第3話謎
夏のビールはうまい。とにかくビールだ。ビールさえあればとりあえずどうにかなる。
玄関をあがって、すぐさま冷えているひと缶を飲み干した。ビールはその場で汗となった。ふた缶目を開けたところで、ようやく人心地がついた。
「ビールは水分に入らないよ」
小言を無視して半分飲み下す。いつもはひと缶をゆっくり飲むし、さほど強くもない。だがしかし、今日ばかりは飲まないとやってられない。
「うあーーーーー。うめぇ……」
生き返ったここちだ。冷蔵庫に寄りかかって座ったまま力が抜ける。
謎の女の子は部屋でくつろいでいる。あちこちを勝手に見ないところは、礼儀をわきまえているなと思う。
金魚だと名乗った女の子は、見ているぶんには普通の女の子だ。頬はも体もぽっちゃりと健康そうで、涼しげな半そでのワンピースも清潔そうだ。
「あー……、その、きんぎょ、ちゃん?」
女の子はふりむきざまにぷっと吹きだした。
「笑うなよ、じぶんで金魚だって言ったんじゃん?」
「勇治くんはすなおないいこだねぇ」
自称金魚はてててっと寄ってきて、よしよしと頭をなでてきた。
「なまいきだな」
「なまいきじゃないよ」
こどもなのに、こどもに言って聞かせるような言い方だ。やさしい、なつかしい、くすぐったいような記憶が胸の奥底からよみがえる。
ほんとうの子どもや金魚は、こんな物言いはしないんじゃないか。
だれだろう。僕のことを知っているひとだ。それも、幼少時から。
ビールを空にして缶をつぶしながら問う。
「きんぎょちゃん、本当の名前があるんじゃない。教えてよ」
自称金魚はまようようにくちびるをきゅっとひきむすんでいた。けれど、それも一呼吸ていどの間だった。うん、と髪をゆらしてうなずく。
「そうだね、教えたほうがいいよね。私は琴子っていいます」
――琴子。
僕は記憶をたぐり、あっと声をあげた。
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