第10話くらげ

 少しの休憩ののち、段ボールとゴミ袋、それと小さ目な家電類を車に運んだ。汗が全身からふき出る。まだ真夏日がさほど連続していないから熱波の勢いは小さいけれど、その分日差しが肌に刺すようだ。

 シャワーを浴びて着替える。人心地のついたところで、さてビールを、といきたいところだが、それはまだおあずけだ。夕方までまだ少し間がある。


 親父の家から車で三十分ていどのところに、伯父の入院している病院があった。

「ばぁちゃん的にはやばい?」

「いや、平気だ」

 伯父さんの意識はほとんどない。けれど、念のためとばぁちゃんは胸ポケットのなかで小さく小さく丸まった。

 ばぁちゃんには悪いと思ったけれど、親父が亡くなってからできるだけすぐに会いに来ようと思っていたのだ。こういう時でないと寄り付かないのは不孝な気もするが、こういう時にくらい来なくてはと義務感もあった。血縁なんてうっとおしいばかりだったり、投げ出したいひともいるだろう。しかし僕は、まだ自分は完全に孤独ではないんだなと確認したくもあった。僕はそれらを捨てたいほどの邪魔さを知らない。友人は普通にいるけれど、彼らは家族ではない。どうしようもない闇にもっと暗い闇の穴の開いたようなこの感覚は、いつの日か埋まるのだろうか。あぁ、だけど、そういえばばぁちゃんが来てから忘れていたな。そんなことを考えながら、受付で名を書く。

 伯父さんはいつもと変わらない姿だった。前回は親父が入院した数か月前に訪れている。点滴の管に気を付けながら軽く肩をなでて呼びかける。親父が死んだことは言わない。病気になったことも言っていない。あたりさわりのない気候の話をして、のこりは空気の音を聞いてすごす。水をとおる空気の泡の音は、まるで水中にいるようだ。めんどうなことを考えなくていい。波間をぼんやりとただようくらげになった気持ちになれる。

「花本さん、おかげんいかがですか」

 女性の看護師がやわらかな声かけをして入室してきた。

「ちょっと失礼しますね」

 軽い会釈に同じように返す。点滴の確認、数値の確認をする姿を頼もしく見守る。このひとたちのおかげで伯父はまだ生きながらえている。

 カルテに書き込みをした看護師は、ベッドの向こうの窓をながめてなにかを思い出すしぐさをした。同時に、僕もふと、なにかを思い出しかけている。

「あっ」

「もしかして」

「花本くん?」

「吉沢さん?」

 病人の刺激にならないように極力、音量ははひそめていたつもりだが、お互いにややすっとんきょうな声だった。

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