第4話滴る
「覚えててくれた? よく知ってたね」
「ずっと昔に、親父から……いや、伯父さんだったかな」
いまとちがって、ぎこちない色合いのカラー写真が思い出された。その写真をまえに、これがお前たちのお祖母さんだと教えてくれたのは、伯父だったように思う。赤子の父を抱いて、その隣に幼稚園の制服らしいのを着て伯父と祖父が立っている写真だった。とうぜん、その祖母は大人の女性だったが確かにおもかげがある。二重だがちいさめな目と眉は父にも似ている。
唯一の家族写真だとさみしげに笑った伯父の気持ちは、あのころでももう理解できた。その証拠に、きゃいきゃい騒ぐいとこをよそに、伯父は僕の頭をなでてくれたから。伯父が悪いのでもないのに、ごめんな、とあやまってくれたから。
「……ごめんね、勇治くん」
きんぎょちゃん、いや、琴子ばぁちゃんの手が伸びてきた。
「勇夫たちだけでなく孫のあんたにまでこんな思いをさせてしまって。ごめんね」
「だってばぁちゃん、病気だったって」
誰も悪くない。悪くないんだ。
「……そうだね。だけどね、すまないと思うんだよ」
ばぁちゃんだって、おふくろだって、親父だって、どうしようもなかった。伯父さんだって、どうしようもなくて。たぶん、伯母さんが愚痴ばっかでやかましいのだってどうしようもないからだ。
「……あやまんないでよ」
「そうだねぇ、ごめんよ」
声がやっと出た。ずずずっと鼻水をすする。ばぁちゃんがうんうん、とうなずく振動が伝わる。抱き寄せられた腕はちいさくて、どう見ても子供のそれだけど、知らないはずの祖母の腕のなかだとしみじみ感じた。
水色のワンピースに水滴がしたたる。それが自分の涙だと気づくのに、すこし時間がかかった。
「ごめんばぁちゃん」
「うん」
「その、今日、暑かったから」
「そうだね」
いい歳して泣いてるなんてと思っての、口から出まかせも最悪だ。わらって言い直そうとしたけれど、出たのはしゃくる声ばかりだった。
「ばぁちゃん」
「うんうん」
誰かのうでにすがって泣くなんて何年ぶりだろう。記憶にない。
ばぁちゃんが、来てくれてよかった。
いてくれて、よかった。
なんでいるの、とか。
なんでさわれるの、とか。
そんなのは、いまはどうでもよかった。
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