそんな時間か。窓からみえる外の日ざしは幾分かやわらいでいる。

「また来るよ」

 ぴくりとも動かない伯父だけれど、それでも、返事をもらえたような気がした。


 受付で退出時間を書こうとすると、吉沢さんがいた。

「おみまいお疲れさまでした。暑いのでお気をつけてお帰りくださいね」

「ありがとうございます。伯父をよろしくお願いします」

 職員と見舞い人との型通りのあいさつが、妙に沁みる。同級生だからと特別に親しい会話を交わさないのもいい。

「吉沢さんがいて安心しました。また来ます」

「――はい。お待ちしています」

 吉沢さんの頬がうれしげにほんのりと色に染まった。彼女は受付を出てきて、見送りをしてくれた。

 それは、手の空いている職員であればだれでもすることであったけれど、特別扱いしてくれたようで、僕の胸はどきりと鳴った。

「僕、あんまり来ないから吉沢さんがいるのを知らなかった」

「まだ一年半くらいかな。ここはそんなにお見舞いのひと来ないし」

 小声で二三言をかわして、すぐに玄関だ。気の利いたことばの出ないことがもどかしい。

 僕はほんとうに、吉沢さんがこの施設にいるのを知って安堵していた。誠実にはたらく姿に感心もした。看護師は過酷な職業ときく。彼女ならば、静かに確たる芯をもって、その障壁を乗り越えるのだろうと思った。

「お気をつけて」

 ていねいなおじぎに会釈して駐車場にむかう。

 アスファルトの熱気が押し寄せてくる。とちゅうで振り返ると、吉沢さんの姿はもうない。けれど、思い出すとかすかな爽涼を得られる。

 まるで、緑陰にいたかのようだった。

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