第5話線香花火

 まるきり幼児帰りして泣くばかりの僕を胸に、琴子ばぁちゃんはぽつりぽつりと話し始めた。

 僕の父である勇治が死んでしまうと、親父と僕の親子二代、続けて早くに両親を亡くしてしまうこと。確かに、じぃちゃんも僕が産まれる前に死んでいるから、早くに亡くなっているのだ。それはあまりに僕がかわいそうであると、あの世らしいところで先祖の談合的なものがあったこと。代表で、ばぁちゃんが来たこと。なんで子供なのかは、いろいろが足りなかった、とのこと。このいろいろについては、説明が難しいらしい。

「あんたのお母さんの祐子さんから、くれぐれもよろしくって伝言」

「うん」

 直系の一親等は情が強すぎて来られない規則なのだそうだ。産まれるはずだった妹といっしょに親父を待っているときいて安堵した。僕の知る限り親父はずっと孤独だったから、せめてあの世ではおふくろと楽しく過ごしてほしい。

 そうか。親父は本当に死んだんだなぁ。

 病院から焼き場に行くのもついていって、炉に入るのも見送って。骨も拾って、それを寺にあずけたのに、急にしみじみとそう思った。

「親父、元気かなぁ」

 病気で死んだのに、元気もなにもないもんだけど。

 だけどばぁちゃんは大きくうなずいた。

「ここに来る前にすれちがったよ。つきものが取れたようないい顔をしてたねぇ。勇治にはすまないけどって、ね」

「そっか」

 それならいいんだ。親父が元気でいるなら、俺はそれが一番うれしい。

 死んだから、それを伝える手立てがないのがくやしかった。生きていたって、そんなこと恥ずかしくて言えないけれど。

「そうだ、線香」

 こんなときに線香を手向けるんじゃないのか。一本も家にないことに気づいた。母が死んでいるのに線香もないなんてと愕然としたが、悔いてもどうしようもない。

 そのとき、ふと押し入れにある線香花火を思い出した。

「ばぁちゃん、線香花火しようよ」

「それはいいね」

 僕は鼻水と涙をシャツで拭い、立ち上がった。


 線香花火は、ひとり静かにやりたい花火だ。パチパチと明るい火花を散らす手持ち花火とは違って、じっと動かずにいないと落ちてしまうところも、火花がろうそくのように細いところも、明るい夏なのに静の似合う花火だと思う。三本目に火を点けるまで僕は黙ったままだったし、ばぁちゃんもかたわらに立っていてくれただけだった。

 この線香花火の移ろいに人生をかけるひともいるだろうが、僕にはまだそんな理解はまだ及ばない。それでも、親父の死んだ今日は、働きづめの親父のすがた、病を得てからのすがた、そして今日のことがなんとなく炎のむこうに映し出されて見えたような気がした。

「ゆうちゃんはまだ若いのに、人の二倍も三倍も苦労をかけたよねぇ」

 思わず苦笑いが出る。他人にはよくそう言われるけれど、苦労をしたような気もしていないのが自分でも不思議だ。それに、伯父さん夫婦も良くしてくれたのだと思う。

 ばぁちゃんに、また頭をよしよしと撫ぜられた。一生分なでられている気がする。ばぁちゃんの感触は、さわられていると感じるのに希薄だ。花びらにふれられているように頼りないけれど、ずっと昔からそこに存在していたもののような確かさがあって、不思議で、そして胸がくすぐったくなる。

 じわ、とまた目の奥が熱くなってきた。

「煙がしみたんだ」

 そう言って横目でばぁちゃんを見ると、

「ばぁちゃんもだよ」

 と、ばぁちゃんも小さな手で目をこすっていた。

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