第8話さらさら

 今日も快晴だ。

 ゆうべは疲れ切ったうえにビールをいつもより飲んだせいで、起きたのは十時過ぎだった。会社は慶弔休暇で休みだ。がっっっっつり休むことに決めている。

 ぼんやりと起きた。琴子ばぁちゃんが昨日と同じ水色のワンピース姿で、二つ折りの羽根布団の上にちょこんと座っていた。

「おはよう、ゆうちゃん」

「おはよ、ばぁちゃん」

 あぁ、いてくれた。ほっとした。昨日のことは夢だったんじゃないかとか思いながら起きた。ひとりは慣れている。けど、慣れているだけで、本当はそんなに好きじゃない。

 ばぁちゃんが来てから、口調が甘えるようになってしまっているけど、気にしないことにした。ばぁちゃんしか聞いていないんだから。ばぁちゃんだから、いいんだ。それに、ばぁちゃんはばぁちゃんらしいような口調になってるてて、お互いおかしい。

 今日は役所に行ってから親父のアパートの片づけをする。片づけは一日じゃ終わらないだろうし不動産屋や銀行にも行かなくては。忙しい。七日間の休みでどこまでやれるだろう。

 さいわいにもぐっすり眠れた。顔を洗って飯を食ったらスッキリするはずだ。気合を入れろ。

「よし」

 僕はいつになくキリッとしてベッドから降りた。


 今朝の陰膳はシリアルだ。仏様へのご飯であるから米を炊くべきかもしれないが、親父はきっと、そこんとこをわかってくれているはずだ。皿の種類は少ない。ちょうどいいのがご飯用のお椀だった。牛乳はなし。ばぁちゃんは厳粛な面持ちで、ゆうべのように頭を下げた。

 飲むようにさらさらとかっこんで、ばぁちゃんの合図でお椀の中のも食べる。甘味がうすくなってる感じがする。

「ばぁちゃんも一緒に来る?」

「ゆうちゃんがいいって言うなら」

「いいよ。当然じゃん」

 書類をそろえて、まずは役所から。着替えにジャージも持った。とちゅう、スポドリを買おう。

 かばんをたずさえて玄関へ行く。と、ばぁちゃんがみるみる小さくなった。

「えっ、ちょっ、ばぁちゃん?」

「ほかの人には見えないようになってるんだけどね」

 手のひらサイズになったばぁちゃんは、ぴょんこと飛び上がってジャケットの胸ポケットにおさまった。

「これならゆうちゃんとおしゃべりしやすいだろ?」

「さすがばぁちゃん。頭いいな」

「年の功だよ」

 昨日ぶちまけた塩がそのままになっていた。塩だけにしょっぱい気持ちになった。

「帰ってきたら片付けなくちゃな」

「ばぁちゃんも手伝うよ」

 へへへ、と笑いあって、ドアを開ける。ワン太郎の飼い主のおじさんが、犬小屋のよしずを立て直していた。

「こんにちわ」

「こんにちわ。昨日のねこちゃん、いなくなったから無事に帰ったようですね」

「えぇ」

 ばぁちゃんがポケットの底にもぐった。

 ワン太郎は尾を振りながら、ばぁちゃんにわふ、と親しげに一声吠えて、おじさんの足元にじゃれついた。

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